99 学友
イルミナートは、通例より一年早く学院へ入学した。
普通は十二歳または十三歳で入学し、四年で卒業。その後、大学へ行くか、職に就くか、家の手伝いに入るかはそれぞれだが、どんな階級出身であっても、寄宿舎に入ることもあって、基本的な知識、最低限の礼儀作法を習熟していることが前提となる。
十代になったばかりの男子が、いくら貴族や有産階級の子弟とはいえ、大人しくできるわけがない。体力は有り余っているし、冒険心に富み、自尊心は高く、向こう見ず。そんなやんちゃ盛りを集めれば、大小様々な問題が起こるのは自然の摂理。
当然ながら学院の規律は厳しく、それを守れてかつ付き人のいない生活に耐えられると判断されない限り、入学はできない。
そんな中で一年早く入学を許されたイルミナートは、学習面での習熟度合いから、さらに一年をスキップした。
スキップした先で出会った一人が、アロイスだった。
帝国から帰国し、王都の屋敷へ戻ってすぐ。
留守にしている間に届いていた大量のどうでもいい手紙とは別に、家令が分けていた、“イルミナートにとって大事な”いくつかの手紙の中に、それはあった。
田舎の領地で、のんびりと領地を治める手伝いをする。そういって王都を離れたはずの友人からの手紙。
筆無精ではないが、特段書くこともないから手紙はあまり送らないと思う、と以前話していたから、めずらしいと感じつつ封を切る。
そこに綴られていたのは、イルミナートの興味を引くだろう事柄があるから、気が向いたら訪ねてほしいという内容だった。
なんでもそつなくこなすアロイスは、学院での成績も高すぎず低すぎず。目をつけられるほどではなく、けれど子爵家子息としてはそれなりに優秀と見做される程度をいつも保っていた。
話してみれば、彼の聡明さはわかる。
おそらく成績も、いい案配になるよう力を抜いていた。
子爵家の三男だから。継子だから。元は金で地位を買った商人の家柄だから。
誰かにつけ込まれることのないよう、隙は作らず。けれど人付き合いはそこそこにして反感を買うこともせず。上手く世渡りをするタイプだな、とイルミナートは観察していた。
実のところ優秀な彼が田舎に引っ込んでしまうのはもったいないと思っていたから、王都に戻ってきていると知って喜んだのもつかの間。
最近の王都の流行を家族から聞いて、出てきた<カフェテリア>なる店と、そこの甘味。
イルミナートの姉も母も、甘い物はだいぶ好きな方だ。当然その店で扱う商品は一通り買っており、お気に入りも既に何種類もあると熱く語られたが。
持ち帰りは買えても、席の予約は中々できないのだというその店は、どうやらエスポスティ家の令息令嬢が別の商会を作って始めた店だという。
エスポスティ家の令息とは。
あの家で今、令息といえる立場なのは子爵子息のファビアーノか、子爵末弟のアロイスのみ。
普通の学院生は卒業後を考えつつ学院生活を謳歌するから、学院生のうちから起業するとは考えられない。となればまだ学院生のファビアーノは違う。
必然的に<カフェテリア>を開いたのはアロイスとなる。
ただそれだけなら、意味深な手紙は寄越さないだろう。
なにか、あるのだ。
継続して情報の収集を急ぎつつ、イルミナートはすぐにアロイスを訪うことを決めた。
そうして訪問したエスポスティ家でまみえたものは。
確かな足取りで出ていった小さな背中を見送った後、イルミナートはゆったりとソファに背を預け、大きく脚を組んだ。
「それで?」
ひょいっと小さなエッグタルトを口に入れていたアロイスは、ん? と目を向ける。
「“あれ”が手紙を寄越した理由か」
ふう、と小さく嘆息する。
そんな年下の友人に、アロイスはにこりと笑みを返した。
もぐもぐしている口元のためか、どうにも締まらない。飲み込んだ後、紅茶で喉を潤してから、アロイスはその口を開いた。
「イルミナート様なら興味を持つかと思って」
「イルミナート、でいい」
「そうはいっても」
