第六十三話 追放フェーズ
辻斬り、葛木が放った殺意の余韻が肌に張り付いていた。寒気は蛇となり、彼らの背中を這う。
「チィッ、心臓に悪い真似を……」
ハルカは舌打ちと共に、苛立った声で呟く。
「葛木のことは気にしなくて良い。基本的に嘘はつかないタイプだ」
「どうしてそんなに言い切れるんですか?」
「仲間の情報。と、ウチの勘だ。油断も隙も見せらんない相手だが、下手な騙し討ちはしない手だと見た」
耳元で哭く刃の残響が、彼の脅威を思い起こさせる。
「それも有事にならなけりゃ、の話。他の連中に侵入がバレた瞬間、アレが飛んで来る……考えたくもないけどな」
息を整えたハルカが率先して三人を導く。
「ただウダウダもしてられない。行くよ、少年少女」
「目的地はどちらですか?」
「――センタービル・ターミナル区、そして東棟だ」
※
異世界マーケットの脊髄、中央ターミナル。そこは宮殿にも劣らない壮大な玄関口だった。
見渡す限り白い景色。床も壁面も大理石以上の純白。覗き込めば瞳の虹彩までくっきり反射している。
ターミナルの構造は空港に近い。巨人でも歩くに困らない廊下に、職員から異世界人まで大勢の人混みが入り乱れる。
アスハ達は改めてこの市場の規模を実感する。
「ここが、異世界マーケットのターミナル駅……」
「凄まじい規模だろう。ウチも初めての時は言葉を失ったさ」
衝撃はその大きさに留まらない。カメラ、エスカレーター、移動用ロボットなど、現代社会かそれ以上の文明水準。管理、監視のためにリソースが割かれていた。
「警備ロボにゴーレム、『影』の兵隊まであちこちに」
「この駅はただのターミナルじゃない。異世界の商人にマーケットへ入場審査も行っている。空港税関みたいなもんさ」
「これほどの人数と設備……ハルカさんを護衛し切れるか、少しだけ不安です」
「アスハ少年は浸礼魔法とかっていう魔術だけに集中してくれ。あとはウチの後に着いて来てきれたら良い」
一歩踏み出すと同時。ハルカはスキルを起動する。
「『ヘイズ』オン」
二歩目が地に着くと、ハルカの動きは流体へ変わった。
風のように人波を縫い、変幻自在の動きに進んだ。彼女が通って出来た隙間をアスハ達も続く。
だが人々はアスハ達を気にも留めない。否、意識を向けなかった。
「気配遮断のスキルとは、また勝手が違いますね?」
「これは歩法。相手の視界や意識の合間を縫って移動する技術だ。あの葛木がやってただろう?」
「まさか、『模倣』したんですか!」
「フフ、肩の力は抜いときな。計画の第一段階と脱出を、一度に済ませる」
ニヤリと歯を覗かせ、ハルカ正面の獣人へ急接近。
すれ違いざま、彼女は獣人の耳元で何かを叫んだ。
アスハ達には何も聞こえなかったが、叫ばれた者は白目を剥いて泡を吹き倒れる。途端に付近の商人達ものたうち回った。
「お姉さん、いったい何を!?」
「高音波のウィスパーボイスをお見舞いした。獣人種は聴力が鋭いから、あれだけで半狂乱になるのさ」
「無茶苦茶な……」
「さて急ぐよ。出発時刻だ」
突然の大混乱で乱れる人波を押しのけ、突き進んだ。
ぶつかり合った人々は次第に怒号を飛ばし出す。騒ぎに乗じて四人は出口へ向かった。
リニア新幹線の改札口もパニック状態となり、警備機能は一時的に麻痺。その隙を狙い、リリは魔術を使用した。
「みんな集まってね。転移魔法っ!」
システムも感知しない一瞬を突き、四人はモーターカーの車内へ転移。シートの上に着地した。
そして車両は定刻通り発車する。騒ぎに怯えて乗客たちは逃げ出し、車内は貸し切り状態だった。
「ふぅー乗り込めたねぇ! ようやく休憩タイムだ」
「目的地はどちらに?」
「この乗り物は一度、センタービル東棟を経由する。マーケットが収益として受け取る物資がそこに集約されてるからね」
行儀悪く足を手すりに置き、ハルカはのびのびとくつろぐ。
「あと一時間もしない内に脱出経路が完成する。それまで隠れてることもできるが、ウチは掻きまわしてから脱出しようと思う」
「賛成です。具体案を聞かせて下さい」
「物資の供給を断たせ、ウチらが何度も攻撃することで、取引相手の商人たちから信用を失墜させる」
「なるほど……俺達とマーケットではなく、マーケットの商人と運営の対比構造を狙う訳ですね」
「そ。ただ今は決戦の時じゃない。一度脱出した後、次の侵入機会でマーケットを完全破壊する」
計画は順調に進み、アスハ達も次の動きを考えていた。
次の瞬間、窓の外で閃光が走った。直後、東棟ビルが爆炎に包まれる。
「なんだ!?」
「急に爆発が……」
爆破された東棟ビルは倒壊を始める。立ち昇った爆炎を拝み、女は震えた。
「あれは……ウチが仕掛けた爆薬だ」
「ハルカさんが!? まさか、計画のために――」
「いや、違う」
それは彼女の思惑通りではなかった。ハルカは青ざめる。
「爆薬には特殊な細工がしてあって、ウチじゃないと起動できない仕組みのはずだ! だってあれはリイチが――待て、そういうことか?」
ハルカがブツブツ呟く中、倒壊するビルに異変が生じる。
次に彼女が外を見た時には、破壊されたビルの時間が巻き戻っていた。
「アレ見て。ビルが修復していくわ」
「ありゃ、補修術式じゃねェか? 重要建築物に施す魔術。オレの異世界にもあった」
「でもあれだけの爆破範囲を修繕する術式なんて……まるで、爆破されるのが分かってたみたい」
リリが口にした言葉はハルカの推測と合致する。彼女は狼狽した様子で、三人を席から立たせる。
「畜生、泳がされてたッ!」
「ハルカさん……?」
「三人とも逃げるよ、シモンに見つかった! 窓を破って――」
ハルカが三人を突き飛ばそうと出た直後、無情にも警報が鳴り響く。
『侵入者検知! 侵入者検知! これより追放フェーズへ移行する』
警報を耳にした時点で、彼らの足場が歪む。
シモンが見せた黒穴、次元を裂いて開くワープホールが四つ展開。アスハ達をバラバラに飲み込んだ。
「っ――」
声を上げる隙もなく、異世界帰宅部は分断された。
空っぽになった車内には誰もいない。黒穴が閉じる頃には魔力の痕跡さえ残っていなかった。
『該当魔力反応四種、各処理場へ転送処置完了。皆様は引き続き、異世界マーケットをお楽しみ下さい』




