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第五十五話 来訪する亡霊

 ――リーマと話がしたければ、彼の心を開いてみろ。


 異世界帰宅部へ自ら提示した条件を、マスティマは反芻していた。


「して、リーマの心を開いてみせよと我は言った……だが」


 その発言を早速後悔しかけていた。


「これは一体どういう状況だ!?」


 授業も補習もない土曜午前九時。異世界帰宅部の部室前は大勢の生徒が押し寄せていた。


 物理準備室の外には階段まで大行列が続く。中には生徒に混じって教師まで並んでいる始末。

 その様子に、扉の前で受付するツムギとリリはほくそ笑んだ。


「二日前から宣伝してたけど、結構人も集まったね〜!」


「みんな猫好きだよなァ」


 一方、片付けて広くなった部室内でマスティマは吠えた。


「説明しろッ! どういう風の吹き回しだアスハ!」


「見ての通り、猫とのふれあい会だよ?」


「そこじゃないッ!!」


 肉球を床にペチペチ叩きつけ、猫はブチ切れる。


「君の主は身を隠してる。素性をバレたくないから。でも使い魔のキミは俺達のところに置いていったまま。つまりキミこそがリーマへ辿り着く近道ってわけ」


「それが何故、ふれあい会に繋がるのだと聞いているのだ」


「キミがこれだけ目立つのは、リーマも嫌がるんじゃないかと思って」


「まさか貴様、部外者に我の存在を暴露する腹か!」


「そんなことはしないよ。でも俺達が猫を飼っていることは周知の事実。注目が集まればキミは下手に動けないし、痺れを切らしたリーマがやって来る確率がグンと上がる」


「くッ……」


「もしかすると、嫉妬したご主人様がふれあい会にふらっと現れたりするかもよ」


 苦虫を嚙み潰したような顔でマスティマは肩を震わせる。


「マスティマ、そろそろ喋るのやめてね。今から人入れるから」


「小賢しい童共め」


 扉は開かれ、最初の女子組が部室へなだれ込む。

 視界に収めると彼女達はマスティマを触り始める。


「きゃああぁぁぁかわいぃぃぃぃぃぃ!!」


「オカルト部が猫飼ってるってホントだったんじゃん!」


「ね〜ね〜猫じゃらし持ってきたんだけど使って良い!?」


「ご自由にどうぞ〜」


「時間まで目いっぱい遊んでやってくれ!」


 どうとでもなれ、とされるがままにマスティマは身を預けた。



 ――五分後、マスティマは堕ちた。

 猫じゃらしを追いかけ、餌付けまでされ、完璧にほだされた。


「本人がめちゃくちゃはしゃいでるじゃんか」


「あの感じだと、マタタビはやめといた方がいいかもねぇ」


「下手な強行策を取るより、こっちの方が平和的で良いよ」


「あ、時間。次の組も入れるね~っ」


 ふれあい会の回転率も上がってきていた。

 本能的か、本気なのか、遊びに全力なマスティマを見ていた三人は眺める。


「ッ!」


 その矢先だった。不穏な魔力をアスハが感じ取ったのは。


「リリィ、ツムギ。四時の方角、校門付近から魔力を感じる」


「えっ、そんなはず――あ、言われてやっと感じたわ。でもこれ……」


「リーマじゃない、別の帰還者の魔力だ」


 アスハとリリの感覚が示す方向から、奇妙な魔力が感じられた。

 感知を鋭敏化させると、次第に魔力は数倍以上の量となって湧き上がった。だが位置は不動。


「動く反応が、ない。待ち伏せ?」


「いいや、おそらく俺達を呼んでるだけだ。さっきよりあからさまに魔力を解放した」


 反応は移動する気配を見せない。平静を装い、三人は迅速に対応する。


「悟られないように防御結界を張りつつ、みんなを守ろう。ヤツとの接触は、生徒達が下校した後だ」


「分かったわ。慌てず対応するから」


「それとマスティマは隠しておこう。生徒の次に保護すべきはこの子だ」


 警戒意識を張り詰め、三人は残った列の最後尾までを確認する。

 所用時間を計算しながらアスハ達は異様な魔力の方角を警戒していた。


 ※


