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2章7節 汝、願イヲ聞キテ


 よくわからないが、あの後俺抜きで黄龍人族の娘とヘラクルがお話ししたところ、ヘラクルのキリングマシーンモードもオフになり、黄龍人族の娘もかなり冷静に戻ったそうだ。そして俺達が旅の用意をきちんと整えるまで滞在を許してくれた。

 喧嘩と謝罪から2週間、思わぬ長居をしてしまったが途中からは黄龍人族の娘も旅支度を手伝ってくれるようになった。それは俺達を早く追い出したいというより、俺達が2人で何かをやっているのに自分一人が家の中に居る寂しさに耐えかねた感じだった。

 その途上でヘラクルが名前を呼ぼうとして何度も失敗した挙句舌を噛んだため、黄龍人族の娘にもあだ名を付けることになった。ヘラクルナイス。三人で話し合った結果、まとも神の一声で『ケテト』という名前になった。これならまだ呼びやすい。黄龍人族の娘自身も大して呼ばれる名前でもなかったので拘りはなかったとのこと。


 暫くして、黄龍人族の娘は今度はしっかり俺に頭を下げてきて依頼してきた。どうしても眷属の力について聞きたいらしい。ただの興味本位というわけではなく、ちゃんと彼女のしている研究の一環に関わっているとのことだ。

 その代わり、俺も彼女に条件を提示した。実験にもある程度付き合うし、力を開示してもいい。ただし、それは同じ教団員相手にできる行為だ。それと、どうか身の上話を聞かせてくれないかと。こちらも興味本位ではなく、一人の友として真面目に向き合うために。

 

 ケテトは俺の出した条件の意味を正しく理解したようで、一切の迷いも無く同意した。


「私から提示しておいて何ですが、よろしいのですか?」


「生の眷属とここまで気軽に接する機会がどれだけ貴重か自分自身が最も理解していないようだ。それに…………こんなところで一人でいるのは、もう、疲れたんだ。研究も行き詰っていた。一人でやることが全てだと思っていてずっと足掻いてきたが、それは違った。みんなでやる旅支度が凄く楽しかったんだ。とても楽しかった。私は…………貴方達のせいで、もう孤独、に、耐えきれ、なくなって、しまった。こんな私の事を!友と呼んでくれた!そんな人たちが、ここ、から、離れる、ことを、考えただけで、わ、私、は…………!」


 好き好んで一人ぼっちになる人は稀だ。特にこの世界は全部ひとりでやるのは相当大変な事だろう。生きるだけでも精一杯だ。

 人間嫌いならまだしも、ケテトはどうみても人嫌いには見えなかった。人嫌いはわざわざ素性もよくわからん旅人を家にあげたりしない。かといって底抜けのお人よしでもない。ないけど家に招いた。もうそれくらい彼女は人との交流に飢えていたのだ。

 あの難解な言語を話す者達と会話できるようになったのも、ある意味それだけ彼女の心が孤独で圧迫されていたからこそ。話せるようになるように、少しでも孤独が癒えるように心が無意識で危険を感じて必死で学んだのだろう。

 

 そして彼女の心の防波堤はこの2週間の俺達との交流で壊れてしまった。誰かと一緒に過ごす楽しさを知ってしまった。孤独の傷は癒えたわけではない。今は凄く大きなかさぶたの状態だ。なにかあれば剥げて今までよりも派手に大出血だ。

 彼女の心はずっと泣いていたのだ。痛い痛いと。孤独という魔物に爪を立てられ続けて、けど怖くて自分から近づく勇気もなかったのだ。自分の気持ちを白状したケテトの目から大粒の波がとめどなく溢れ出て膝から崩れ落ち、それをヘラクルが優しく抱き留めた。最年少だがやはりヘラクルが一番母性がある。ケテトは長い間貯め込んだ孤独の毒を吐き出すように声を上げて泣いていた。


 泣いて泣いて泣きつくして、もう日付が回る時間まで泣いていた。ヘラクルの胸元は涙でびちゃびちゃ、ケテトの目は誰がみても分かるくらいに腫れあがっていた。そんな調子なので明日でもいいと言ったのが、どうしても今日やりたいと言ってきかないのでそのまま儀式を実行する。


「始めます。願いなさい、自らの願いを心の中で」


 指を噛み切り血を使ってケテトの腹に紋を素早く書く。続いて手。常に手袋を付けていた手には酷い火傷の後があった。気にすることなくその上に紋を上書き。順番が前後したが、最後に俺の血を飲ませる。しまったこれ器に入れときゃよかった。しかしもう今更とケテトは俺の手を手に取ると止める間もなくペロリと舐めた。なんで上目遣いなの?ちょっとエッチな感じがするからやめなさい。

