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ケテトの手紙 1節


 9年。

 里を脱走してここまで至るまで9年の歳月が経過した。脱走する際に幾つか腹いせに混乱に乗じて里の宝物なども強奪しておいたのが逃走初動の1番の重要なポイントだった気がするな。

 ただしそのせいで儂は完全に里からお尋ね者。自業自得じゃな。

 あと幼い時から里が嫌いでいつか外に出るべく里の事に関して沢山学んでおいたのも良かった。謝りこそすれ儂より他の兄弟を露骨に可愛がっていた儂を腫れ物の様に扱っていた両親も、儂が外へ出て行こうと自主的に考えている事は察してかその手の本は積極的に買い与えてくれたからな。そうでもなければ外から出ても右も左も分からず右往左往しただろう。

 外に出てみて実感したがあの里は閉鎖的すぎる。そのお陰で色々な技術を独占しているのは良いが、その技術力を追い抜かれたらいつか衰退するのは目に見えておる。外界からの過剰な隔離の危険性を長老共は気づいておらぬだろうか。隔離し過ぎたせいで変な考え方が常識だと思い込んでおるといつか痛い目を見るぞ。

 ………………いや、里を半壊させた儂が言うことでもないか。


 確かに儂はいけすかない奴だったろうな。

 見た目はアレなのに、自分たちが爪弾きにした分遊びに混じることもなく人一倍勉学に励み続けたから頭でっかちで大人からしても扱い存在。魔法の才能もあったがアレも周りを見返してやろうと死ぬほど努力していたのも大きい。そうして頑張ったせいで余計に疎まれては何とも言えんがな。

 一人称も話し方も古臭い感じにして、怪しげな感じを装って、地竜人族の【野良人】を名乗り5年程彷徨ったあの期間は儂を色々な意味で成長させた。

 どうすればナメられなくなるか。

 どうすれば男を楽にあしらえるか。

 棘蜥蜴の様にいつも周囲を威嚇し、隙を見せず、常に追手を警戒して1人で旅をしていれば嫌でも逞しくなる。

 何処へ行っても思ったのが、経験と知識は裏切らないと言うことだな。外の人々、黄龍人族以外の種族以外の事も自主的に学んでいた儂はそのおかげで外で色々とトラブルを起こさずに済んだ。

 あと、魔法だな。魔法と、手を治す手段を研究しているうちに怪我を治す技術が蓄積されて、旅をしている最中は流浪の治療師で色々な人を治療してやったものだ。

 人は儂を黄玉の賢者と呼んでいた。儂が名乗ろうとしない故にな。野良人など何かしらの事情を抱えているのも当たり前の事だから周りもあまり詮索してこなかった。これでも有名人じゃぞ、儂は。あまり名が売れると追手に勘付かれるかもと静かにしていても名が売れるくらいには治療の腕は評判だったのだ。特に魔法事故による傷は儂の得意分野だな。この火傷はそれでも治らないレベルの傷という事でもあるがな。人生何が身を助けるかわからんものだ。


 そうして金を稼ぎ、知識を蓄え、旅の果てに儂は追手を完全に振り切ったと判断し自分で家を建てた。最寄りの街でも歩いて2日はかかるちょっとした森の中だ。ちょっと危ない毒を持つ生き物が多くあまり人が近づかないという評判を聞き儂はそこに居を置くことを決めた。儂なら毒持ちでも対処できるでな。

 少し大掛かりだが魔法で獣祓いと人祓いを行い、更には物理的な罠も仕掛けた。これも旅で学んだ事。魔法を過信してはいけない。時は物理的、古典的な手段が魔法より役立つ事もあるのだ。


 色々と苦労はあったが、そうだな、完全に満足のいく物ができるまで2年ほどかかった気がする。山の奴らの存在を知ったのもその頃だな。研究に行き詰まり始めていた儂は自分でも変なくらい奴らの話す言葉の習得に傾倒した。これまで色々な言語を旅の途中で片言レベルでもすぐに話せるようになっていた儂もアレには最初はさっぱり手がつけられず、賢者と呼ばれるものとしての矜持が刺激されたのかもしれん。…………いや、今思えば黄龍人の影を恐れる事なく話せる機会に飢えておったのだろうな。

