第六十六話 ゲゼルシャフト
死霊の館を突破し、荒野と化した処刑場をリリとハルカは駆けた。
転移地点からしばし移動すると、虚空を裂いて第二陣が襲来。現れるは重機級の魔獣群と『影』の兵隊。真っ黒な激流が行く手を塞いだ。
「流石に増援出してきたわね」
「どうするリリ少女!」
「このまま、真っ直ぐ進みます!」
「それ本気か!?」
迫る濁流に少女は臆しはしない。戦力差、間合いも関係なし。
転送魔術の術式は既に完成していたのだから。
「さん、にー、いち……前方!」
「――任せろッ!」
薄紅少女の前に黄金の輝きが差し込んだ。
濁流へ立ち向かう黎明の閃光。転移直後、ツムギは最適解を叩きこむ。日輪の掌が黒流と交わる。
「棘鎧獣の脊椎」
大地はヒビから無数の荊棘が空を刺した。針山は敵を貫いて打ち上げる。棘先は魔力で黒に染まる。
霧散する敵軍に背を向け、ツムギはニッと歯を出して笑った。
「待たせたな!」
「ナイスよツムギ、ドンピシャ! これでこの処刑場から脱出できるわ」
阿吽の呼吸を見せた二人。ハイタッチで役目を交代し、リリは獣を喚び出す。
「『迷える獣たち』御霊ノ神獣――星鯨」
天を飾った明星は鯨の形となる。地面に影を落としながら星の結晶は落下。超質量が降臨する。
「ハハッ、やっぱリリィにゃ敵わねェや」
「座標を辿った限り、ここはまだ異世界マーケットの空間の一部。こうやって強引に突破すれば、出れるってわけっ」
「お、おいおい。マジかあれ……」
躊躇いも疲れもなく技を繰り広げた少年少女。規格外さにハルカは仰天して硬直。彼女が息を吞む間に、巨鯨は墜落した。
「そのままぶっ壊してっ!」
星鯨は地盤を粉砕する。数万トンに及ぶ衝撃が大地へ注ぎ、異空間が歪んだ。
屈折した座標は耐え切れず、空間ごと崩壊を迎える。
※
マーケットの中心地、通りのレンガに三人は転がった。
「戻ってこれたわ!」
「けどよォ、様子が変だぜ……」
シャッターで閉じられた商店街、がらんどうの屋台とメイン通り、騒音が排除された七層の近代地区。待ち構えていたのは無機質な銃口だ。
「侵入がバレたなら、そりゃ厳戒態勢になるわよね」
白いスーツ達、『影』の兵隊にリリは杖を向ける。だがハルカが杖先を抑えた。
「今は温存すべきだ。リリ少女、ツムギ少年、ここは任せてくれ」
「ハルカお姉さん……?」
「戦場がマーケットなら大丈夫。身を潜める場所も、有利な地形も、きちんと把握してるから」
前傾姿勢となったハルカは豹の突進を再現する。
「『ヘイズ』オン――!」
一閃。音を消して女は駆け抜けた。
「対象、急接っき――がはっ!」
「トロい!」
手前の白服に回し蹴りが見舞われる。
遠心力を活かしたハルカの蹴り。勢いそのまま彼女は躍動し、敵兵を次々に払いのけた。さながら鎌イタチの乱舞。隊列は急激に乱される。
「なんだこの猫みてェな動き!?」
「あの機動力、人間には思えない……獣の動き方じゃない」
威力は人間並み。だが変則的な挙動が兵士たちを翻弄する。
「これ蹴散らしてくから、先行ってて!」
金木犀の光沢が闇に紛れる。帰還者達の注目は彼女に逸れる。
だがリリ達の相手は『影』の兵だ。十体の黒影は各々がスキルを発動した。奇妙な予感がリリに走る。
「ツムギ避けて、炎熱スキルよ!」
ツムギは身を翻し、空中で炎を躱した。それでもいくつかの攻撃を被弾する。
「こっちはハエみてェな爆弾に、氷も飛んでやがる。そっから――ねっ、眠気も!」
「なにこれ、手札が多くて複雑過ぎる!」
「ったく、一番やりにくいぜこの『影』はよォ」
動きは単調で、炎や魔法の投擲攻撃のみ。だが差し引いても影兵は厄介極まった。
独立した挙動に、多彩なスキル。時に体術や魔術も組み合わさる。何より怯まない事には、数的有利も覆せない。
「なんだコイツら! さっきの奴らとはまるで違ぇ」
「きっとこれ、ただの影兵士じゃない」
膂力、魔力、スキルの保有数が帰還者とは桁外れに多い。
「一人一人のグレードが、どれも一線級の戦力。これってまるで――」
「異世界転生者そのもの、と言いたげな様子ですねぇ」
