3章7節 汝、勝負ノ内容ヲ定メ
この世界、ほんとーーーーーに色んな種族がいる。地球だと人間を分類したら、まぁ詳しく分けると多いのかもしれないけど、それでもパッと思いつく分類なんて白人だの黒人だのとたかが知れている。
しかし、この世界の人間は蝶くらいバラエティー豊かで種類も多く、各地で不思議な進化を遂げている。
その中で弱き浪羊族に似ているのに元々身体能力の高い獣人族系の中でも並外れたタフさと強さを兼ね備える『獅羊族』や、秘境に籠って知識と魔法の研鑽を続ける仙人みたいな『黄龍人族』など、強力な種族が稀に誕生する。しかし、その多くは強者故に変な生態を持っているので数が多くない。てか妙に個別主義で他の種族と距離を取りたがるのだ。なのでヘラクルもケテトも種族的には珍しい性格をしている。まあそれは生まれつきと言うより歪んだ境遇によるところが大きいので何とも言えないが。
兎に角、強い種族程珍しくて排他的って事を覚えておけばいい。さて、その希少な種族が自分の里から出奔し、旅し、そしてその果てで別の種族との間に子を為す確率は何パーセントになるか。更にその上で両親どちらかに偏ることなく両方の特性を引き継ぐ『混ぜ子』になる確率は何パーセントになるのか。強い種族程半々という事にはならない。というよりそもそもその間に子を為すのが相当難しいはず。これは生物的というより魔法的な話ね。この世界、遺伝子みたいに個々人が固有の魔力を持っててこの相性が大事だったりする。んで強い種族程尖った魔力形質を持ってて、別の強いヤツとぶつかると大抵喧嘩する。
要するに、ハーフ自体が比較的珍しいのに、更にそれが希少な種族同士で、強い稀少な種族との間に両方の魔力形質を喧嘩せずに綺麗に引き継いた子が生まれる確率は滅茶苦茶低いって事。宝くじで1等当てるくらい難しい確率の壁を乗り越えている。
どーりで俺の脳内検索機能ですら戸惑うはずだ。この人はおそらくデータベース外の存在。ある意味『単独種』と定義できる存在なのだから。
「此方を見て驚かぬようだな。むしろ少しは察したようにも見える。ハハハハハ、これは実に愉快じゃ!」
多分、この名前の呼びにくい人はそれ。
片方はおそらく【黒妖狐族】。獣耳と二つの尾、そしてしなやかな骨格、人間耳の下の入れ墨で推定できる。遊び好きで幻影系の魔法の腕に長けた一族。賭け事も好きだ。種族傾向的に人を食ったような立ち振る舞いをすることが多く、真正面からの喧嘩をすると上手く丸め込まれてしまう。
ただ、もう片方が。どーにも、いや、そんなまさか。あり得るのかそんなこと?色んな所に根城を持ち、旅して歩くこの教団に関わっていれば、あり得るのか?
「お嬢さん、失礼を承知で先に少しだけ確認したいのですが」
「お嬢さん、か。そう言われるのは少しこそばゆいのじゃ。うむ。此方は構わぬぞ。此方に隠すことなどないのでな」
なんて豪気。でもこの仮定で納得しきれなかった点に幾つか合点がいく。
「貴方、もしかして3つの種族の『混ぜ子』ですか?恐らく、親の片方は『黒妖狐族』、もう片方が…………『赤鬼人族』と『三覚人族』のハーフですね?」
2種のハーフどころじゃない。片親がハーフの3種混ぜ子だ。そう考えると一致していない特徴が幾つか説明できてしまう。
俺がそう言うとトライハーフの嬢は目を見開き、ケラケラと笑った。
「聞いたか今の!?長よ、この者此方の血を見ただけで見抜きおったぞ!?言うたであろう!やはり其方にこの男は手に余る!」
なんて正直なお嬢さんなんでしょう。それぐらいにしないとリーダーのプライドがズタズタになりますよ。でもわかるなぁ。この人カリスマは凄いあるんだけど生まれつきの強者過ぎるもんだから正直すぎてリーダーに向かないんだ。
しかしこれは大変だぞ。