 旅の途中も黄龍人を避ける為に人目を避けて動いていたのに、いつの間にかどこかのコミュニティに自分から頭を突っ込んで、暫くしてまともに別れも告げずに去る。そんな不義理な事を繰り返しておった。


 そう。だから、あの時も本当は追い返すべきだった。


――――――――あ、ああ。こんな場所で野営せずとも儂の家に来るといい。変に見えないのに近い位置に居られても気が休まらぬ。儂の家は小さいが、まだ屋根のある場所の方がマシじゃろう。



 無意識だった、その言葉を口にしていたのは。せめてその場の野営だけを許可してさっさと出ていってもらうのが良いはずだった。何処から黄龍人族に儂の居場所が伝わってしまうかわからぬのだから。その為に色々な集団から不義理を承知で立ち去ってきたのだから。

 信徒1人なんて不思議な教団に興味が湧いた?

 それともずっと一度会えないかと空想していた眷属が急に目の前に現れて動揺した?

 自分が同じく長い間身寄りも無しに旅人をしていたが故の同情?

 色んな理由があったはずだ。けど結局その言い訳は後から思いつく事。あの時の儂は何も考えずに受け入れた。心の中にもいつも燻ってて、徐々に大きくなり続けている何かが小さくなる気がしたのだ。


 楽しかった。

 気を許せる者を生まれ育った土地で作れず、出た後も作ろうとしなかった儂にとって、もう黄龍人族とバレていたからローブも取り去って誰かと夜通しくだらない事を話す経験は初めてで楽しくて楽しくて仕方がなかった。儂にそんな感情がまだ残っていたのかと自分自身で驚いたほどだった。儂に年相応だった期間を許された時は物心ついてから一度も無かった。だからそう、儂は、何かに気遣ったり怖がったりせず初めてありのまま話せたのだ。

 今思うと、黄龍人族とバレることを儂は恐れ過ぎていた。それを隠す為に善意で差し出された手を全て無視したのだ。それさえなければもっと早くこうして話す事ができたのかもしれぬ。考えるだけ無駄な仮定だがな。

 それを差っ引いてもヘラクルが良き娘だった、と言うのも大きいかもしれんが。


 ヘラクルには妙に人に心を開かせる純朴さがある。あの子と話しているといつの間にか儂も素直に話すことができたのだ。アレも一つの才なのだろう。猊下がやたら大事にしてるのも理解できる。手を出してないと聞いた時は少し驚いたがな。

 と言っても事情を聞いて少し察するところもあったが。旅をしていれば嫌でもその手の現場に遭遇する事もある。女を全て自分の欲求を満たす何かと勘違いする手合いにも会うこともあれば、集団全体が異様に性に大らかな場合もあった。色々な集団の中でも黄龍人の里は性に対して厳しい傾向にあるので、知識では理解していても直面すると正直受け入れにくい物だった。

 幸い、力も運もあって儂は襲われた事はないが、力だけが全ては無いからな。それこそヘラクルが例としてはわかりやすい。旅支度の期間中、儂と2人で狩りに出かけたが凄まじい強さだった。チェインメイデン教団に所属したことにより加護が強化され故と謙遜していたが、戦闘技術まで急に身に付くわけではない。改めてヘラクルは敵に回してはならぬと強く思ったものだ。


 強いと言えば、猊下は本当に不思議なことだらけだ。感じる強さに波がある。そこらを歩く農民程気配が小さくなることもあれば、一度儂の脅しに本気で返してきた時の様に並みの神でさえも超える凄まじい気を放つ時もある。ただ、直接戦っている姿を見たヘラクル曰く、決して戦いたくない、と言っていた。無論、それは心情的な話ではなく、強さと言う話だ。謎が多すぎる。過去について問われることを嫌がるのは流石に分かったが、それでも気になる。そもそも改宗した教団も謎が多すぎる。眷属が改宗の代行など少なくとも儂は聞いたことない。ヘラクルは浮世離れした生活をしていたが故にしっかりものに見えて世俗に案外疎いので偶にズレた考えを持っていることがあるが、眷属の認識に関しては非常に甘いと言わざるを得なかった。いや、両親としか殆ど暮らしていなかったのにあれだけ常識を叩き込んだヘラクルの母君が凄いのかもしれぬな。


