第五十八話 亡霊の隠家
空気の隙間を縫い、魔力をステルスさせ、異世界帰宅部は隠密行動を取った。
「ンじゃタイムリミット一日の間に、リーマを見つけるってェことだな!」
「残念だけどツムギ、恐らくリーマは見つけられない」
「えェっ!?」
「先に見つけることは、って意味ね」
「お、おう?」
「リーマへ接近する先に情報収集するんだ。いただろう? 彼を追いかけてる連中が」
「それって、まさか」
「――『楽園のゴースト』の根城を暴いて、彼らから情報を奪い取る」
予想を超える作戦にツムギとリリは驚愕した。
「もしバレたら、アタシ達も標的になるのよ!?」
「だからこそ、だ」
意志を固めたアスハは迷わない。冷静に盤面を見据えていた。
「ゴースト達がしてきたのは紛れも無い脅迫行為だ。彼らは状況次第で俺達に危害を加えてくる。宣戦布告は既にされているんだ」
「だからってよ……」
「いずれ衝突するのなら、備えは必要だ」
十字架を握る拳は固かった。
「危険な賭けになるから二人に無理強いはしないし、本気で止めるなら俺は実行しない。けど、どうする?」
「……ま、それを断れんならオレたちゃ組んでねェよな」
「ここまで数的に不利だった戦争もないけど、良いわ。いざって時の指揮官はアタシね」
「ハハっ。ちょっと、甘えすぎちゃったかな」
涼し気な笑みでアスハは肩をすくめる。
隣ではリリが目元に魔方陣を展開した。
「で、こういう事もあろうかと、実は魔力のマークしたままにしてるのっ。勿論、相手には分からない探知魔法使ってね」
「さっすがリリィ!」
「目標は近いわ、ついて来てね」
術の示すまま、リリを先頭に街中を駆け抜けた。
魔力反応を追ってからしばらく。気付けば三人は人気のない倉庫の裏手に辿り着いていた。
「お、かしいわね……」
探知魔法に従って追いかけた『楽園のゴースト』の魔力痕。それがプツリと途絶えていた。
「痕跡も座標も、この付近で途絶えてるね。リリィはどう?」
「ただの転送魔法なら単純な探知である程度まで終えるわ。異空間に逃げたとしても、こんな近くなら感知くらいできるのに……」
「リーマのような、完全に探知を妨害するスキルの可能性は?」
「分からない、けどその線は低いと思うわ」
少女は地面を擦り、魔術であらゆる痕跡を鑑定するが、どれもヒットしない。
「空間系の魔法やスキルは現代だと成立させるだけで一苦労。それに探知妨害までかけるなんて、人間の脳じゃ処理しきれない」
「ンなレベルの話なのか?」
「完全防音の密室を作った上で、室内の空気を原子レベルで気流調整してる、って言った方が伝わるかしら?」
「うっわ考えただけでゲロ吐きそうな演算処理」
「でもどうやって――」
突如三人の感覚が警報を鳴らす。直後に四十メートル後方から、魔力が湧きあがった。
溶岩のように濃く荒々しい、帰還者達の魔力が噴き出す。
「なあこれ、出てきてねェか!?」
六人ほどの帰還者達が暗い穴から出現する。
蓋を開けた深淵への扉は白妙のスーツ達を吐き出した。
「あの時と同じ気配……空間を移動するワープホールがあるわ!」
現れたスーツの構成員達はアスハ達に気付かない。
「定例監視任務、開始」
号令を告げると彼らは散り散りに走っていった。
最後の一人が黒穴から抜けて去ると、穴の直径は縮み始める。
「ここだ!」
「アタシに掴まって!」
「いきなりだなァ!?」
詠唱を挟む余裕も無く、リリは縮小するワープホールへ飛び込んだ。
魔術でアスハとツムを引き込み、三人は深淵の奥へ飲み込まれる。穴は静かに門を閉じた。
※
空間移動直後、三半規管が僅かに乱れた。
目を閉じて平衡感覚を取り戻しつつ、アスハは仲間達の体を掴んで安否を確認する。
「移動した! ツムギ、リリィ」
「無事だ、何ともねェ」
「同じくよ」
視界の揺れも収まってきた頃、三人はゆっくり目を開く。
「ここが彼ら、のっ――」
目撃した瞬間、アスハ達は言葉を失った。映った光景に思わず目を疑う。
「うそ、でしょ……?」
洞窟をくり抜いたような地下空間に、異世界が埋め込まれていた。
岩や砂を固めた床、巨大樹のツリーハウス、妖精族の集落。自然を利用した幻想的地形があった。
かと思えばガス灯にレンガ道路の商店街と、産業革命期の街並み。馬車に蒸気機関車両、マンホールまであるエリアが別階層にある。別の大通りには露商店も立ち並ぶ。中東風のバザールや、日本の大正時代の屋台まで。
「商業、都市?」
街並みの端には現代的なシャッターや運搬車両フォークリフト。デバイスや工業品も目についた。
天井や空中は円筒状のチューブが張り巡らされ、筒内をリニアモーターカーが駆け回る。輸送するドローンや、浮遊する謎の円盤までもが空を行き交う。
「なんなンだよ、ここは」
文明をツギハギしたような地下都市。その中央には高層ビルが建っていた。最下層から天井まで果てなく伸びている。
「ここ、異世界じゃない、わよね?」
無数のファンタジーとテクノロジーの混在した巨大都市に彼らは困惑した。
何よりの衝撃は、都市の人々の多くが異種族であったことだ。
商店の店主、通行人、警備員に作業員まで、姿形は多岐にわたった。
「あれって、エルフじゃない? あ、ドワーフに、ゴブリンまで」
「リザードマン、ロボットみてェに動いてるゴーレム、桁外れな魔力の人間……アイツらまさか」
「――ああ、異世界人達だ」
姿も知性も身分もバラバラな異世界人達が都市にいた。
「本物の異世界人だ。帰還で弱体化したオレらと、魔力が違い過ぎる」
「それに何か、変よ。種族も服装も、魔力の雰囲気も、差があり過ぎるわ。なんて言うか、まとまりがないような……」
「リリィの言う通りだ。多分彼らは、全員の出身が違う」
信じがたい光景からアスハは推測した。
「一体奴らの目的が何なのか、少しづつ見えてきた気がする」
これから敵に回す相手の脅威、そのスケールにアスハは鳥肌立っていた。
「ここは……数多の異世界と繋がっている、巨大ターミナルだ」
亡霊の隠れ家は彼らの想像を吹き飛ばすほど、暗く深い沼底であった。