 イベントを終了し、全員の下校や職員の安全を確保したところで、異世界帰宅部は校門へ出向いた。

 対話の姿勢を示しつつ、臨戦態勢も整えて。


 正門付近に人の姿はない。だがハッキリと魔力が、そこに帰還者がいると語っている。


「お待たせしてすいません。ちょっと所用があったもので」


 緊張の中で余裕を持ったアスハの挨拶に、ねっとりとした声が返ってくる。


「いえいえ、こちらこそ警戒させて申し訳ない。初めまして凛藤明日葉。初めまして異世界帰宅部諸君」


 アスハ達が校門から足を出した途端、謎の帰還者はその姿を現す。

 全身を包む藍色の分厚いマント。素材は見るからに高級品で、軍人のような装飾まで見られる。


「アンタも一方的にこっちを知ってんだな」


「これは失敬、ご挨拶が遅れてしまいました」


 一人マントを剥ぎ、背の高い二十代後半ほどの男が素顔を晒した。


 マントの下は汚れ一つない純白のスーツ。胸元や足には装備用のベルトを巻いており、右側に垂らした長い髪は風に揺れる。

 金色で豹のような瞳を向け、男は丁寧なお辞儀をした。


「ワタクシ、シモンと申します。しがない異世界帰還者であり、『楽園のゴースト』の一員」


 下弦の三日月に似た口元は、貼り付けたような笑みだった。


 頭を上げると、シモンと名乗った男は結界を構築。昼にも関わらず、仄暗いヴェールが世界を覆った。


「ああ、結界の方はご心配なく。これもワタクシ共の能力の一つ。一般人から気配を遮断する結界、のようなものでございます」


 主導権を握られることを恐れたアスハは怯まず、冷静さを保ちながらシモンへ問う。


「アンタの言う『楽園のゴースト』ってのは、何モンなんだよ?」


「『楽園のゴースト』は貴方達と同じ、異世界帰還者の集まり。規模で言えば組合(ギルド)、と呼称した方が正しいでしょうか」


「ギルドだァ……?」


「ええそうです。そして我々が皆様の元に足を運んだ理由はただ一つ……石鐘リーマの抹殺です」


 不意に出たリーマの名と発言に、三人の動きが固まった。


「そこのお嬢さんは、鹿深近さんと言いましたでしょうか? 貴方が先日遭遇した彼でございます」


「……なんで、彼の抹殺を?」


「彼には我らの同胞を何十人も殺害されました。その仇討ち、と言ったところですね」


 シモンの言葉にリリは耳を疑った。そんな反応に構わず男は続ける。


「ワタクシ共は皆様と交戦するつもりは毛頭ありません。ですので石鐘の件につきましては、手を引いて下さると助かります」


 この状況でアスハ達は真っ向から対立することなど出来なかった。


 だが同時に知る。

 リーマと自分達との接触、マスティマの存在について『楽園のゴースト』が把握していないことに。


「それ以外は求めません。ええ、詮索を止めて頂ければ、それだけで良いのです」


 もしその件を知っていれば、今この瞬間にもマスティマの元へ向かっている。

 その推測の元、三人は知らぬふりを貫いた。


「物騒で申し訳ありませんがご忠告を」


 ――闇のカーテンがかかった虚空と地面に、暗黒の穴が開かれる。


 漆黒からはシモンと同じ白スーツの兵隊が現れた。その後ろには揺れる人型の影が立っている。


 兵士達はシモンを見るや、その場で片膝を付く。影達も合わせて平伏する。


「我々は異世界帰還者の共同体。この街には常に監視の目と諜報員がそこかしこに配置されています」


 生身の人間が三十人弱。影の兵隊はおよそ四十体。計七十名近くの兵力がその場に集った。

 そしての魔力は一人一人が、異世界帰還者並みの強さを誇っている。


「互いに異世界の試練を乗り越えた者同士、争いは極力避けたいものです」


 圧倒的な人数と魔力量を前にしては異世界帰宅部でさえ、抵抗する選択はなかった。


「是非、友好な関係を築いていこうではありませんか」


 シモンは細めた目の奥で、傲慢さを滲ませる。

 淀んだ瞳は底なしの闇が覗いているようだった。

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