 ただ、眷属という事を抜きにしても猊下は不思議な事が多い。猊下は多種多様な言葉を流暢に話す。あの蟲の者達とも当たり前の様に話していた。アレは言語に堪能だとか知識が豊富というだけで片付く話ではない。あのコミュニティだけに独自に形成された言語だけに過去に親しく接してなければ理解できないはずなのだ。さて、それをどこで身に着けたのか。蟲の人の身体にも詳しかったな。どこであれを学んだのだろうか。あと、儂と初めて出会った時のことだ。儂の殺気に反応して激高しかけていたヘラクルを止めた時の猊下は自分が上に立つことに慣れている者の立ち振る舞いだった。最近信徒を作った割には妙な慣れを感じた。

 猊下は少し秘密主義なところがある。自分が話してもいい思ったことは素直に話すがそれ以外はまったく口を割らぬ。アレは儂らを信頼していないというより…………それとも神の奇跡である眷属を只人が理解できると思うのが傲慢なのか。

 容姿も不思議なところが多い。少なくとも儂が旅してきた間にあの様な容姿を持つ者は見なかったし、本の中でも見たことがない。それなのに訛りを理解するほど言語にも堪能。どこで生まれ、どこで育ち、何を見き、聞き、今に至るのか。いつか儂にも話してくれる時がくるのだろうか。来て欲しい、いや、願うより自分でその機会を手繰り寄せるのだ。いつだって儂はそうしてきたのだ。


 ああもう、嫌だ。嫌じゃないけど嫌だ。儂の頭の中を個人がこんな占めないでくれ。こんな時どうしたらいいのか誰も教えてくれなかった。聞けなかった。そうだ、研究対象だから、仕えし者だから、間違っては無いはずだ。でもこれは、違う。絶対に違う。

 無意識的かそれとも意識しているのか、猊下は顔にハッキリと感情が出てこない。人を小ばかにした時や何か上手くいったときは多少は出るが、それも少しだけだ。あの力を見せた時ですらほぼ感情らしい感情が顔に出ていなかった。できるだけ無表情であることを意識しておる様に儂は感じた。



 儂が明確に感情が出たところを見たのはこの短い間で3度だけ。

 

 一度は儂に謝る前、どういう話の流れだったのかわからぬがヘラクルに寄りかかっていた時。あの時の顔は凄く悲しそうな、辛そうな、それでいて微かに安心したような顔をしていた。

 一度はその直ぐ後。ムカつくことに儂にむけて挑発するように嗤った時。辛そうな顔を見て悪いことをしたのかもしれぬと心底反省しようとした矢先である。

 そしてその後、儂の話を全て聞いて、それでも受け入れてくれた時、寝る前に見た凄く優しそうな顔。目を閉じかけていた儂の顔にかかった前髪を払ってくれた時に微かに見えたあの顔。それを思い出すだけで儂の自慢の頭脳が上手く動かなくなる。


 いや、儂の入信以降、初日に比べて少し表情が出やすくなった。それはヘラクルもわざわざ儂に言うほどだった。猊下は少し変わったと。あの時の猊下の事を話すヘラクルの顔は、見ているこちらが目を逸らしたくなるほど優しくて真っすぐで、いや、目を逸らしたくなったのはそれ以外の事が要因なのは分かっている。

 けど、その目をやめろなんて猊下に対して口が裂けても言えない。言えるわけがない。

 その目をヘラクルに向けているのを見ると胸が苦しくなるからやめろなんて。儂に向けてられると上手く言葉がでなくなるからなんて。


 儂はこんな感傷的な性格をしていたのだろうか。この家を離れるから余計に感情的なのかもしれない。この家は儂にとって、初めて心から落ち着ける自分の手で一から作り上げた唯一の場所だった。長くはないが色んな思い出がある。離れる前にこうして3人で過ごせたのは、家にとっても良い事だったのかもしれない。

 儂は…………私はずっとこうしたかった。人があたりまえに持っている暖かな家庭というものがずっとずっとずーーーーーーっと欲しかった。

 見ているだけ辛くて最後には逃げ出すしかなくて、怖くて手を伸ばせなかったかったそれにようやく手が届いた。

 本当はこうしてここで暮らしたいけど、残念ながらこの家は3人で過ごすにはあまりに狭いし、教団の為にも旅を続けなきゃいけない。

 最初は半分冗談かと思っていたけどチェインメイデン教団は私含めて、猊下含めても本当に3人しかいない。信者を増やさなきゃいけない。一体どうなっているのか。でもいい。それでいい。これから少し増やせばいい。どんな英雄も最初は赤子なのと同じだ。物事には何事も始まりがある。私はその貴重な「始めに」立ち合えているのだろう。


