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第五十七話 監視役人

 平日の学校。ツムギとリリは廊下で談笑していた。


「ツムギ~今日の放課後の活動、何やる?」


「そうだなァ……思いつかねェし、まずそっから考えることから!」


「いいね、名案!」


 授業の合間の会話。穏やかな日常の風景だ。

 そこへ亡霊たちが足音もなく迫る。


「対象二名接近。情報解析を開始する」


 サラリーマンに扮した男が監視していた。

 学校近くのカフェ。テラスから自然な振る舞いで校舎を凝視する。異世界で手にした超視力が鮮明に捉えた。


 袖口の小型マイクへ男は呟く。


「こちらG2、対象二名に異常なし」


 暗号通信を介して男は会話した。


 ※


 千景高校正門からおよそ二百メートル。マンション四階の一室からも二名の監視者が見張っていた。

 白スーツの監視者達。一人は窓の外をスコープで観察し、その相棒はタブレットを睨む。


『以前変化はない。一時間後に再び報告を行う』


「こちらG3、了解した。校舎内で妙な動きをしている様子もないな」


 校内に仕掛けた監視カメラ映像をリアルタイムで確認。アスハ達を映していた。

 液晶の中では黒い水溜まりが蠢く。


「『影』にも異常はないな」


 校内に潜伏する物言わぬ『影の兵隊』。魚や液体のような動きで少年少女を追尾する。カメラに収まらない範囲の状況は、『影』からタブレットへ送信された。


「報告も同様だ。抹殺対象『石鐘』に対して、彼らの関心は向いていないよう」


「異世界帰還者といえどガキはガキ。我々の警告が余程効いたか」


「侮るな。帰還者に年齢は意味をなさない」


『G4、こちらも異常はない。会話内容も単なる雑談だ』


 別の班からの報告に監視者はため息交じりで返す。

 盗聴器からの音声も入念に確かめた。


『かき氷でも作ってみねェ?』


『良いかも! アスハなら作ってくれそうじゃ~ん』


「……把握した。問題なしだ、引き続き頼む」


 暗号テキストは画面上で復元。無作為な記号の羅列が正しい文字列へと変換される。


『G1、報告する。デバイス、電波、いずれに対する改竄反応なし。魔力、スキルの発動は未確認。情報の整合性を確認』


「こちらG3、了解した」


 通信を切ると、タブレットを抱えた男が人物データを眺めて目を細めた。


「噂には聞いていたが、異世界帰宅部……ただの学生かと思えば、対魔獣・対帰還者戦闘で最勝経歴を持つ少数精鋭。見かけによらないものだ」


「実力派か。対象がスキルを発動した時点で出るか?」


「馬鹿が、我々の任務は監視までだ。制圧行動は()()()()()()()()()でのスキル行使、魔力行使時に限る」


「アアーめんどくさいったらありゃしない」


「彼らに適度な畏怖と希望を与え、願わくば一勢力として吸収する。それがシモン様のお考えだ。任務の本質を――」


『対象三名、接近!』


 監視役人はタブレットを見つめ直す。画面はツムギとリリの元へアスハが近付くその瞬間を映した。

 彼らは固唾を飲み、アスハ達の動きに目を凝らすが、


『あ、アスハ~放課後かき氷つくろ~』


『いいね。じゃあ準備して待ってるよ』


『やったぜェ!』


 会話はそこで終了。軽い会話をしただけで、三人はそれぞれの教室へと戻った。


「何も、ない?」


『……魔力反応、なし』


「スキル発動の形跡も、特にないな」


 入念な確認を行い、監視者はホッと息をついた。


「ここはやはり学生か。ただ雑談しているだけのようだな」


「この二日間ずっとこれだよ。もう警戒する必要ないだろ?」


「貴様の方こそいい加減にしろ。油断は予期せぬ失敗を招く」