赤鬼人族は酒好きで遊び好きで怪力。滅多に根城から出てこず、出てきたと思ったら強者に勝負を仕掛け、気に入った者だけを里に向かえて遊びを持ちかけたりして半ば強引に婿や嫁にしてしまう。んで、痛みには象並みに鈍いんだけど、勘が凄い鋭い。この長身と赤みがかった肌、二本のサイドの立派な角は間違いなくこの遺伝だ。
で、一番の問題が三覚人族。額に第三の瞳を持ち、手が大きく長く指は6本、額の上に控えめの角が生えている。この種族、フィジカルも魔法も特筆するほどじゃないんだけど、この目がヤバい。額の三の目は見えない物すら見通し、ブレる可能性を見定める。透視と予知目が合わさった目と言えばいいのかね。これのお陰で逃げ足にかけては凄まじく早いらしく、捕まえるのは至難の技らしい。予言を得意とし、フラりと現れては占い金を巻き上げていなくなるなんてことも。で、もれなく賭け事好き。
もうね、見事に賭け事大好きの種族の至高のブレンドですよ。プロのバリスタも唸る一杯です。そしてそれを全部引き継いじゃってんよこの人。
鬼の勘と耐久力と怪力を持ち、妖狐の獣としての感覚の鋭さと魔力操作の才を持ち、三覚人の透視と予知を可能とする目を持つ。なんだこいつ。チートか?『ぼくのかんがえたさいきょうのしゅぞく』からそのまま連れてきちゃったみたいな感じだ。
本当に生まれついての強者。故に飾らず遠慮もしないし素直で率直。弱点がないんだこの人。それぞれの弱い所をそれぞれの血が補っている。強さを感じ取ったのか微かに後ろでヘラクルの気が揺らめいていた。
単純なフィジカルというかスピード勝負に持ち込めばヘラクルが勝つだろうが、恐らくこの人武術と言う面でも相当だ。目が無くても鬼のフィジカルと勘、狐の感覚の鋭さがある。それに未来を見る目が付いたら酒呑童子に金棒どころか勇者の剣を装備させちゃったみたいなもんである。どーすんのこれって感じだ。重傷を負う覚悟で戦ってようやく打ち取れるかもしれないって感じ。近接で勝ちたきゃ第三の目の追い付かないスピードで動くしかない。
あるいはケテトの様に回避不能なレベルの広大な破壊で圧倒するか。それしか真正面から攻略するのは多分無理だ。
「しかしだ、この勝負は我が教団の!」
「此方がこの教団に所属する際に契約を交わしたはずじゃぞ。此方が見初めた強者と遊ぶ機会を奪わぬ、と。故に此方は普段は其方に付き合ってやっておるのじゃ。しかし此度は別じゃ。これを黙って見ておったら此方に宿る血が此方を許さぬぞ」
強さもそうだが、それ以前に遊び好きの血のハイブリッドだ。遊びってのは戦いでもいいし、遊戯でもいい。鬼の血も流れているからな、荒事の遊びも好きだろう。
目をギラつかせて詰め寄る嬢の前にリーダーも思わず後ずさる。そりゃそうだ。生物としての強さが違いすぎる。本能が恐怖するだろう。
「私は誰でもいいのですよ。別に最強の賭け師が3連戦でも構いません」
俺がそう言うと余計な事を言うなとリーダーから睨まれたが、お嬢さんは凄く嬉しそうに目を輝かせた。
わかるぞ。多分、強すぎてもう自分に挑んでくる奴が居なくて暇なんだろう。
この人は強さもそうだが、この教団に仕えるべくして生まれたと言っても過言ではないくらい賭け事が強い。生まれついてのギャンブラーなのだ。たぶん地球に連れてったらカジノとか速攻で出禁にされそう。この教団から浮いているのも強すぎるからだ。異質すぎる。この人相手では賭けが賭けにならない。
「此方は賭け事が死ぬほど好きじゃ。心の底から愛しておる。この人生と言う大博打が何よりも楽しい。そして此方の勝負師の勘が言っておる、其方なかつてない強者じゃと。なんとしても遊べと」
本当に楽しそうに笑うねお嬢さん。いいよ。よく笑う人、俺大好き。突き抜けた天才を見るのも大好き。なんて最高の掘り出し物だ。ゴミの山から油田を掘りあてた気分に近い。
御主神様が導かなくとも、恐らくこの人は俺に合うべく行動していただろう。遊び相手に飢えて仕方ないのだ。鬼の勘の良さと三覚の未来視が組み合わさり、的確に勝ち筋を選び取る。
どーりで、御主神様がナビしないはずだ。だって導かなくても向こうから来てくれるんだから。
