3章5節 汝、手札ヲ見通シ
自重。調子に乗る、良くない。そう。目が合ったケテトが「うわぁ」って顔してた。悪感情は感じないけど、良くない。
一方ヘラクル。まだちょっと理解できてないですねこれは。これはIQの問題というより経験の差だろう。今どんな状況かピンと来てない感じがする。
ともかく、2人にはちょっと楽にしてもらいます。あと引き留め料とか難癖付けてお菓子を貰いました。待ってる間に食べててとヘラクルとケテトにあげます。ちゃんと通訳ちゃん自身に俺の目の前で毒見もしてもらいました。クソみたいな挑発です。要求しておいてお前らのこと信頼できないのでお前ら毒見しろってスーパー失礼です。でも嘘ついて先に絡んできたのはお前達。こんな仕打ちをされたのは初めてのなのかトマトみたいになったリーダーとまとめ役達の顔を見ているのはとても面白い。
ある意味、これだけ怒っていてもブチギレして殴りかかってこないだけこの人たちは凄いのかも。評価を少し上げておく。
まあ前哨戦は俺の完勝です。
怒りを抑えながらリーダー達の語った話は想像の範疇を出なかった。
例の如く、今は情報収集の旅商人している。ただし本格的な部隊ではなく後進育成の意味合いが強い。街(俺の予想通りの場所)から出立し、通例のルートで旅している最中で、盗賊たちが居るのは本当の話。
ちょっとでも誤魔化そうとすれば俺の悪意センサーにひっかかるのでニヤニヤしながら何度か指摘してやると素直に話す様になった。怒りを通り越してちょっと諦めの領域に入ったみたいだな。つまんね。まあそうよね。簡単に暴力をちらつかせようとする蛮族じゃないんだから。
うーん、やはり知識は宝だ。御主神様との予習があったおかげで大して苦労せず交渉ができる。こいつらが俺達に上手く詰められないのは俺達の正体が、考え方が理解できないから。一方俺は相手が何をしているのかもどんな考え方をするのかも把握できている。俺の手札は一枚も判らないのに、俺は相手の手札5枚中5枚全部見えてる状態で戦っているようなもんだ。クソゲー過ぎる。
んで、結局彼らの最終的な目的は俺達の取引品ややり取りから俺達の素性を断定することだった。
別に悪意100%ではなく、マジで怪しい人にも見えたから盗賊の密偵ではないか調べるためという目的もあったらしい。商人たって商売じゃ敵同士だけど、共通敵を前にしたら助け合いだ。危ない存在はいち早く把握しておく必要がある。情報を共有して警戒を高め合う必要がある。これもその為だったと。
実際に接触するのは強気な判断だけど、自分たちは天下の【金水賽教団】だし、3人相手だ。なんとかなると考えたのかもな。種族差があると言っても獅羊族や黄龍人族なんて滅多に出くわさない強力な種族だ。まさかこの2人が単騎でも自分たちを殲滅しかねない存在だとは予測できまい。統計上の外れ値を警戒し続けるってのも無理な話だしな。
「そうですか。なるほど。ご説明していただきようやく納得できました」
「ああ、分かってくれたなら助かる」
「ではさようなら。旅、応援してますよ」
「え、ちょっ、待ってくれ!」
彼らの身の上話語りが終わると俺は2人に合図を出して馬車を出そうとする。するとリーダーが縋りついてでも止めようとしてきたので華麗に回避。リーダーが綺麗にこけた。痛そぉ。
リーダー以外はそれを見て馬車に狙いを切り替えたがそうはいきません。俺は馬車から鹵獲した槍をスラリと荷台から引き抜くと脅す様に振り抜く。当たりこそしないが目の前を槍の切っ先が通過するのは怖かったのか全員顔を真っ青にしてその場でしりもちをついた。交渉役の標準体型の男に戦闘能力は無いとでも思っていたのか?こいつら煽り抜きでちょっととぼけてないか?3人旅で自衛手段0な訳ないでしょうが。
「なにか御用でしょうか?我々も急ぎの用事なのです」
槍は便利だ。間違いなくあらゆる武器で総合的な強さを測ったら槍が一番になる。この肉体があれば思うように使える。戦いを生業にしていない中年を負傷もさせずにあしらうことなど難しくないんだ。
「ま、待ってくれ。我々は素性を明かした。次は貴方方がだな「何故?」」
そう、そんな約束は一度もしてない。一体なんの話でしょう?
