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2章1節 汝、殺気ヲ知リ


「ヘラクル」


「はい、猊下」


 俺が声をかけるとヘラクルは戸惑う事も無く食器を置いて立ち上がり警戒態勢に移る。どうやらヘラクルも気づいていたらしい。まあ獣人系だから俺より嗅覚や聴覚は鋭敏だ。しかし無駄にそれを騒ぎ立てず、俺が対応する態度を取ればすぐにそれに合わせて動く。この察しの良さは本当に重宝する。

 文句の一つもなく行く先も不明な旅についてきてくれたし、本当に得難い信徒である。


「何者ですか?」


 旅を続けて30と少し。ようやくその時が来た。

 俺が視線を向けた先は何もない遠くの茂み。獣の影もなく何の反応もない。しかし俺が石ころを拾い上げて其方の方を改めてジッと見つめると観念したようにソレは姿を表した。


「何者とはご挨拶だね。一応ここは儂の庭なのだが?迂闊に侵入できない様に罠も結界も張り巡らせておいたはずなのだが」


 その人物がローブを取ると、忽然と茂みの手前に女性の姿が現れる。ローブには迷彩効果があり、それで隠れて接近を試みていたようだ。だが、視覚だけ誤魔化しても俺達を欺くには足りないぞ。


「一つ聞きますが、ここは貴方の土地なのですか?正式な所有権をお持ちで?」


「いや、そうではないが………この辺りに儂は住んでいて、住みやすいように環境を整えているのだ。故に実質的にこの辺りは私の縄張りと言っても過言ではないのだ。用が無いのであれば立ち去るがよいぞ、若き旅人達よ」


 ヘラクルちゃんが175㎝より上くらいなら、その女性はだいたい165㎝くらいだろうか。

 茶髪から更に脱色をかけたような飴色の髪の毛。小柄な体に見合わぬ記号がビッシリ刻まれた全金属の大きな錫杖。杖を握る手は手袋をしているのでわからない。姿を隠すローブの下にも更に涅色の地味なローブを着ていた。

 年は若い。俺と同じかほんのわずかに下かな。まあこの世界は見た目と年齢が一致しない種族がチラホラいるので外見年齢から人柄を探るのは愚策だ。

 そういえばスキルや魔法、外見年齢が実年齢と一致しない様な色んな種族がある世界でも「このガキが!」とか言って女や年下を下に見て襲う展開があるけど、冷静に考えて変だよね?だって外見≠強さの世界なんでしょう?転生者よりその世界で生きてきた奴の方がそのことをずっと理解しているのになぜ見た目で判断して喧嘩を売るのか。アホなのかしら?それともストーリーという名の世界の強制力?


 この娘は…………小さいけど角があるな。フードを被っているせいで見えづらいが間違いない。ヘラクルちゃんはヤギっぽいけど、この子は上向きだから鬼?いや、それにしては妙だな。ローブの後ろも微かに膨らんでいる。瞳はトパーズの様な透き通る亜麻色だ。瞳孔が少し細い。

 それらの外見的特徴を外部知識に入力して検索をかける。この特徴に合致する種族とはなんだ?彼女の言っていた結界だが、もちろん分かっていて踏み越えた。てかそれより前に使い魔っぽいのが偵察で飛んできたけどこちらを確認される前に俺が石を投げてぶっ壊した。だから本人が出張ってきたんだろう。そんな技術を持つ種族、言語はここらで話されている言語だが訛りがあるな。メイン言語は別だ。それに「縄張り」って言い方が引っかかるな。


「間違っていたら申し訳ないが、貴方は地、いや、黄龍人族ですか?」


 俺がそう問いかけると、彼女は動揺したように後ずさった。あぶねー、地竜って言いかけた時、俺アニメとかでよく出てくる殺気ってものを生で感じ取れたよ。特大の地雷をあと一歩で思いきり踏み抜くような背筋がぞわっとする感覚だ。

 俺が間違いかけたのは彼女の尾と角が小さいからだ。黄龍人族の角は枝の様になっていて上に長く、尻尾も細めで体に巻き付けるほどスラリと長い。けど彼女は成人している外見年齢なのにどちらも明らかに短い。色合いは地竜人族ってのに似ているだけにローブで隠れているせいで余計に判別がしにくい。


 しかし変だな。黄龍人族ってのは賢く魔法技術にも長けた仙人ぽい感じがあり、そのせいかプライドが高く閉鎖的で滅多に里から出てこない一族の傾向だと認識しているんだが、なんでこんなところに?メインの生息域からかなり離れているぞ?地域傾向的にもここらは地竜人族の方がまだ遭遇する確率が高いはずだ。

 まさか、また種族特有のトラブルかね?へーへー、人ってのは人を肌の色や人種やちょっとした特徴でしか判断できないのかね。アホくさ。

 けど黄龍人族ってなるとやっぱり見た目通りの年齢じゃない確率が高いな。ファンタジーのエルフこと壊れてないけど、平均寿命は長かったはずだ。


「其方、何者だ?もしや里の…………」


 おおおお、敵意を隠そうともしねぇ。どんどん黄龍人族の娘の気配が膨れ上がりピリピリとした空気が肌を撫で、それに反応して俺の後ろに控えていたヘラクルちゃんの毛がブワッと逆立ち一歩前に出る。俺がGOサインを出したら今にも飛び掛かりかねない。意識が完全に戦闘モードになっている。獅羊族って言うかヘラクルちゃんの一番怖い所はこれなんだよな。平時は可愛らしい極極平凡な村娘って感じなのに、いざスイッチが入ると一瞬でキリングマシーンに代わるんだ。俺は手を横に広げ威嚇しているヘラクルを留める。


「ヘラクル、控えなさい。領域に踏み入ったことはこちらの責だが、其方も鋒を収めていただけると助かる。無用な争いはしたくない。我々はチェインメイデン教団、黄龍人族とは無縁の者です」


「チェインメイデン教団………?聞き覚えは無いな。どこの教団だ?」  


 聞き覚えはないだろうが、敵意は少し和らいだ。

 そう。この世界では所属する教団、仕えし神を偽ることは世界的な大罪とされています。俺がチェインメイデン教団と名乗った時点でそれはほぼ100%事実。黄龍人族とは無関係の確率が一気に高くなる。


「それがですね、信徒が1人、つまりここ居る彼女しかいない小さな教団なのです。ご存じなくても仕方のない事でしょう」


「信徒が1人だと?」


「因みに、私は我が主神▇▇▇▇の眷属にしてチェインメイデン教団の教祖を務めております。我がチェインメイデン教団は絶賛信徒募集中であります。以後お見知りおきを」


「眷属だぁ?」


 人は理解ができない事が立て続けに起きて、釈然としない事態に遭遇するとこんな顔になるのか。俺がしみじみとそう思うくらいには黄龍人族の娘は面白い表情をした。




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