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第六十二話 剣客

 アスハの表情が一変し、緊迫した空気が流れる。


「どうしたって言うんだ少年!?」


 しゃがみ込むアスハの背をツムギとリリは摩った。


「アスハは、スキルを使い過ぎると感情を消耗するんです」


「スキルの効果が強すぎてな。使い過ぎっとアスハは自我を失っちまうんだ。ってなると……」


「俺は、暴走してしまいます」


 ここで事態の深刻さをハルカは悟る。


「すまない、ウチが迂闊だった。守ってもらった結果、君はこうなってしまったんだね」


 ハルカは謝罪の意を込め、感情を失った青年を抱擁する。

 彼女の腕はツムギとリリの頭も包む。


「安静にしてな、少年少女。ここから脱出するまで、君たち三人の命は絶対にウチが保証する」


 優しい抱擁で三人は落ち着きを取り戻す。一度アスハは調査の前に退路を確認した。


「脱出経路は、なにかあるんですか?」


「一つだけある。が、今はまだ使えない。訳あってあと数時間は無理だな……ちょっと待ってな」


 ハルカは近くの店まで一人走っていった。エルフの店員とやり取りを終えると、彼女は三本の骨付きターキーを持って戻る。


「これ食べて、一回落ち着きな」


 焼き立てでパリっと焼き上がったターキーをあちあちとハルカは手渡す。


「このエリアの名物なんだ。こういう時は食うに限るよ」


「今の短時間で取引を? マーケット内に通貨は無いんじゃ……」


「厳密には、こういうテイクアウトや細々した支払いはこの疑似通貨で支払うんだ。って言っても、手続きが面倒だから住み込み商人しか扱わないが」


「え。なら、そのコインは?」


「くすねた!」


「そんな堂々と……」


 一度作戦を中断し、三人は鶏の脚にかぶりついた。

 ツムギが「これコカトリスの肉……」と呟きかけたが、ゲテモノ嫌いなリリのために言葉を飲み込む。


「具体的な作戦を決めましょう」


 綺麗に骨だけとなったターキーを振ってリリが仕切る。

 念押しに会話の傍受防止魔術を使用して。


「アタシ達はマーケットの解体に協力するけど、今はマーケットとリーマの居場所の情報収集優先。次いで、ここからの脱出方法」


「で、ウチの目標はマーケット解体だけ。そのギャップを埋めたいんだろう? それなら問題ない、君たちの目標を優先で動く」


「良いんですか!? アタシ達は有難いけど、それだとハルカお姉さんが……」


「ウチも一日二日で計画実行する気はないよ。少年達が情報とリーマ少年を確保してから、ウチの手助けをしてくれたら良い!」


「有難いですけど、期間が長引くほどハルカさんが危険になりますよ」


「安心しな、ウチはここで身を隠し慣れてる。スキルの相性もあってね」


「ハルカの姉ちゃんのスキル、どんな能力なンだ?」


「ん~、まあ今度!」


 質問を適当にはぐらかしてハルカは親指を立てた。


「とにかく目指すなら、第一目標地点はあのセンタービル。そこにいけば、機密情報の山で溢れてる」


「やっぱり本部、ですよね」


「奴らが取引や偵察で手薄になる時間がもうじきだから、その隙に侵入す――」


「おや、ご来場なさってたんで〜すねぇ」


 細胞が硬直した。凍てつく死の感覚が彼らの背を撫でる。

 恐怖の感情を喪失しているアスハでさえ死を感じた。耳元で優し気な声が囁く。


「どうもこれは先日ぶりですね、異世界帰宅部の皆さん」


「かつ、らぎ……」


 辻斬りが背後に立っていた。殺意も敵意もないまま、元から生えていた植物のように、刀を抜いて立っている。


 浮世離れした和服姿、軽薄な態度、気配と殺意を巧みに伝える技術。全てが人を殺すためのものだと肌で伝わってくる。


 この至近距離に、剣豪の帰還者が一人。

限りなき無秩序(アンリミテッド)』、『因果(リローディング)再崩(・コラプス)』、『最適化(オートクチュール)』、そのいずれの速度も彼の刀には劣ると全員が予感していた。


「皆さんご壮健でなによりです」


 吐息が近い。声で刃が震える音もハッキリと伝わる。思考も体も、葛木の圧だけで停止した。


 剣客は凪のような声を続ける。


「身構えなくて結構。貴方がたへ敵意はありません。落ち着いて、息をきちんと吸って、何事もなかったように振舞って」


「なんの、つもりだ」


「私は命令されたことを遂行するだけ。面倒事は嫌いでしてね。指示があるまで独断行動は取らない主義な〜のです」


 刀は収められていない。死の気配も色濃く漂っている。

 だが辻斬りは飄々とした態度で話し続けた。


「あのリニア新幹線、見えるでしょう? あれね、改札を通ってしまえば、意外と警備はザルです。車窓風景も観光には最適ですね。あ、露商通りの食べ物は召し上がられました? ぼったくりも多いですが、味は中々オツです」


 羽織りと刀の柄が視界の端で揺れる。

 尋常ではない悪寒に彼らは身を固めたままだった。視線は刀に集中する。


「そうで~すね、リザードマンや獣人は匂いに敏感ですので、焦ると途端に怪しまれます。それから、ゴーレムにはちょっかいを出さない事。センサーが優秀なのでね」


 葛木はお構いなし。話す目に入ったもの全てを話す勢いで語った。


「センタービルは……オススメできませんね。あなた方の目当ては恐らくそこでしょうが、警備は厳重。データベースや情報を漁るものなら、一発でバレます」


 アスハ達は刃から目を離せなかった。

 その刃は完全なる透明。特殊な材質で肉眼では見えない。だが金属的な冷たさは空気から伝わる。


「あ、刀が気になります? こちらは特注品でして、魔鉱石を用いて鍛えた刀です。返り血の色もつかず、奇襲にも有利な優れもの。まあ、貴方がたのような猛者には通用しませんが」


 辻斬りは刀を上下に揺らす。ガラスを弾いたような響きが微かにあった。


「なんでここまで話すんだ、って疑問でしょう? 申し上げた通り、私は真面目に働きたくないので~すよ。有事以外は」


 葛木はスッと刀を納める。


「それでは皆さん、マーケットのご観覧を楽しんで。動き回るのでしたら、せめて勘づかれないように」


 死の足音が去った時には、葛木の姿は消えていた。仄かに漂った殺意の残香だけが現場に残っているのみ。

 やっとアスハ達はマトモな呼吸に戻る。


「殺意の操り方が上手ね」


「……っくりした。マジで、死んだかと思った……」


 水から上がったように荒い呼吸の中、アスハ達は改めて葛木の危険性を認識する。


「対人戦闘で、あの葛木は他の誰よりも優秀だ。隠密や乱戦で奇襲でもされたら、これ以上にない脅威だ」


 彼らは首元を撫で、まだ肉と骨が繋がっているかを無意識に確かめていた。

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