第五十四話 リーマの眷属
リーマとの遭遇してから翌日の昼休み。
異世界帰宅部は部室で作戦会議を開いた。机を囲んだ三人は苦い顔をする。
「あの石鐘……石鐘リーマ。まだ不明なことは多かったけど、俺達には明確な敵対意識があったね」
「状況は思ってたより悪かった、って認識で良いわよね?」
「それで良いと思う。リーマ自身についてもっと知るまでは」
「で、その重要参考人が――」
彼らの視線は、毛繕いに夢中な白猫へ向く。
「コイツ、ってわけだけど」
床で自由にくつろいでいた猫は開き直る。
「どうした? そんな怪訝な顔を向けて」
「どうしたはこっちのセリフだっての! まずどっからツッコめばいいんだよ!」
「そうであろうな。喋る畜生を見たのなら仕方あるまい。必要あるかは知らんが、改めて名乗っておこう」
中央のテーブルへひょいと上がり、白猫は三人を見つめた。
「――我が名はマスティマ。石鐘リーマの使い魔にして、『敵意』の名を冠した災いの獣。そして今は、貴様ら異世界帰宅部の看板ネコだ」
堂々と正体を明かした白猫は背筋を伸ばして座っていた。
だが「これで良いだろう」とすぐに脱力し、卓上に寝転がり出す。
「リーマの使い魔か……マスティマ、キミはどういう存在なんだ?」
「どこから話したものか……前提として、我はこの世界で生まれた存在ではない。異世界から訪れた獣だ」
「それってもしかして、プリシアと同じ……アナタも異世界転生者、ってことで良いのかしら?」
「概ねはそうだ。細かいことを言うならば、我は連鎖召喚された身だ」
「連鎖召喚?」
「我はリーマと契約を交わした使い魔。魂で深く繋がった我は、リーマが異世界帰還を果たす際に共連れでやってきた」
「そんなこともあるのか!」
「この点については、貴様らの魔法やスキルと同様に考えると良い。ある種、我もヤツの能力の一部であるからな」
気さくな態度と包み隠さない物言いに、アスハ達はかえって困惑していた。
「で、リーマの手下だっていうお前は、ずっとオレらのことを騙してた訳か」
「騙していただと? ハッ、そんなつもりは毛頭ない。第一、貴様らのところへ転がり込んで来たことも偶然であったからな」
「何を白々しい!」
「事実だ。貴様らを世界帰還者だと理解した我は、脱走を試みたこともある。が、後からリーマの命令によってここへ居座り、情報を共有していた」
「情報って、どんな?」
「貴様らのスキル、魔法、人物像もそうだが、主に異世界帰還者や魔獣に関しての情報が基本だな。安心しろ、貴様らのプライバシーは配慮している」
それまで温和な態度だったリリの目が変わる。
冷徹な判断力で、彼女は魔術を構築し始めた。
「アスハ、すぐ拘束しましょ。警戒度が少しでも上がったら即処刑するから」
「よせッ! 貴様の魔法では拘束魔法でさえ我は死ぬ! 元よりこの身体では抵抗のしようがない!」
「この身体って、使い魔なんだからある程度は肉体の改造も自由にできたりするでしょ?」
「話を聞け、我の純粋な肉体は既に消失している!」
マスティマの焦りようとリリの容赦ない即断を見て、慌てた男子二人が止めに入る。
命拾いしたマスティマは顔面を真っ青にし、呼吸を荒くした。
「先に言ったであろう。我はリーマによって連鎖召喚された身。肉体性能はかつてと比にならないほど低下している」
「そうか! 俺達のスキルと同じく、君自身も弱体化しているのか」
「……それで済めば良かったものだがな」
「ん?」
「リーマと違い、我は異世界転移に耐えうるエネルギーを有していなかった。それゆえ膨大な魔力を消費することで無理な転生に耐え、気付けばこの身体だ」