「だって四部隊がかりの監視で、こんな程度に一喜一憂なんて馬鹿らしいぜ? 上も面倒なことを押し付けて来たもんだ」


「口を慎め愚か者。せいぜい一ヶ月もかからん任務だ、命が惜しければ徹底して任務にあたれ」


「あいあーい」


 相棒のやる気ない返事に苛立ちながら、監視者はモニターに目線を戻す。


「対象に変化なし。監視を続ける」


 タブレットを睨む男だけは生真面目に監視を続けた。

 一方で他の者達は気が緩みつつあった。


 ※



 蝉の声がまだ響く木陰の中で、少年たちは身を隠す。

 校舎にいる()()()()姿()を観察し、三人は口角を上げた。


「――『因果(リローディング)再崩(・コラプス)』限定発動、解除……作戦は成功よ」


 正常に流れ出した時間の中で、リリはホッと胸を撫で下ろす。

 作戦の成功に三人はグータッチを交わした。


「ほんの少しだけ時を止めて作ったアタシ達の()()()だけど、まだ気付かれてはないようね」


「オレの『最適化(オートクチュール)』で生成した素体に、リリィの神聖魔法で認識阻害と自律行動をインプット」


「ダミーの素体にはリリィの魔力を、俺達には自身の魔力が漏れ出さないように浸礼魔法で大気に逃げる魔力を中和。荒技にしては調和が取れたね」


 監視者達は既に異世界帰宅部の術中に嵌っていた。

 『楽園のゴースト』達は今も校舎内にいるアスハ達のダミーを眺めている。


「リーマのスキルには遠く及ばないけど、異世界帰宅部が総力をあげた『帰還者を騙す技術』。特許が降りるならきっと大儲けだね」


「フフッ、再現性は皆無ね」


「まーちゃんはゴースト達が来た直後に避難させてっし、何があっても一日なら問題なさそうだなァ」


「万が一を考えてタイムリミットは二十四時間。それまでにリーマの手がかりを得ることが、俺達の勝利条件だ」


 虚空を睨みアスハは宣戦布告のつもりで呟いた。


「筋書き通りにはさせないよ……『楽園のゴースト』」


 それが異世界帰宅部による静かなる叛逆の始まりだった。


 ※


 解けたネクタイを直しもせず、山里碓喜は疾走する。

 慣れない黒の背広を揺らし、シャツをはみ出しながらも全力疾走。息も乱れて歩道を駆けた。


「ヤバい、ヤバいよ、これマジでシャレになんない!!」


 彼はアスハ達がいると考え、千景高校の物理準備室を目指していた。


「リリィちゃんたちが……特にあの子、アスハくんが!」


 無我夢中で走り続け、山里は高校の正門付近まで辿り着く。


「早く、みつけ――」


「おい、てめぇ」


 タイミングを図っていたように、屈強な漢が山里の肩を鷲掴む。

 細身の体は軽々とその掴み一つで宙に浮く。


「はぅっ……」


 漢の姿は周囲には見えない。掴まれている山里も同様だ。


「んなに急いで何してやがる。それも、こんな場所でよ」


 背広に冷たい鉄の筒が押し付けられる。

 ゆっくりと振り返る山里は涙ぐみ、小刻みに震えていた。


「へ、その、ぁ……」


 どれほど戦いに縁がなくとも、山里も異世界帰還者だ。

 相手が帰還者であること、自分の晒された現状、漢の殺意も理解していた。


「……これ、まずっちゃった」


 ぐちゅっ――

 肉の破裂音が山里の鼓膜にこびりつく。

 続けて小さいな銃声が二つ。サイレンサー付きの拳銃から鳴る音は、雑草を小さく揺らすのみ。


 血に濡れた山里はスマホを握ったまま倒れ込む。割れた画面には三つのメッセージが表示されていた。


『石鐘リーマ抹殺計画』

『異世界帰宅部殲滅用情報データ』


『凛藤明日葉、封印計画』

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