 ケテトが俺の手を握ったまま目を瞑る。果たして何を祈るのか。俺の塗った血が黒いインクの様に変わり体に吸収され、黒い血管が一瞬浮き上がる。目を開いた時一瞬目の色が黒かったが、それも直ぐに引き元のトパーズの色に戻る。力が馴染んだ証だ。


「ようこそ、チェインメイデン教団へ。栄えある信徒第二号ですよ」 


「ふふふ、変な気分だ、自分が改宗をするなんて。…………何を願ったのか聞かないのか?」


「なんでもいいのですよ。それは本当に叶えるかは貴方次第ですから」


 ウチの教団はそういう教団だ。何しても何を願ってもいい。


「そうか。だが儂のは一人では絶対叶えられぬのだ」


「そうですか」


「もう儂は信徒だ。故に其方が上になる。だから、これが最後の不敬だ……………………この、ばか、ちゃんと、聞け。儂に、もっと、興味を、持て」

 

 拗ねたように俺の至近距離に来ると、上目遣いのちょっと幼い表情で力など全く籠っていない拳を俺の胸にポスッポスッとあててくる。一度ケテトのことをエセ魔性の女と呼んだが、訂正しよう。今のケテトは間違いなく魔性の女だ。なんだこの可愛い生き物。このまま持ち帰りたくなる。まあここが家なんだが。 


 

 その後、ケテトのベッドに3人で腰かけてケテトの身の上話を聞いた。


 ケテトは黄龍人族として生まれたが生まれつき体の発育がかなり遅かったらしい。だが、知恵だけは反比例するように発育が早かった。そのせいでいつも子供たちから浮いていて、いつも独りぼっちだった。それはある程度大きくなっても変わらなかった。黄龍人族は枝の様な長い角と細長い黄色の尾が自慢だ。それが長いほど魅力的。長いほど魔法の腕が長けていると考えられていたからだ。

 けれどケテトはそれが極端に短かった。どんなにちゃんと食べても伸びなかった。反比例するように魔法の腕前はずば抜けていた。

 結果何が起きたか。ケテトは疎まれ、イジメられたらしい。黄龍人族の面汚しの様な見た目なのに誰よりも魔法に長けていたのが同世代のカンに酷く触ったらしい。

 もともと一人ぼっちだったケテトは最初はいつものハブがきつくなっただけだと思ったが、次第にいじめはエスカレートしていく。ケテトはなまじ強くて、親もケテトの角と尾が短いのは自分たちのせいだと謝っていただけに逆に親に頼る事も出来ず耐えた。耐えてしまった。


 だが、危険な魔法の最中、流石に命に係わると知っている魔法の最中に邪魔はしないだろうという思い込みが悲劇を招いた。いじめがエスカレートしすぎて正常な判断ができなくなっていたいじめっ子数人が、ケテトが油断していた隙をついて魔法の最中に悪戯に手を出した。結果、語るのもはばかられる事故が起きた。大損害にならなかったのは皮肉にもケテトの魔法の知識とコントロール能力が人並み外れていたから。里と事故に巻き込まれたいじめっ子の命を天秤にかけて、ケテトは心を砕きながらも里の防衛を優先を決意。

 治療不可能までに手を損傷しながら里を、多くの命を守り切った彼女に下された判決は、死刑。


 よりにもよってその切り捨てたいじめっ子たちの親たちが黄龍人族たちの取りまとめの子息たちだった。その上、いじめっ子たちが彼女の魔法行使中に手を出した証拠が一切なく、結局彼女の証言でしかどんな経緯で事故が起きたのかわからなかった。そして上が下した判断は、「いじめっ子たちが暴走して危険と思われる魔法の最中に悪意からケテトを妨害をしたと」いう事実に基づいたケテトの証言ではなく、「ケテトがいじめに耐えかねて事故に見せかけていじめっ子に反撃しようとしたところ魔法の制御を誤り殺してしまった」というクソみたいな仮説の正しいとするもの。


 強かったケテトの心もそこで限界を迎えた。

 嫌な予感は元々していたらしい。けどそうはならないとどこかで最後の希望を抱いていた。それさえも踏みにじられた。黄龍人族への最後の期待をこの判決に託していただけにそれが全部裏返り、今まで抑えていた黄龍人族への強烈な怒りと憎しみがケテトの中で大爆発した。

