3章9節 汝、規則ヲ
「大丈夫か?ケガは無いか?」
「ええ。丈夫さが自慢なので」
いくら教団員が卑怯だと言おうともジャッジは下った。これ以上口を挟むことは神の裁定に意義を申し立てるという事。どれだけ不満でも口を噤むしかない。
そんな教団員とは対照的にお嬢さんは直ぐに切り替えて俺に手を差し出してきた。俺はその手を取らずに立ち上がった。すまんね、まだ勝負終わってないんだ。
「…………此方は驕っておったのじゃろうな。ぐうの音もでん。天晴れじゃ」
「ええ、貴方達が私達の喧嘩を買うところから全てが私の賭けの範疇です」
喧嘩を買わせる。事前に主導権を握っておくことである程度有利な条件を作っていく。敢えて相手にも裁定権を与え公平に見せる。この中で一番頭のキレる奴を勝負に引っ張り出してハメる。全部俺の賭けだ。
教団決闘にもつれ込んだのは正直最高だった。失敗すればウチの御主神様がブチギレ、勝てば教団として干渉できる。ジャッジも公平で、結果にも一切文句が言えない。相手は俺達に言わせないつもりだったんだろうけど、完璧に裏目に出たな。
【まだ勝ち誇るには早いですよ】
分かってますよ御主神様。問題はここからなんですから。まだ俺の賭けは続いている。このままじゃダメなんだ。はなっから俺は教団を負かすことを最終目的としてない。とある目的のために動いてるんだ。
「さあちゃっちゃと2戦目行きましょうか」
「うむ」
こんなだまし討ちの負けを前に、お嬢さんは一切の不満を感じていない。俺の悪意センサーに欠片も引っかからない。勝負事がなにより好きだからこそ、そこに道理がある負けなら素直に認め、自分の不甲斐なさを反省する。そして次に生かす。次に戦う時もっと強くなる。恐らく、お嬢さんのご両親は頭抜けたギャンブラーだったはずだ。そしてお嬢さんを何回も容赦なく負かしただろう。けどそれが強くするのだ、彼女を。次こそは絶対に負けないと。
教団員がもはや呆然としている一方で、お嬢さんは粛々と『ドップラカッツェ』に使う道具と小さな台を持ってきて設置した。
「立会人はいないが神が見ているじゃろう。これより2戦目を始める」
「はい。では先攻後攻を決めましょうか」
ダイスロール。大きい出目が先行。ここに賭けが要素が介在しているので3戦目の賭けは受理されている。今回は4と3で俺の勝ち。これで彼女の唯一の勝ち筋消滅である。
このゲームはダイスの出目で領地を取れるのだが、取り方には幾つか禁じ手がある。例えばいきなり途中にある領地を無視して相手の領地を取る、なんてのはわかりやすいルール違反。それをした時点で負けだ。
そうだな。サイコロのギャンブルで有名なシックボーと、陣取り系のボードゲームを幾つか組み合わせたみたいな感じのゲームと言えばいいだろうか。事前にダイス目を予想し、出る目が予想通りならその賭け方に応じたポイントを得て領地を広げられる。掛け金が領地なので多くを賭ければ多くのリスクを背負うが、リスクなくして領地を広げられない。そして取り方でもボーナスがあるので、如何に相手の領地拡大を妨害しつつ相手陣地まで領地を広げるかがみそになる。
外付け知識によると、どんな大人でも運次第ではルールを覚えたての子供にも一気に戦況をひっくり返しかねない後半にかけてのハイリスクハイリターンなやり取りが実に人気、だそうだ。
そう、どんな玄人でも負けるリスクがちゃんとあるゲームをお嬢さんはちゃんと選んでいた。しかし俺はその心意気を踏みにじった。
適当にベット。ダイスをお嬢さんが転がす。こういう時にかぎって当たるやん。やっぱり御主神様が出目調整していたのでは?
そう、別に反則なんざしなくても最初にかけられる最大限領地賭けて失敗するだけもほぼ負けになるんだ。けど今は上手くいっちゃった。普通の勝負なら結構盛り上がるよこれ。
お嬢さんは少し、いや、とても残念そうな顔をしている。卑怯な手段で負けることを悔いているのではない。せっかく遊べると思ったのに結局何もできないからだ。賭けと遊びに飢えているこの人にとっては其方の方が堪えるだろう。どんな強者とて「退屈」という恐ろしい化物は心を食い殺されてしまう。それだけ彼女はこの場に居る誰よりも勝負と遊びに真摯だったのだ。
「一つ、伺いたい事があります。貴方は、何のために遊びをするのですか?」
俺の前に領地コマが置かれる。全てを並び終えられたところで俺はコマを手に取り、お嬢さんに問いかけた。
「なんのためじゃと?」
少し無気力気味に彼女は返した。そうだ。俺がこの領地コマを彼女の領地に置いた時点でゲーム終了。俺の反則負けだ。だからもう諦めている。
「此方にとって、遊びは生き甲斐なのじゃ。人と言う種は色々な事で争えど、遊びはそれさえも乗り越えてくれる。此方の父上と母上はそう言っていた」
だろうね。貴方のご両親が言えば普通よりも更に実感を伴た言葉になるだろう。種族を超えた奇跡を紡いだのは間違いなく「遊び」なのだ。
少しでも退屈を紛らわせるためか、続きを促さなくても彼女が言葉を続けた。