「私は其方のベストを出してほしいのです。これ以上口を出すのならば、このお嬢さん以上の賭け師を連れてきなさい」
自分のシキリを邪魔されてリーダーは納得いってないようだが、俺からの通告で黙った。だろうね。アンタじゃこの人には勝てないだろうよ。
「一つ確認したい。この勝負の賭けは、単純に勝ち負けを競う者でもよろしいですか?」
「うむ。此方は構わぬ。如何様な勝負でも受けようぞ、と言いたいところなのじゃが、こちらも教団の名を借りている以上、勝手に賭けを難しくはできぬ。そうじゃな。此方らが勝負を先に持ち掛けたが故、頭と終わりの勝負の内容は其方で決めよ。しかし真ん中は此方が決める」
「…………本当にそれでいいのですか?無茶な条件を持ちかけられるかもしれないのですよ?」
「うむ。そうじゃな。もう少し条件を設けないと駄目そうじゃな。流石に時間や場所も条件を定めた方が良いじゃろう。勝負がつかんままでは神にも無礼であるでな」
「そうですね、あくまでこの場でしっかり決着の付く、それも何日もかかるような物は無しにしましょう」
普段なら滅茶苦茶な勝負を持ちかけて泣かせるのだが、これは教団決闘。勝負はキッチリ付けなくて駄目だ。
「2勝先取。長期及び無理な勝負ではないこと」
「そうじゃな。こうしよう。決まりさえ理解できれば子供もできる勝負じゃ。あと財産の量を競うとか、計測が面倒な物や賭けになりにくいものも避けて欲しいのう。面白くない。誰が見てもこの場でしっかりと勝敗が分かる勝負である方が神々にとっても好ましいじゃろうて」
だろうな。同感だ。そこからも幾つか俺と嬢さんの間の会話で条件が絞られ、時に周囲にいた教団員も助言をしルールが限定され、大まかな同意が得られた。
ふむ、本当にこの条件でいいんだな。ならいいや。何度確認したけどこれから俺が仕掛ける勝負は問題ない。
「では、先に1つ目の勝負の内容を決めよ」
「もう決まっています。最初はハチマキの先取合戦です。お互いに自分自身の好きな場所にハチマキを巻き、先に取った方が勝ちです」
「ほう…………此方を女と見くびっているわけでは、なさそうじゃの。賭けと言うより遊戯じゃが問題ない。これは相手を倒して奪っても良いのじゃな?」
「もちろん。どんな手を使ってもいいので先に身体に巻いてあるハチマキを取ったら勝ちです。流石に最初に手に持っているとかだけは無しですよ」
「分かっておる」
フィジカル+予知の目を持つ相手にハチマキ取りゲームを仕掛ける愚考。教団員は強さも良くしているのか『ありゃ勝ったな』などと囁いている。聞こえてるぞ~。
「では此方の定める2戦目の勝負は、『ドップラカッツェ』じゃ。ルールは知っておるかの?」
「ええ」
ドップラカッツェは賭け事の一種だ。ザックリ言うとダイスを使った陣取りって言えばいいのかな。賭けで当てた分相手の領地を取れるのだが、その取り方にも戦略性が必要になる。ダイス運と戦略性、両方ないと勝てないのがこの勝負だ。因みに、御主神様と真っ暗部屋で脳内模擬戦した時はボコボコにされた。強すぎマジで。出目操作とか以前の問題だった。だってあとで勝負結果振り返って、ここでこう取ってたら勝ち筋ありましたよ、って冷静に指摘されちゃぁねぇ。
周囲のざわめきが凄いな。こりゃ本気だ。あれはどうにもならんみたいな感じだ。お嬢さんの一番得意な奴なんだろうな。これ、最大6人でもできるし、最低2人でもできるから割と人気らしいのよね。2人だと本当に極限まで運の良さと戦略性が問われるのよ。
「もう一度、もう一度確認しますよ。今まで決めた条件で内容を決めていいのですよね?」
「うむ。他の教団員も過去の例と照らし合わせて設けたルールじゃ。不足は無かろう」
「では3つ目の内容を私から告げよう。三つ目の勝負、というより賭けの内容は―――――――――」
だから散々確認したのに。ほんとにそれでいいのって。




