第十四話:小さな伝説
とりあえず、誰にも見つからずに家に帰ってきた。
ヴァネッサは痛む腰を労りながら、ベッドの上でうつ伏せに転がって。
エルクはそんな彼女の腰に痛み止めの薬を塗り、簡単な治癒魔法を施しながら。
ふわふわと浮かぶツノマリちゃんに話を聞いていた。
「ありがとうなの。ひとりぼっちで死んじゃうと思ったの……」
「いえいえ、無事で良かったですわ。代わりにわたくしの腰がイカれましたが」
改めてお礼を言うツノマリちゃんに、ヴァネッサはさめざめと泣いて返す。
そんな彼女の腰の上で、エルクが聞いた。
「ところで、親とか群れはどこにいるんです?」
「お空の上なの。おかあさんがきょうだいを産む時だけ、海に降りるの。赤ちゃんを見たかったからついてきたのに、落っこちちゃったの……」
そう言われて、二人は目が点になる。
しばらく、ツノマルリヴァイアサンと人間が勝手に呼んでいる彼らの生態を聞いて。
ますます目が点になっていた。
「空を飛ぶし魔法が使えて知能も高い……って、龍種じゃないですか」
「やっべー大物ですわね。まさかまるまる可愛いのは子供だとは……」
そして、今度はツノマリちゃんと呼ばれているアディル村のマスコットの話をすると。
ふわふわころころと床を転がった子龍は、その正体を知っていた。
「たぶん、人間がそう呼んでるのはおねえちゃんのことなの。おねえちゃんはたくさん食べるから、よく大きな魔獣を食べにこの近くに来てるの」
「あら~、なるほど。それで超希少だと」
そりゃあ見つからない訳ですわ。とヴァネッサは手を打った。
ただでさえ希少な龍種で、その上ツノマルリヴァイアサンと呼ばれているのは一頭だけ。
うんうんと納得した彼女に、ツノマリちゃんははっとした顔で話を続ける。
「あれ、あなた。おばあちゃんの牙を持っているの」
「え、これですの?」
牙? と言われて唯一心当たりのある煙管を出す。
しばらくそれを見ていた子龍は、やっぱりといった顔をした。
「そうなの。わたしのおばあちゃんなの。白くなってるってことは、あなたはいい人間なの」
「……?」
え、これ伝説の虹龍の牙らしいですわよ? 子孫なんですの? と混乱した彼女。
ただ、それを聞く暇もなく、子龍は満足した顔で。
ヴァネッサの頬にぐりぐりと顔を押し付けた。
「おかあさんに言っておくの。あなた、お名前は?」
「わたくしがヴァネッサ。こっちがエルクですわ」
「ヴァネッサ、エルク……うん。絶対に忘れないの」
そして、二人の名前を聞くとエルクにも頬ずりをして。
窓に向かって飛んでいく。
「帰れるんです? はぐれたって言ってましたけど」
「おねえちゃんに迎えてもらうの。沖まで行けば、声が届くの」
彼がふと尋ねて、子龍は大丈夫だと返す。
そのやり取りを聞いて、ヴァネッサは思いついた。
「ツノマリちゃん。そこでお願いがあるのですが」
「? なんでも言うといいの。あなたたちは、わたしの恩人なの」
「貴女のお姉さま、この海にはどれくらいご滞在なさいますか……?」
めちゃくちゃ低姿勢で、子龍の姉がいつまでいるかと。
彼女の背中の上のエルクはお願いの想像がついて、あぁ……と軽く頭を抱えた。
「たぶんだけど、えーっと、太陽と月があと百回は入れ替わるくらいなの」
「では、お願いがあるのですが……」
百回。ってことはまだ結構時間があるな。
そう呟いた彼女はニコニコとした笑顔を貼り付けて、子龍に囁く。
「そんなことでいいの? わたしからお願いしておくの」
ふむふむと聞くツノマリちゃんは彼女のお願いを快諾すると、夜の海にふわふわと飛んでいき。
しばらくして、支配の笛と同じ甲高い音色の。穏やかな歌声が聞こえた。
「ヴァネッサ、やっぱりあの子って」
「間違いなく、この支配の笛の……虹龍ですわね……」
「龍の王なんて、ただの伝説だと思ってましたよ。魔道具としては本物なのは理解してますけど」
「わたくしも、同じことを思っていましたのよ?」
それを聞いた二人は顔を見合わせて、そのままベッドに倒れ込んだ。