語り始めると、マスティマはポロポロ泣き出した。
「この地で受肉した我は、本物の子猫の肉体に転生してしまった! この体は満足に走る力すらなく、すぐに疲れ、酷く腹が減る。そんな状態で最後はリーマともはぐれてしまった」
口元を肉球で抑え、現代で体験した苦労話を語る。
「ゴミ漁りはどうも受け付けず、野良猫と縄張り争いにも負け、飢餓で朦朧としていたところを車に轢かれかける始末。毎日泣きたくなる日々だった……!」
「え、もしかして俺が助けた時って」
「ああ、普通に死にかけてた」
あまりに呆気ない話に三人揃って「えぇ……」と声を漏らした。
当の猫は寝そべったまま、ご機嫌に喉をゴロゴロ鳴らす。
「だが貴様ら主様共への感謝に偽りはない! 室温の心地良い部屋、ふかふかの寝床、美味な飯、これほどの待遇を受けたことはかつてないぞ」
「なんかオレ、まーちゃんが可哀そうに思えてきた……あ、『つぅーる』あげるよ」
「流石はツムギだ、分かっている! このおやつも堪らんッ。いくらでも舐めていられる」
「本当にしゃべるだけのネコじゃん」
「名前もマスティマだから、まーちゃんのままだし」
ここまでの話で情報漏洩の件は不問とし、異世界帰宅部はマスティマの飼い主の続行を決めた。
猫はいたずらに「フハハ」と笑った。
「でも良いのか? キミはこんなに情報を話してしまって」
「リーマから口止めはされておらん。ヤツもこの程度の情報開示は気にしないだろう」
「これまで尻尾を見せなかったキミの飼い主は、そんな安いやつに見えなかったけど」
「昨日の言葉を気にしているのか? いちいちヤツの発言に目くじらを立ててやるな。あの手の脅しは、決まって本気ではない」
三人の印象とマスティマの語るイメージにはギャップがあった。結局リーマの真意は半信半疑のまま。
「なんか、まーちゃんに話聞いてたら普通にリーマも捕まえられンじゃね?」
「捕えられるのであれば試してみろ」
「アタシらが言うのもおかしいけど、一応リーマの敵って立場なのに?」
「何をほざくか。貴様らに敵意がないことは把握している」
冷笑するマスティマへ、表情を変えたアスハは問う。
「もし、あるって言ったら?」
「無論、牙を突き立てて貴様らを襲うとも」
「さっき自分は子猫並に弱いって言ってなかった?」
「その通りだ。だがそれが、主を護らぬ動機にはなるまい?」
猫の瞳にはこけおどしの通じない。
敵意の獣は自分を上回る強者三人へ、臆することなく矜持を吠えた。
「腐っても我はリーマの使い魔だ。この命を捨ててでも、ヤツが逃げる時間を稼ぐさ」
マスティマは絶対的な忠誠を表明する。
「我はリーマのためにのみ生きる獣。この心臓はリーマの死とともに鼓動を止めるが、リーマの命のためとあらば自死も厭わない」
この瞬間に殺されようとも構わないその覚悟。試すような真似をしたアスハは素直に謝る。
「ごめん、あまりに冗談が悪すぎた。謝罪させてほしい」
「必要ない。言ったであろう、敵意がないことは分かっていると」
「ははっ、ありがとう」
アスハはマスティマの頭を優しく撫でた。
「リーマの真意や目的を具体的に聞きたいところだけど、それは無理そうなんだよね?」
「そうとも。ヤツの口から語るまでは、我も口を割らぬ」
「そうか。やっぱり接触するしかないか。でもどうしたら……」
「では使い魔たる我から、貴様らに一つの挑戦状を叩きつけよう」
第二の主たちへ敬意を表し、マスティマはその要件を提示する。
「リーマを捕らえるつもりであるならば、ヤツの心を開かせてみろ」
困難を極めるクエストは、眷属自ら開示した。
「それがリーマと対話する上での、絶対条件である」