「お前に様などつけられると違和感が酷い」
「えぇ?」
イルミナートの渋面に、アロイスは肩を竦めた。
「以前、リエトが話していたな。大叔父の話を。あの娘は同じか」
学院生時代、二人と仲の良かった友人が、ひっそり教えてくれたことがある。親類にいる、と。
本の虫だったアロイスが読んでいた中に記載があった“マレビト”についてどう思うか、話題として二人に振った時のことだ。
もう亡くなったという大叔父は過去世の記憶があるタイプの稀人で、しかし現世になにかを再現できるほどの専門知識は持ち合わせていなかった。だが思考の基準が普通とはいえなかった。
過去世で触れたもの、歴史上で起きたことの記憶があったためか、発想力が違ったのだ。
この世界で初めて魔法に触れたという彼は、その魅力に取り憑かれた。そして、それまでたいして役に立たない無駄なものとされていた固有魔法の有効活用を次々と見出した。
彼自身の魔力は少なかったが、研究の成果が圧倒的で、宮廷魔法士にまでなった。
彼のお陰で、固有魔法は利用の幅がかなり広がった。
既に亡くなっており、本人への影響がないからとはいえ、遺品を求める輩はいる。だから少なからず稀人の親族はそれを隠すのだが、リエトは二人に明かしてくれた。
それは二人を信頼に足る人物と判断してのことで、あまり人間に興味のないリエトが教えてくれたことに嬉しさを感じていたから、些細な会話だったが、明確に記憶している。
「お会いしたことがないので正確なところは分かりませんが、多分同じですねぇ」
アロイスのどこか力の抜けた笑みに、イルミナートは一度瞑目した。
「魔法誓詞書は、本当に必要ないか?」
イルミナートは約束を破らないし、アロイスもそれを理解している。
だが他の人間は違う。
目に見える形の方が、安心感を与えることを思えば、紙という現物がある方がエスポスティ子爵夫妻にはいいのではないか。
そうイルミナートは問うたが、アロイスは口角を上げた。
「必要ないでしょう。貴族としてのお言葉を信じていますよ」
余所行きの顔で笑むアロイスにイルミナートは苦虫を噛み潰したような顔になる。
この顔は苦手だ。とありありと示す。
学院にいる頃から、アロイスはたまにこの顔を浮かべていた。
具体的には。
自分を侮る相手に思い知らせる時――といっても口頭で軽くやり返すだけだが。
商会への無茶振りをアロイスを通して何とかしようとする輩の相手をしている時――もちろんアロイスは融通など利かせずのらりくらりと躱していた。
知識量や能力、弁論力等で学生を評価せず、身分によって成績をつけようとする教師に相対している時――後から学院側へ多数の生徒連名で陳情書を提出し、教師は訓告処分の後辞職した。
どれも平穏とは逆の時で、イルミナートにとってこの顔は「また何か企んでいるな」「何か問題が生じているな」と警戒心を呼び起こすものなのだ。
今はあまり差を感じないが、十代前半の二歳差は意外と大きい。学院生時代、スキップしていたイルミナートは二歳年上の同級生に囲まれていた。
身分は高くても、身体は小さく、生意気な少年は、周りから煙たがられた。
少し変わり者で、人間に対する興味の薄いリエトと、何でもそつなくこなすが人とはつかず離れずの距離を保ち、のほほんとしてみえるアロイスだけが、表面的なことに頓着せず普通に対応してくれた。
彼らがいなければ、イルミナートはさらにスキップしてさっさと卒業したか、学院在学中から留学を選んでいただろう。
人間関係を学ぶように父から言いつけられて入学した身としては、本当の意味で友と言える存在を得られたのは僥倖だった。
もちろん、その他の学院生とも、思惑はそれぞれあるにしろ、学友とはなったが。
そんな友人が、単純に信頼から言っている訳ではないと理解して、イルミナートは大きく嘆息した。
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