第三十六話:古炎龍オイドマ・フォティア
「どうして……いつも……こんな……」
さめざめと泣きながら治療を受けて。
とりあえず皆から治療魔法をかけられて、少し軽くなった体で。
ヴァネッサは立ち上がった。
「改めて! 使役にいきますわ!」
「……まぁ支配の笛の護りもありますし、一発くらいなら被弾しても死なないでしょうけど、気をつけてくださいね」
そんな効果あったの? と思いつつ、そういえばクラーケンにひっぱたかれても割と平気だったしなぁと首をひねる。
「アウローラ、貴女結構情報を渋りすぎですわよ!?」
「聞かれませんでしたしぃー。とりあえず、ミラ。お茶とお菓子を」
「虹龍様、すぐにお持ちいたします」
喧嘩してきたようで、物凄く不機嫌そうに髪を光らせたアウローラはボロボロのままお菓子を食べ始めていた。
なんだかこう、子供みたいだなぁと苦笑いしつつ。
ヴァネッサはエルクと二匹になった龍の眷属を連れて、神殿の奥へ向かった。
――
「あっづ」
「ちょっと氷張りましょうか」
「てつだうよ!」「こうかな?」
封印を通り抜けた時、どこか不思議な感覚がして、いきなり灼熱が襲いかかる。
なるほどこれがアステリア女王の結界か、本当に凄いなぁと心から感心しながら。
エルクとアトス、ポルトスは氷の魔法を呟き、二人と二匹の周りに霜が降りた。
「……ちょっと寒いですの」
「加減できませんよ。向こうのが強いんですから」
話し合いながら、洞窟を通り抜ける。
真っすぐ歩いていく中、アウローラがこの距離を吹っ飛ばされたことに気付いて。
寒さも暑さも全く関係ない冷や汗をだらだら掻きながら、一行は広間に出た。
”人間か”
短く、脳内に声がする。
溶岩に囲まれた岩の真ん中に鎮座する、鎖に繋がれた真紅の鱗に包まれた巨体。
一分のスキもない緻密な結界にぶつかり続ける、圧倒的な魔力の奔流。
炎の精霊がからかうようにその巨躯の周りを飛び跳ね、煽るようにケラケラと笑っていた。
「うっへぇ……精霊はともかくとして、正しく龍って感じですわねぇ」
「確かに。正統派と言っていいのかあれですけど、絵物語とかでよく見るやつですよね」
精霊と遊びだした二匹の使い魔を尻目に。
これ、支配の笛の魔力では太刀打ち出来ない気がする。と直感して。
二人が率直な感想を漏らすと、古龍はどこか呆れたように言った。
”怯えんのか貴様ら”
「怯えるも何もありませんの。そんな痛々しい格好をして、どちらかというと哀れですのよ」
「ヴァ、ヴァネッサ。流石にそれは言い過ぎ……」
エルクからは、いつもどおりの堂々とした声色に聞こえたが。
ヴァネッサ本人は内心物凄くビビりつつも、古炎龍から思ったより敵意を感じないことに驚いていた。
本来自分にはそんなに関係ないことだしと何度も自分の心に言い聞かせて、できる限り公平に話をしてみよう。
そう考えて、彼女は龍に近寄った。
”この我が哀れだと?”
「ですわ。多分、あなた。人間を食べようとして封印されたのでは無い気がしますの」
精一杯のハッタリをかまし、堂々と胸を張る。
古炎龍の周りの溶岩がゴポゴポと音を立てると、巨大な龍は目を閉じた。
”食料として食べることはないが、我の生態は貴様ら人間とは合わないだろう。だから我が負けて封印されたことは構わん。今度は我がこの忌々しい鎖を打ち破って、人間を滅ぼす。貴様らの言葉で、弱肉強食と言うのだろ?”
あ、意外と話通じるんだ。とポカンとしていたエルクと、必死に言葉を考えるヴァネッサ。
彼女も、このオイドマ・フォティアという龍は話に聞くよりは遥かに理性的で、しかし人間とは相容れない生き物なのだと理解していた。
「んまぁそれは仕方ないですけど……さっき、アウローラがぼろぼろにされてましたが、あれは?」
意見をぶつけても、どうしようもないなと諦めて。
使役するために、支配の笛をどう使ったらいいかと、考えようと頭を回す。
”我の縄張りにあとから来て、『この地は貰ったし、人間の料理が食べたいから永遠に寝ていろ』と吐かしたのでな。流石に殺そうとしたが、あの程度では死なんだろう”
アウローラも人間とは基本的に相容れない存在でしたわねぇ。と、友好的だが別の生き物だったことを改めて感じて。
ヴァネッサは大人しく頭を下げた。
「……わたくしの友人が、申し訳ないですの……」
”構わんよ。どうせもう少しで自由の身でな”
それを穏やかに許したオイドマ・フォティアは、機嫌良さそうにチロチロと炎を吐いてみせる。
「あー、やっぱり。そろそろ封印解けそうですの?」
”その通りだ! ふふ、またあの人間と戦えるのが楽しみでしょうがないぞ! アステリアとか言う小娘! 我を手こずらせたのはエルフとか鬼とかいうの以来だったからな!”
そしてテンション高くヴァネッサの問いに答えて、繋がれた鎖をジャラジャラ鳴らすと。
「申し上げにくいんですけど、アステリア女王はもうお亡くなりに……」
”なんだと!? 人間の寿命に合わせて、早く出ようと頑張ってきたというのに!?”
「はい……」
「病で亡くなったそうです」
彼女を補足するエルクの言葉に、愕然と巨大な口を広げ。
どこかつぶらな瞳を、悲しげに細めていた。
”……寂しいが仕方ない。せいぜい我に抗うのだぞ、人間ども……”
のそりと背を向ける龍に、ふと聞いてみたいことが思いついたヴァネッサが聞いた。
さっき、そういえばこのエリトリアの先住民とも戦ったと話をしていたが、彼らはどうなったんだろう。
「ちなみに、エルフとか鬼、やっぱり食べたんですの……?」
”食わんわ。マズいしな。それに奴らはシャスマティスのババアと、ソルスキアとかいう人間に封印されて、どっかに行ったぞ”
純粋な興味で聞いてみた彼女に、龍はめんどくさそうに答えて。
「封印?」
”知らんのか人間のくせに。というかその笛、ババアの牙じゃないか。それで小さくして船に運んだんだろうに”
「……ま、まさか……」
しかも丁寧に教えてくれて、ヴァネッサの頭に新聞の見出しが踊った。
”ヘクトル王子殿下、鬼と歴史的和解!! 酋長との殴り合いの果てに国交を樹立”
”エルフと名乗る亜人集団、旧ソルスキア領の森を占拠。ヘクトル王子は平和的解決に展望”
”ソルスキア大鉱山、龍の被害により一時操業停止。王国と鬼の同盟軍が交戦中”
あ、これもしかしてそういうことじゃと。
連絡取ったら、この龍と戦う手伝いをしてくれるかなと考えて。
”あーもう我悲しい。少し寝るから出て行け。一分待っても居たら吹っ飛ばす”
「あわわ、え、エルク! 行きますわよ!」
「確かに、逃げたほうが良さそうですね。おいで、アトス! ポルトス!」
不機嫌そうに炎を吐くオイドマ・フォティアに背を向けて、皆で慌てて走り去った。




