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第五十話 もう一つのスタートライン

 朝の白く薄い空。早朝の街は静寂で、道場の畳が歪む音はよく響いた。

 道着を着たアスハと無島は互いに向き合う。


「じゃ、いくぞ」


「ええ、尋常に」


 畳みを踏みしめる音が同時に鳴る。瞬間、両者は鼻先まで迫る。


 アスハの胴へ無島の拳が飛ぶ。が、回し受けで受け切る。鞭に似た破裂音がアスハの横を過ぎ去った。

 その間にアスハは拳を八度、一息の内に叩き込む。


「シィッ」


「ッ」


 至近距離でも見切り、無島は全て躱す。悠々と避けながら無島も膝や手刀で反撃。

 二人の攻撃は超高速で交わされるも、互いに直撃することはなかった。


「ッ――!」


 ギアを上げ、アスハは変則的に徒手空拳を繰り出す。

 突き、蹴り、頭突きと、最速と最短距離を狙った体術。ヒュッと空を切る体捌きで無島に攻撃を浴びせ続ける。


 それでも無島は拳を裏拳で返し、蹴りを肘で刺す。アスハの速度に合わせて技を受け切った。

 次第に無島の手がアスハの攻撃を上回り出す。


「し――」


 僅か一手の遅れで、無島の蹴りがアスハに刺さった。

 道場の端まで突き飛ばされながら、アスハは体幹で姿勢を保ち続けた。


「――ここまでだ」


 刹那、アスハの前に拳が寸止めされていた。

 岩の拳が緩んだことで、稽古終了の合図となる。


「良い動きだった。前とは見違える身のこなしだ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


「大したもんだ。俺の蹴り受けて倒れないなんてな」


 一汗かいた二人は道場を後にした。



 三試合に渡った朝稽古は終了し、二人は水分補給と着替えを始めた。


「無島さんにはご迷惑おかけしてます。お休みだっていうのに、組手に付き合ってもらっちゃって」


「こんぐらい運動の内にも入らん。気にすることはねえ」


「あはは、無島さんはやっぱり凄いなぁ」


「お前こそな。短期集中の修行と、()()に載ってた指南書でここまでとはな」


「先生が几帳面だったんです」


 羽山詩蓮がアスハに伝授した体術。

 書を元にそれを会得したアスハは、浸礼魔法のみで無島と多少打ち合えるほどに成長していた。

 本気ではないとはいえ、無島も異世界帰還以来の実力をアスハに見ていた。


「柔術に合気、西洋由来の武器術が源流か。魔力ありきの人間離れした動きは前提だが、理に適ってる」


「無島さんも随分と詳しいですね」


「羽山氏とは何度か接触したことがあるからな。その時にチラッと聞いた」


「無島さん、先生と会った事が?」


「あの人もお前らと同じ、協力関係な帰還者だった。つっても、俺等はあの人の後輩みてぇなもんだ」


「初耳ですね」


「機密情報だったからな。近年の接触はなかったしな」


 羽山の死には無島も思うことがあった。

 今では後継となったアスハへ、その詳細を赤裸々に語る。


「俺らの『組織』設立当初の功労者があの人だ。この世界の魔力や魔術の立ち位置、世界の構造、重要機密。セオリーは羽山詩蓮直伝だ」


「先生、遺したものが本当に大きいですね」


「事実、異世界帰還騒動がなきゃあの人が世界最強。魔獣討伐の頂点だった……んな功労者が逝っちまったのは、組織云々関係なく惜しいもんだ」


 ジャケットを羽織った無島は煙草を探しながら尋ねる。


「あの人の手記には、他に何が残ってた?」


「手記は三冊。退魔術や戦術についての指南書、羽山先生の遺言を含めた日記。それから、俺に直接宛てた指導書です」


「ほう。それまた随分と生徒想いだな」


「本当、聖書や預言書かって思うくらい細かく書かれてますよ。まるで今もどこかにいるみたい……」


 首に下げた十字架を見つめ、アスハは微笑む。十字に刻まれた傷痕の奥に、師の姿を浮かべて。


「羽山さんの技術は、途絶えてしまったものが多い。でも俺は、最後の弟子として、先生の役割を引き継ぎます」


「そうか。期待しとくぜ、退魔師見習い」


 煙草を咥えた無島は親指代わりに、ライターの火を立てた。


「……では俺はここで。そろそろ登校時間なので」


「そういえば夏休みも終わりか? まあ九月入ってるし、本来なら二学期だが」


 異世界帰還者襲撃事件。表向きにはガス爆発事故とされた例の騒動により、千景学園の夏休みはズレ込んでいた。


 懐かしい学校生活。学生鞄を肩に掛け、アスハは学び舎に想いを馳せる。

 無島と道場へ頭を下げて、アスハは走り出す。


「行ってきます」


「気をつけて行ってこいな」


 屈託のない笑みで青年は通学路を走る。

 風で飛ばされそうだった灰燼の心は、いつしかその朝日に似た温度を宿していた。


「焦らず進めよ。異世界帰りの人生」


 無島の肺に、煙以外の爽やかな何かが満ちていた。



 ※


 校門へ続く一本道の途中。薄紅と金髪頭の二人の間へアスハは挟まった。


「おはよう、二人とも」


 のんびりと歩いていたツムギとリリは「やっと来た」と口を揃えた。アスハを挟み、歩く速度を少し上げる。


「なんか今朝は遅かったじゃん」


「無島さんに朝稽古つけてもらってた」


「アスハは真面目ね~」


 夏休みもほとんど顔を合わせていた三人だったが、新学期となるとどこか新鮮さがあった。


 アスハの目は染め直したツムギの髪先に向く。黄金色に靡く横髪は赤いアルファベット風のヘアピンで留めてある。


「ツムギ、ピン変えたんだね」


「あ、分かっか? すぐスキル使えるように良い質のモン買ってみた。それとイメチェンな~」


「似合ってるね。使うのが少し勿体ないぐらいだ」


 褒められたツムギはガッツポーズをし、シシシと笑った。

 手に持った石をこねくり回し、嬉しそうに掌でペンや扇子に変換して遊ぶ。


 単純ねぇと笑うリリは大袋を腕に抱えていた。


「リリィの持ってるそれは?」


「キャットフード。まーちゃんも元気になって食欲出てきたみたいだし、健康志向なやつにしたんだぁ」


 異世界帰宅部の飼っている拾い猫はあれからも世話を続け、部室にも馴染み始めていた。


「あー、最近丸くなってきちゃったからね」


「フフッ。ただお世話するのは平気だけど、ずっと飼ってるわけにはいかないよねぇ」


「そろそろ里親でも募集する?」


「やるべきだよね。でも、ちょっと先で良いかも」


「そうだね、俺も。もう少し飼ってたい」


 アスハ達は猫の話題で盛り上がりながら、放課後の活動内容を考えていた。


 始業開始十五分前のチャイム。鐘が鳴る中、三人は正門をくぐる。

 一ヶ月ぶりに全校生徒の集まった校舎は息を吹き返したように活気で満ちていた。

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