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第五十三話 観察者の逃避

 異世界帰宅部と石鐘リーマの邂逅。それは奇しくも白猫によって繋がれていた。

 愛猫の捜索をしていた三人は、予想外の誤算に仰天する。


「予想外だったぜ。まーちゃん追っかけてたら、まさかさっきまで探してたご本人様がいるなんてよォ」


「ツムギ、嬉しい気持ちは分かるけど落ち着こう。彼は話し合いが好きじゃないみたいだから」


 話し合いのテーブルは、『限りなき無秩序(アンリミテッド)』の障壁で彼を捕まえることで整えられていた。

 姿を晒された少年は声を荒げる。


()()()()()ッ! どういうことだ、ボクはスキルを発動し続けていたぞ!」


「違うぞリーマ。お前のスキルが看破された訳ではない。おそらく魔物の影響だ!」


「まさか、()()()()()を切り替えたあの時? それでも一瞬だったはず……」


 魔獣討伐の瞬間、リーマは僅かに魔力を漏らしていた。

 本来気が付かれるはずもない微量な魔力。白猫を追いかけていた異世界帰宅部はそれを偶然感知したのだ。


「確かにさっきまで気配は完全になかったね。でも俺とリリィは今、魔法で君たちを見ている」


「はぁッ!?」


「一瞬探知した気配を強引に辿って、無理矢理観測してるんだ。肉眼では見えてない君を、魔術で視覚化してるんだ」


「まっ、解析で無理してることに違いはないけどね~」


「神聖魔法と浸礼魔法! クソっ、どこまで厄介なんだよ……」


 リーマの思考を回す。状況を打開する一手を必死に思案していた。


「てゆーか、待って、なんで……」


 リリとツムギの注意は探していた白猫へ向いていた。


「なんでまーちゃん喋ってるの!?」


「……我が言うのもなんだが、最初にツッコむところはそこか?」


「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなんでこんな渋いオッサン声なんだよ!?」


 リーマの発見より二人を仰天させたのは、数ヶ月も面倒を見ていた猫が人語を話していることだった。

 更にイメージとの大幅なギャップ。あまりの衝撃で二人は口をパクパクと動かす。


「もしや! 貴様ら、我を捜索するためにここまでやって来たというのか……主様共!」


「主様共!? え、まーちゃんってオレらの事ンな独特な呼び方してんの?」


「呼称なぞどうでも良かろう!」


 すっかり彼らのペース中に飲まれ、マスティマはツッコミで返した。


「正直思ってもみなかった収穫だけど、結果的に助けられたね……マスティマ」


「アスハ。随分と嫌味を吐くようになったものだな」


「ハハ、キミの方こそ」


 混沌とした状況下、アスハだけはリーマから視線すら離さず警戒していた。

 動きを読みつつ、アスハはリーマを会話のテーブルに着かせようと誘導する。


「さて、石鐘……リーマ、くん、とにかく落ち着いて聞いてくれ。キミと戦うつもりはないんだ」


「……ああ、みたいだな」


「でも、話をしていく気はないんだろう?」


 質問の答えは沈黙と、鋭い眼光で返される。


「そっか……仕方ない。それなら俺も荒っぽく出ないと、かな」


「ちょっ、ふっざけんなよ。アスハの相手とか冗談じゃねぇ!」


「さっきから聞いていれば、君は随分と俺達のことを知っているみたいだね」


「アレだけ街で派手に戦ってたら、な」


 発する言葉、息遣い、眼球の動きに至るまで。アスハとリーマの静かな牽制は白熱した。

 三秒の間に、何分にも何時間にも感じる重みが詰められる。


 ――そして予備動作の一切を見せず、リーマのスキルは発動される。

 そのスイッチが押された四百分の一秒の時点でアスハは反応していた。


「ッま――」


「遅い」


 浸礼魔法で編まれた光の縄は空を切る。


 縄の射出速度は音速と同等かそれ以上。にも関わらず、リーマのスキルがそれを上回った。発動速度、安定性。そのどれもが、アスハのスキルを超えていた。


「じゃあな」


「なっ、消えた――!」


 リーマは瞬く間に虚空へ溶け、飽和する。


 アスハも似た緊急離脱技で無島から逃げた経験がある。

限りなき無秩序(アンリミテッド)』で何重にもルールを付与して実現したその荒技を、リーマは造作もなく使っていた。


 逃げる、身を隠す、消える。その性能において、リーマの右に出る者はいない。


「アタシ達の魔法に引っかかんないよ! さっきの方法も、まるで効かない」


「浸礼魔法でも感知しないなんて、これは――」


 状況分析に二人が集中していた最中。


「がはッ……!?」


 ツムギの体がくの字に折れ曲がる。

 姿こそ見えないが、それはリーマの()()がツムギに刺さっていたことを示していた。


「ツムギッ!」


 不可視の奇襲は成功し、公園の前の塀までツムギを吹き飛ばす。

 土煙の中でツムギは目を丸くした。


「ツムギ、どこをやられた!? 状態は!」


「だい、じょぶ……死ぬほどビックリしたけど、ダメージはねェ。マジパンじゃなかった」


 言葉通り負傷がない事を把握して、アスハは安堵する。

 蹴り飛ばされた本人は傷よりもその攻撃に驚愕していた。


「み、見えなかった……今の、速ェとかそんな次元じゃなかった」


「転移系か? それとも高速移動か」


「神速とか、ンなスキルな気が……いや、でも何か違ェ気がする」


「アスハ、やっぱりダメだわ。魔力の反応が乱れて、観測できない」


 アスハとリリは魔法に神経を注いだ。しかしリーマの座標は一向に特定できない。

 浸礼魔法と神聖魔法で魂の観測を試みても、同じ結果に終わる。


 周囲を見渡す三人の鼓膜はどの方角からか、どの距離からかも分からない声に震わされる。


『今日出会ったのは単なる事故だ。もう二度と、僕の姿を見ることはないだろう』


「音が反響して……これじゃ、どこから聞こえてるのか」


『身バレしたんだ。最低限の挨拶だけ置いていく』


 透明な逃走者は最後の警告を伝える。


『僕の名は石鐘リーマ。覚えておけ、僕の目的はただ一つ。この世界から異世界帰還者を根絶させることだ――』


 幼さの残る声の奥底には、殺意すら越えた狂気の意志を孕んでいた。


『姿を見せぬまま、いつかお前らにもまた会いに行く。それまで待っていろ、異世界帰宅部』


 宣戦布告を叩きつけ、石鐘リーマの痕跡は完全消失する。

 汚れた靴の跡も、塗り潰されて地面から凹みを消した。

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