【我が眷属を支えてください】


 契約直前にどこからか聞こえたその声に私は頷いた。本能的にそれが主神様の声だと私にはわかった。言われなくても、この男に私は付いていく。頼りがいがあるようで何故か危なっかしさを感じる目を離せない男を私は生涯支えると誓ったのだ。いつも無駄に考えて遠回りしてきた私だけど、生まれて初めて直感に従った。

 信徒をやたら大切に扱う教祖に、眷属をやたら大事にする主神。よく似ている。そんな教団に居られることを幸せと思うし、幸せと思い続けられるように教団を支え続けるのが私の仕事だ。


 さあ、もう別れの挨拶も終わりだ。昔の弱い「私」はこの家に置いていく。ここで「ケテト」の旅路を見守っていてくれ。いつか、戻ってくるかもしれないけど、その時はまた3人で戻ってくるよ、もっと立派になってね。

 その時は、儂の歩んだ道を面白おかしく語ってやろう。だからここで過ごす最後の夜、この時が私が感傷的になる最後の時だ。私が同行することが決まって、更に旅支度の時間伸びたけどこれでもうおしまい。明日の朝には出発する。家の中も随分と綺麗になってしまったな。

 でも、もう寂しくない。

 


 私は隣で眠る私の全てを受け入れてくれた男の寝顔に火傷の痕のある手を滑らせる。

 そういえば、治せるかもしれないと後から言われたんだ。眷属の力ならどうにかなるかも、と。けどそれは断った。もう慣れてしまったし、これは自分の力で治すことに意味があると思ったからだ。この手でこうして触れてもまったく気にしないこの男の事を私は…………。

 

 ん?どうした?って、いや、なんでもないよ。起こしてすまなかったな。それとも目を閉じていただけか?

 ふふふ、寝台の上だけは言葉使いが普段と違うのは意図しての事なのか無意識なのか。この男の素の部分に触れているようで少しドキドキする。

 なに?…………う、うるさいぞ!おぼこより男慣れしているフリした方がまだ男の欲を躱す方が楽だったのだ!

 男は妙に初物や恥じらいなるものを好む傾向にあるからな。慣れたフリして過去の男と比べる様な感じで貶してやれば大抵の男はしょぼくれるのだ。それでもダメなときは、こう、魔法でな、えい!っとな。里でバカな悪戯をされないように牽制用に学んだ魔法だが今や立派な切り札だ。ああ、男は詳しく聞かない方がいいぞ。恐らくこの魔法を作った人は男に相当恨みがあったに違いない。

 なにせ1人ぼっちで影が薄かったせいか里でも話は漏れ聞こえていたし、旅の途中でもいやでも詳しくなったせいで知識だけはあったのではな、フリだけならちょっと自慢できるくらいには上手いと自負しておるぞ。貴方もちゃんと騙されたではないか。

 違和感はあった?負け惜しみするでない。今はヘラクルも気を使って2人きりなのだから、素直に騙されました、御見それしました、参りましたとだな、あっ、まって、そっちで決着を付けようとするのはズルいぞ!

 で、でもだな、これで儂も晴れて耳年増を卒業したわけで…………もう一方的には、一方的に、は、もう、えっと…………ま、参りました!わかったから!せ、せめて優しくして、ね?

 あ、ダメだ。むしろ獣みたいな眼になってしまった。しまった、これこそさっき自分で考えていた恥じらいを好むという奴を実践してしまった。

 ほ、ほんとに、お手柔らかに、その、お願いします。私の身体と心が本当におかしくなっちゃうので。それとも私の心がおかしくなったら責任を取れるのか?…………最初からそ、そのつもりなんて、そんなこと言われてもう、嬉しく、嬉しくなんか、その、うぅ。降参です。


 


祝福:女たらし 

セルフ効果。血脈による呪いに近い物

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血筋は争えないねぇ
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