「な、何故って、今の話を聞いたのだろう?」
「そうですね」
「対価として菓子も渡した」
「ん~~~~貴方が何を言っているのか理解できない」
まさか菓子を求めたのは対価のつもりだと思ったと?それは論理展開としては弱いぞ。
「商人にとって最も重要な物はなにか?それは貴方達なら理解できますよね?」
今度は俺のターン。俺が神の気を若干にじませながら詰め寄ると逆に気圧されたように商人どもは僅かに後ずさり、それでも思い思いの答えを俺に返した。は~、ダメだなこりゃ。
「違います。いいですか?金は我らを豊かにします。金は友情を買える。信頼を買える。愛情も買える。名声も、栄華も、人命でさえも金は手に入れてくれます。しかし金で簡単に手に入らない非常に価値のある物がある。それはなにか?『時間』です。貴方達が素直に聞けばいい物を遠回しにだまし討ちをするような接し方をして私達から無駄に奪ったこの『時間』です。菓子はこのくだらない身の上話を聞くために“待ってやる”ための“対価の一部”です。我々は貴方に協力する義務もメリットも一つとしてない。貴方達、それでも商売の神に仕える信徒ですか?実に残念です。私の知っている【金水賽教団】の信徒たちはもっと賢かったのに、随分質が落ちた」
お、冷えた頭がまた煮立ってきたのか見る見るうちに顔が赤くなる。
アハハハハ!ここまで恥をかかせられたら負けても気軽に俺達の事を話せないよな?俺だったら恥ずかしくて言えないね。舐めてかかって絡んだらボコボコにされましたなんて。3人に負けたなんて噂を流すにしても言えないだろう。
かといって過剰に貶める様な噂を流せば教団同士のデカいトラブルになる危険性がある。それに嘘ってのは『劇薬』だ。強力だが何度も使えば誰も信じてくれなくなる。気づけばオオカミ少年だ。それを情報に価値を置くこの教団が理解していないはずがない。
賭けに負けても教義上それはまだいい。だがそれ以外でコテンパンにされたら普通に沽券に関わる。それが教団ってもんだ。こいつらにはその緊張感がない。金水賽教団のネームバリューに胡坐をかいてたな。こちとらある意味無敵の人ならぬ無敵の教団だ。だって3人しかいないんだもん。しかも全員守るべき家族もいない。自活もできるし、商人でもないから争う事も無いのでちっとも怖くない。お前らの威光は通じないのさ。それは映画で金持ちが蛮族相手に「金ならあるぞ許してくれ!」って泣き叫んでるようなもんだ。その金の威光が効かなきゃ言葉も意味はない。
「それでは、さようなら」
「待て!」
最後通牒の様に俺が方向転換が完了した馬車に乗ろうとすると、リーダーの男の声が響いた。
「…………そこまで言われて黙っている我らでもない。良いだろう。対価を差し出す。その代わり君達にはフードを取ってもらい所属も答えてもらおう」
「お話にならない」
そうじゃないだろう?お前ら商の神に仕えていてもそれが“メイン”じゃないはずだ。
「負けるのが怖いんですか?」
キレた、間違いなく。今までは頑張って理性で押さえつけていたが、この言葉は流石にこらえきれなかったのか吼えた。
「上等だ!遊戯と賭け事を信奉する我ら【金水賽教団】の名を以てして、君たちに賭けによる『教団決闘』を申し込む!」
それでいいんだよチキンどもが。




