第十八話:ツノマルリヴァイアサンのアウローラ
「もう合格でいいからやめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
目を瞑ってガクガクと震え、試験官の悲鳴が響く。
目深にかぶったフードは外れ、蜂蜜色の豪奢な髪と白い肌が顕になった。
「大丈夫ですよマルカブ殿下。……ちょっと立って見てください」
「お、おぅ。もう大丈夫か……ってうぉああああああああ!!」
気づけば揺れが止まっていたと。
事態が飲み込めないまま立ち上がり、青い瞳をきょろきょろと見回して。
驚いてまた悲鳴を上げた彼は、おほんと咳払いをして聞く。
「……ヴァネッサ殿、一応聞いておくが。何を呼んだ?」
「ツノマルリヴァイアサン、ですわ!」
腰に手を当て、自信満々に胸を張る彼女の声。
所長はあまりの才能を間近に見て、手を叩きながら大笑いをする。
「はっはっは!! どうです? 誰も使役できなかった、史上最大の海の神。彼女の才能に、まだ疑問がありますか?」
「あるわけ無いだろ!! 認めるから降ろしてくれ!!」
ちょっとした島くらいはある、巨大な球体の魔獣の上で。
マルカブ・アルフェラッツ・オブ・エリトリア第二王子は泣き叫んだ。
――
「本当にありがとうございましたわ、アウローラさん」
”いえいえ。……しかし、たったこれだけでいいのですか?”
「周りを見て頂ければと思うのですが、貴女大人気ですし。十分ですのよ」
一人で小舟に乗ったヴァネッサが、ぷかぷかと浮かぶ巨大な身体に触れて。
直接頭に流れ込んでくる彼女の声と言葉を交わす。
その周りでは、ツノマルリヴァイアサンが現れたと噂を聞きつけた村の人々や観光客のたくさんの船が、二人を遠巻きに囲んでいた。
「なんか、拝まれてますわねぇ」
”少し恥ずかしいですね……”
それを見渡して、くすくすと笑う二人。
アウローラは照れくさそうに目を細めて、笑う度に大気が震えた。
ますます大げさにひれ伏す人々を見て、ちょっと大げさにやりすぎたなと思ったヴァネッサは、申し訳無さそうに眉尻を下げて言う。
「とりあえず何度もお呼びするのは悪いので、もう呼ぶのはやめようと思うのですが……」
本当は空に住むアウローラにも、村人にも悪いなと。
そんな考えが伝わったようで、龍は少し考えると思考を返す。
”では、人間の姿でお邪魔しましょう。ここ最近、食事が物足りないので”
「えっ、お空に帰るんじゃないんですの?」
”人間の一生は、私達にとって非常に短いものです。お二人の邪魔でなければ、お付き合いしたいものですが”
エルクの料理を食べて以来、リヴァイアサンも魚もあまり美味しくないと。
若干の不満を覚えていた巨龍は、帰らなくてもいいかなと言う。
そして番である二人の邪魔にならなければと付け加えると、ヴァネッサは真っ赤な顔をした。
「番! んまぁ、そう、やぶさかではありませんが、こう、まだ、そういうことは……」
”あらあら、そうでしたか。私も人間に擬態していれば、人間と交わることはできるのでしょうか?”
「エルクは絶対ダメですのよ!!! でもまぁ、貴女が来てくれるなら楽しいとは思いますの」
”わかりました。もしその気になっても、エルクさんは止めておきましょう”
しどろもどろに照れて、ぷんぷんと怒る彼女に、巨龍は穏やかな思考を流す。
しばらく他愛もない会話をして、二人は別れた。
”では、また”
「あ! ちょっと待って下さいまし!!」
おっと! とヴァネッサは急に振り返る。
こんな巨龍がいきなり動いたら周りの船が危ないと、慌てて大声を出した。
「みなさあああああああああん!!!! 離れてええええええええええ!!!」
彼女の声を聞いて、慌てて遠ざかる船たちを。
アウローラの起こした巨大な波が、浜辺に押し流した。
――
「げぼっ!! ぅおえぇぇっ!!」
「なにやってんですかもう!!」
「油断しましたわ……お、溺れるかと……」
打ち上げられて水を吐くヴァネッサに、慌てて走ってきたエルクがタオルを被せた。
仕事終わりに見に来た彼も浜辺からアウローラの姿を眺め、その大きさに驚愕して。
やがて起こった巨大な波に流されてきた人々を、近くに居た野次馬と協力して救助していた。
「無事でよかったですけどねぇ。とりあえず、組合に行きましょう」
「ですわね、エルク。……動けないので、おぶってくださいまし」
「はいはい。どうぞ」
よたよたとエルクの背中に乗って、支配の笛が流されていないか確認する。
ちゃんと鎖はつながっていて、無事それがあったことに安堵した。
ただ、そんなことよりも重要なことを、彼女は思い出す。
「はっ! 周りの皆さんは大丈夫でしたの!?」
一緒に、みんな流されてしまったはずと慌てて浜辺を見渡す。
船の残骸や倒れた人々を見て、彼女の顔が青くなったのだが。
「大丈夫でしたよ。全員……海の魔獣が、何故か人々を運んできたので」
エルクはそう返す。
温厚なリヴァイアサン種の魔獣だけでなく、昼間は居ないはずで人間を獲物にするはずの。
大人の幽霊鮫やクラーケンまでもが、協力して人々を浜辺に運んでいた。
「アウローラさんの力か……支配の笛か……」
「どっちだとしても、ヴァネッサの力だと思われるでしょうね」
「ま、まぁそれならそれで。とりあえず皆さん無事で良かったですの……」
疲れたし、皆が無事ならまぁいいかと。遅くなる思考、遠のく意識。
安堵して気の抜けたヴァネッサは、エルクの背中でうっかり眠り込んだ。