声が響くと猛攻が止んだ。
途端に影兵は静止して道を開ける。奥からは欲望の白い影がコツン、コツンと靴を鳴らして迫った。
「彼らは兵士の中でも選りすぐり。転生者に匹敵する部隊ですからねぇ」
皮だけを貼り付けたような笑みで、沼底の総帥は出迎えた。
「シモン……!」
「忠告は、した筈ですよ」
「ハッ、あんな脅迫が忠告ですって? 異世界から帰ってきて日本語も忘れちゃったのかしら」
緊張が迸る。一瞬の隙も命取りな膠着状態。口以外の自由が彼らにはなかった。
「シモン……こんな大層な市場を作り上げて、何のつもりよ」
「貿易。それ以外の何に見えますでしょうか」
「それが大問題だって言ってんのよ! ここの中の一つでも表に出たら、それこそ社会が混乱に」
「改まって言わなくてもよろしい。そもそも我々が、まともに取引先も用意しないまま物資を貯め込んでいるとでも?」
シモンはカッと目を見開く。腕を振り、指折り数え、靴を踏み鳴らす。
「魔力、魔法、この世界に存在しなかった資源。技術が、知恵が、物資が、全ては財となる」
酔いしれた舞いで総帥は語り始める。
「この国、この世界中どこを探しても、『異世界との貿易』を禁じる法律などありはしない。即ち、この現行世界において我々だけが、富の独占を許されている」
「自己の正当化も、ここまで来ると見上げたものね」
「法も民も力でねじ伏せられる我々が、なぜ暴力に訴えず、こうして経済活動の域に留まっているとお思いで? 答えはそう、至極単純ッ!」
リリの声など届いていない。聞こえていようといまいと、シモンの行動は変わらない。
「我々の主要取引相手こそが、この国の中枢。日本政府だからです」
ゾッとする眼差しで男は告白する。
「協力者は警視総監の杞山氏をはじめ、数名の政府関係者。彼らの権力、財、我々の構成員によって、流通市場は確立されました」
「テメェ、もうそんな……」
「既に日本は、各国のどの諜報組織よりも優秀で、どの軍よりも強力な軍隊――異世界帰還《《兵》》を手に入れているのですよ」
兵士、兵器としての帰還者。この場にいる影兵。その脅威は想像するまでもない。
「我々は個々でさえ、国の最高戦力になり得る存在。それが組織となれば核をも超える抑止力となるのです」
恐るべき事実。シモンの語るすべては悪夢のような現実だ。
「高尚なこと言ってるようだけど、結局は金なんでしょう?」
「ええ当然、報酬を得ることは当然の権利ですから。ですが、これほど平和的な稼業もないでしょう?」
「どの口が――」
「弱者から搾取せず、抑止となることで民をあらゆる暴力から防ぐ防衛機構になるのですから」
「そんな上手いこといくわけないでしょ」
「その根拠は? 検証はお済みで?」
「……いつの時代だって、法に縛られてない連中は力に溺れる。どれだけ自分達を聖剣に見立てても、それは単なる暴力装置にしかならないわ」
「確かにそうですとも。ですが! いや、だからこそ、我々はこの貿易を行う必要があるのです」
両腕を天に掲げ、シモンは信念を叫んだ。
「富の独占! 異世界とは比べ物にならない高度文明での豪遊! この欲望に勝るものはない。しかし、我々はその欲望さえ超越した大義があるッ」
恍惚とした笑みは禍々しく揺蕩う。
「異世界帰還者という最強戦力すら、我々はいつまでも依存しない。異世界の技術、無限の資材、再現不可の兵器でこの国を世界の頂点へ……絶対の最高地点へ押し上げる!!」
強欲に果ては無い。その渇望は底の割れた瓶に砂を入れるに等しい。
シモンの眼は、爪先は、心は、肉体を追い越し明日の先を向いている。
「他の何者にも、何者達にも、たとえ国であろうと、我々は越えられてはならない!」
飽くなき欲は未来まで黒に塗り潰す。
「富国強兵! 我々は豪遊のため愚直に、革新的に、豊かな最高権力国家『日本国』を目指すのです。ゆえに貴方がたへ、最後の好機を与えましょう――」
歪んだ口元と眼差しで強欲の権化は手を差し出す。
「我々――『異世界ゲゼルシャフト』の軍門に下りなさい。さすればその力、この国の未来のために導きましょう」