 なら見せてやる、と。本気で事故に見せかけてやるくらいなら私はこれくらいできるんだとケテトはため込んでいた悪感情と膨大な魔力を解き放った。裁判場代わりの長老共の屋敷、祭壇、その他諸々の黄龍人族の里の主要な建物すべてを解き放った魔法で破壊した。

 これを見てもまだ私が魔力の制御を誤ったとほざくか老外共が!と阿鼻叫喚の中で絶叫した。

 皮肉にもケテトの魔法のコントロールは完璧だった。事故で使っていた魔法よりも遥かに強力で危険な魔法を単独で行使しながらも一般住宅や住民達には一切かすらせずに公共施設だけを完璧にぶっ壊した。特に自分を閉じ込めようとしていた牢屋は跡形もなく吹き飛ばした。


 そしてその混乱に紛れてケテトは里から脱走をしたそうだ。素性を隠し、血反吐を吐く思いで追手を晦ますためにさんざんいじめっ子たちから悪口として言われ続けた地竜人族を自分自身で名乗り逃げ続けた。そして5年の逃避行の果てにこの地に辿り着いたらしい。なまじ頭が良すぎただけに、魔法の腕があっただけに、行き当たりばったりにも関わらずケテトは逃げきれてしまったらしい。

 それがケテト逃避行の顛末。そこから更に数年、ここで暮らしているそうだ。


 人里から遠く離れた地で結界を張り、更に罠を張ってまで周囲を警戒するという過剰なくらいの防衛装置。

 黄龍人族とばれた時の大きな動揺。

 地竜人族という呼称に対する強烈な嫌悪。

 手が不可逆までの火傷になっている原因。

 眷属の多くに共通してみられる奇跡的な間での回復力、それを魔法で再現できれば手を完璧に治せるかもしれないと仮説を立て研究をし続けていたからこその眷属と言う存在への執着。

 

 ケテトは全てを俺達に語ってくれた。ケテトは話す途中一度も涙を流さなかった。もう過ぎたことだと淡々と話した。

 既にケテトは孤独の呪縛から解き放たれたのだ。バカをしても喧嘩しても一緒に居てくれる者達が現れた。それが教団と言う繋がりで強固に結ばれた。それがようやくケテトの乾いた心を満たしたのだ。


「手、治さなくてよかったんですか?」


 彼女が孤独と戦いながら研究し続けていた手の治療。チェインメイデン教団に加入する時に願ったら治せたかもしれない。いや、治せた。普通ならちょっと緩和する程度だが、ウチの御主神様は馬力が違う。ヘラクルが衰弱状態から一気に鬼神に化けたみたいに、手を治す程度難しくないはずだ。けれど、彼女の手は依然として酷い火傷のままだった。


「いいのだ。これは儂の力で治すのだ。これからは時間も仲間も当てもあるのだぞ。今までと比較してどれくらい恵まれていることか。それに、手は動けばいい。感覚もある程度戻っている。それよりも儂には叶えたいことが出来たのだ」


「…………そうですか」


「そうだ」 


 真ん中に座っていたケテトは穏やかな表情で右隣りの俺に寄りかかった。ポスンと肩にケテトの頭が乗る。すると、それを見てケテトの左隣に居たヘラクルもケテトの方に倒れて寄りかかり、決壊。ケテトは俺の膝に、ヘラクルもケテトの膝に倒れ込んだ。


 暫くしケテトが、その後すぐにヘラクルもそのまま膝を枕に就寝。俺は座ったまま布団を2人にかけてやり、壁に寄りかかって目を閉じた。

 その日、俺は異世界に来てから夜間一切作業をせずに寝た。






――――――――――――――――――

【教団としての信仰が高まった】

・教祖点10点

・努力点20点

を与える

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 今寝かけてたのに絶対ワザとだろこのタイミング。本当に今日くらい寝させてくれよもー。



逃れられないたらしの血脈

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― 新着の感想 ―
[一言] あのハーレム野郎の血が濃く受け継がれてますわね…
[気になる点] >最年少だがやはりケテトが一番母性がある。 何度読み直して意味の流れからして ケテト→ヘラクルの間違いかな?
[一言] ミニ丸語先生の作る主人公は何をどうあがいてもたらしに寄るのか・・・ 物語としてもキャラクター性としてもめっちゃ好きだけど現実にいたら唾を吐きかける自信がある。
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