第六十五話 異世界を超えた者達
狭い霊園内に霧が立ち込める。鬱陶しい闇がツムギに纏わりつく。
付近では武装した白服達と、蠢く『影』の兵士が身を潜める。
流れる靄の中、彼らは音と気配でツムギを攪乱しようと試みる。
だがツムギは不動。目を閉じ、移動する魔力に感覚を研ぎ澄ます。
「コイツ、見覚えがあるぞ。たしか『アカハラツムギ』とか言う、魔獣狩りのガキだ」
「魔獣狩りねェ、オレってそこまで有名人になったのか。なンか照れるなァ」
「馬鹿かこのガキ。イカれてんのか?」
霧の奥で処刑人の群れは嘲笑う。そのライフルの重量が、濃霧を見通すゴーグルが、ツムギという脅威を軽視させる。ゆえに見落としてしまう。
「ンアァ、その通りオレは馬鹿だし、イカれてるよ! 馬鹿にならねェと怖くて前に進めない。イカれねェと不安で押し潰される臆病モンだァ」
少年は笑う。平凡に、談笑のように、この状況下で不自然なほど自然に。腹から笑いが込み上げた。
ひとしきり笑うとツムギは開眼する。日輪の瞳は魔力の流れを見た。
霧に隠れる者達の抱いていた嘲りは、やがて仄かな恐怖へ変わる。
「今、オレのこと異常者だって思ったンなら、お前らに勝ち目はないぜ」
士達は相対している敵の危険度を再認識した。銃身の動く音が霧の四方から響く。
「オレは天才、英雄って呼ばれてるヤツらと対等に並ぼうとしてる異常な凡人だ。頭のネジ外したオレに、同類の凡人は追い付けない」
日輪の少年は顔を掌に埋める。指の隙間からは牙が覗き出す。
「『最適化』改造変身、月の竜人」
灼熱の感覚を味わい、ツムギの肢体は再構築される。
皮膚は鱗となり、大蛇の尾が伸びる。牙も爪も肥大化して黒の光沢を得た。
人の原型を保ちながら、その姿は小さき竜へ変貌した。
「スゥ……」
鼻で一度深く空気を吸う。竜の嗅覚は霧中の敵を嗅ぎ分けた。
「見つけた」
縦長の瞳孔が動く。まばたきが終わる頃には、竜の爪が白服まで迫った。
「イっ……!?」
男は反射的に発砲。怯えながらも正確な射撃で反応した。
されど銃弾は鱗に弾かれる。鱗の硬度は黄金でも貫けないほどだった。
「発っぽ――」
全体命令を出す寸前、竜の尾がしなって鞭打つ。正面から食らった白服は意識ごと弾かれた。モーション完了前にツムギは次手を思考する。
「六秒だな」
竜人の脚力で土を抉り、霧中を駆けた。
霧は断末魔を轟かせる。爪が銃身を裂く音、殴られた人間が軋む音までも。
六秒の間に阿鼻叫喚を生み出すと、ツムギは停止する。
「ジャスト。討伐完了、だァ」
ツムギの通った軌道上は霧は晴れていた。その背には倒れた白服達と霧散する影だけがある。
「これが異世界帰宅部の最低ラインだ。この程度の雑兵なんざ、オレらの敵じゃねンだよ」
振り返ることを止めた炎の軌跡に、一切の迷いなし。
竜の翼は墓石へ捨て、日輪は再び進み始めた。
『――やっと繋がった。ツムギ、聞こえる!?』
霧を進む途中、思念魔術の通信が入る。
「おうリリィ! オレの方は殲滅完了。そっちは?」
※
別地点からリリはツムギと接続していた。
「こっちはハルカお姉さんと合流して、無事に保護したわ」
『そっか! なら良かった。出来りゃオレも合流する』
「座標が分かったら転送魔術でこっちに喚ぶから、ツムギは自己防衛に徹してくれたら大丈夫よ」
『了解だぜリーダー!』
魔術を切り、リリは胸を撫で下ろす。普段の笑みを浮かべると、少女は金木犀の女に手を差し伸べた。
「お姉さん、具合は平気?」
「あ、ああ。ウチはまったく……」
放心したハルカは生返事で精一杯だった。
――二人が飛ばされた地点には、古びた屋敷と広大な庭園があった。
異世界由来の技術が詰め込まれたギミックとトラップに満ちた洋館。一室サイズのギロチン、絵画に擬態する魔物、寿命を燃やす魔法陣入りカーペット、隙間に潜む影の兵士。全てが必殺級。
気配を殺したマーケットの白服も含めれば、敵の数も五十は下らなかった。
つい一分前の時点までは。
「なんだよ、この威力はさ……」
ハルカの声は奈落の底まで木霊する。
周囲は不格好な荒野となっていた。瓦礫が所々にあるだけ。床材が残っているのはリリから半径数メートルまで。
「まじ、か……」
彼女の前には巨大なクレーター群が広がる。巨人が行進した跡のようだった。
穴からは白煙と肉の焦げた匂いが立ち昇る。それが雷撃によるものだとは、目撃してもハルカの理解が追い付かない。
彼女の覗いた穴は底まで見通せない深さだった。
「さ。行きましょ、お姉さんっ」
蹂躙戦姫は彼女の手を引く。
「異世界帰還で、ホントに弱体化されてるのか? これで……」
女は震えを抑え、差し出された白い手を握り返す。薄紅と金木犀の二つの影が不揃いの大地を飛んで渡った。