「『遊び』には人の本質が出る。『賭け』方で人生の見方が見える。此方をそう学び育った。最初は異質にみられる見た目も、遊びを通して受け入れられるようになったものだ。教えは間違っていなかったと幼いころは思っていた」
幼いころは、ね。
「次第に、此方は負けなくなった。元より同年代より強かったのだが、兄衆にも負けなくなった。父上と母上にはちっとも勝ってなかったのに。此方は皆が弱くなったのかと思ってしまった。しかしそれは言うべきではないことだった。此方が強くなった、それだけの事だったのだ。故に別の遊びにかえもした。だが暫くすると負けなくなる。時折里の外の者を捕まえて勝負をしてみたが、まるで勝負にならん。気づいたら、此方は親にも勝っていった」
嬉しかっただろう。長らく欠片も歯の立たなかった存在に勝てたというのは。わかるよ、俺も父親に、親に…………ダメだもうちゃんと覚えてねぇ。でも、何かに勝って、恥も外聞もなくガッツポーズして雄叫びを上げた記憶が微かに或る。そう、親に勝つ瞬間ってなにか普通とは違う勝利なんだよな。
そして、俺とは違い、彼女はその勝利に絶望したわけだ。何をしても勝ってしまう自分に。贅沢な悩みだろう。どんな遊びでも勝ってしまうなんて。けど、彼女はそれよりも遊び相手が欲しかったのだ。負けてもいいから対等な者が欲しかった。
「肉体の強さでも遊戯でも勝ってしまう混ぜ子の此方を嫁に望む物好きはおらんでな、此方は自分から里を出た。色々な所を渡り歩き、賭け師として路銀を稼ぎながら此方でも楽しめる場所を探して渡り歩いた。混ぜ子は怖がられることも多くてな、最初はなぜいきなり攻撃されたのか理解できんかった。まさか化物に見間違えた、など言われるとも思わなかったのぅ」
この人も大概壮絶な人生歩んでんなぁ。
「此方は旅をしながら強い賭け師の噂話を集めた。そして次々と賭け師を負かし、一人の男に熾烈な勝負の末に勝った。ここいらでは最強と呼ばれる男でな、老体と病さえ患ってなければ此方にも間違いなく勝っておっただろう」
「それが、金水賽教団の現教祖だったと」
「…………元じゃ。少し前にな」
そうか。遊び相手になってくれそうな存在をようやく見つけたのに、失ったのか。
「此方は最強の男に勝ったことで神直々に勧誘をされた。此方はより面白いものが見れるならとその申し出を受けた。しかしそのせいで、あの男が亡くなった時に随分揉めてな。普通であれば教祖は最も勝負に強い者がなるはずなのじゃが、此方は入信してまだ1年もたっておらぬ。だが主神直々の勧誘で信徒になった者じゃ。幹部衆は此方の扱いに困りはてておったぞ」
ケラケラ笑ってるけど、それは本当に揉める案件だな。どーりでなんか立ち位置が変な訳だ。身分だけは教祖級だけど、新参の為にその椅子に座らせるわけにはいかない。しかしそれは勝負に強い者こそ上に立つべき者という教義に若干抵触する考え方。一方で彼女も上に立つなど真っ平ごめん。故に早々に継承権を放棄して適当な遠征部隊に随伴しお茶を濁した。今はその最中という事か。
「そして今に至ると」
「そうじゃな。しかし此方には見えたのじゃ。実に面白そうな顔をして遊んでいる此方がな。アレは此方が願うばかり、予知と思い込んだだけの夢なのじゃろうな」
最初に見えた快活さは無く、そこには憂いを帯びた美女が居た。懐から取り出したキセルをふかし、色気を滲ませた目で空をぼんやりと見つめていた。彼女も孤独なのだ。この性格だ。面倒見だっていいだろう。旅団も全員彼女を拒否しているわけではあるまい。今も少年少女が遠巻きに、心配そうに彼女を見ていた。
けど、彼女に必要なのは慕ってくれる者ではなく、同じ視座で遊んでくれる存在なのだ。両親を自分の手で下した時から彼女はずっと孤独のままなのだ。孤独で、退屈で、若干の諦観があった。
期待を抱いて里を出てもむしろ里より遥かに弱い者しかいなかった。評判の賭け師を下すたびに彼女の胸には少しずつ諦めが蓄積されただろう。
「あれだけ騒がれておったのにこの程度か」と。
期待すればするほど裏切られる。何度それを彼女は繰り返してきたのか。
嗚呼、実にいい。それが貴方の願いか。孤独を埋める面白い遊び相手が欲しいか。
成功するか失敗するかも運次第だが、その運はある程度自分でも手繰り寄せられる。かつてないスケールで行われるゲームの名前はな、人生ってんだ。その人生に『弱小教団をトップクラスへ担ぎ上げる』なんて無茶なミッションを与えてみるのはどうだろう。
「どうぞ。次は貴方の番ですよ」
俺は配られた領地を並べて彼女にダイスの目を賭ける為の駒を渡した。
彼女は最初は鈍い反応だったが、甘い煙を燻らせながら盤面に目を向けると徐々に脳みそが状況を理解したのか目を見開き手に力が入りすぎて高そうなキセルをへし折ってしまった。勿体ない。それ結構な価値のある骨董品に見えたんだが。
「早く賭けてくれないと私もダイスが振れないんですよ。おちおちしてると日が沈みますよ」
俺が置いた駒は、ゲームのセオリーから少しそれた物。出目次第で一気に伸びる可能性もあればコケる可能性もあるちょっと危険な賭け方。初っ端からハイリスクハイリターンだ。
「其方、何故…………」
ルール違反は、していない。




