第四十九話 だから俺たちは
夏休みも後半に差し掛かった頃。
傷の完治したアスハとツムギは病院を出て、眩しい快晴の空を睨んだ。
「やっと退院か……もう入院なんかこりごりだ」
「そうだね、ずっと寝たきりは辛いよ」
「アンタら自業自得なの忘れた?」
「「ごめんなさい」」
笑顔のまま威圧するリリに男子二人は平謝りした。
帰路につきながら三人は今後の異世界帰宅部について語る。
「これからは皆でトレーニングできると良いかもね。筋トレだけじゃなくて、能力使った実践訓練」
「アスハが武人モード入っちゃってる……」
「リリィの例の力が役立ちそうなんだけど、どうかな?」
「『因果再崩』? 残念だけどやめといた方が良いわ」
プリシア戦を報告する際に、リリは第二スキルの詳細も説明していた。
「アレは本当に奥の手か、必殺するって時しか出さないぐらいリスキーなの。特にアスハのスキルとは嚙み合わせ次第で超危険」
「そっか。ごめんね無理言っちゃって」
「なんかアスハ、豪快になったような、爽やかになったような……」
ケラケラ笑うアスハ。リリが呆れ半分に見ていると、彼の首元の十字架が目に留まった。
「その十字架、似合ってるわね。羽山さんって人の形見なんでしょ?」
「ああ。でも俺にはまだ似合ってないかな。早くこの十字が似合うように頑張らないと」
「今でも似合ってると思うけど、そうね……自分磨きは重要だものね」
アスハは優しく十字架を握った。
するとその話題を待っていたツムギが横から食いつく。
「なあなあアスハ、その十字架ってなんて名前なんだ? どんな武器に変化するんだ? 話には聞いてたけどよ」
「第十三式粛清兵装『アルパージ』。魔力を流すと色々な武器に変形して……」
「オレに見せてくれ! できれば分解して構造が知りてェ!! 頼むよアスハ、ちょっとだけでいいからさ~」
「無理だ。これ壊れても直す技術が失われてるんだし」
「そこをどうにか~」
男たちが揉みくちゃに絡んでいる中、道の向こうから情けない叫び声が響いた。
「あ! リリィちゃんいた~!」
「げ、この声は」
リリの予想は当たる。泣きべそをかいた成人男性がスライディングで飛び込んできた。
黒のスーツ姿で転がり込んできた山里を、リリは何度も足で小突いた。
「ぶええぇぇぇぇぇんだずげでよぉ、リリィぢゃん」
「キモイ。汚い。散れ」
「そう言わずにざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女子高生に縋り付く不審な成人男性。
あまりの衝撃でツムギとアスハはフリーズした。だがグシャグシャになった顔でようやく記憶が蘇る。
「あー、この前の戦いにいた人か! リリィ、コイツの知り合い?」
「知り合いと思われたくないけど、そうよ。こいつは山里、変態よ」
「そんな大雑把な!」
ゴミを見る目で見下ろすリリに、流石のアスハも苦言を呈した。
「リリィ、少し当たりが強くないかな? ちょっと可哀想だよ」
「それはねアスハ、カクカクシカジカ……」
「……なるほど」
耳打ちされてから数秒後。固まっていたアスハはにこやかな顔を向けた。
「よろしくお願いします、山里」
「礼儀正しそうな子からも呼び捨てぇ!?」
山里は容赦なく切り捨てられる。
「にしてもアンタ、昼間からスーツなんて着てどうしたのよ」
「実はあの戦いの後、無島さんに連れてかれて……」
「連れてかれて?」
「そしたら半強制的に『組織』に入れられたんだよぉ。下っ端だけど、無島さん直属の部下になっちゃったぁ!」
「なんだ、就職できたのね。良かったじゃない、クソニート変質者」
「反論できない悪口やめてぇ……」
よほど必死だったのか、よく見れば山里のスーツは砂と埃まみれでシワも酷かった。
「あの人怖いんだよおぉ! 大人っぽく正論ぶつけてくるし、女の子には一切近寄らせてもらえないし、ふとした時に人体から出ちゃいけないパワー出すし!」
「ほんとコレに首輪つけてくれて、無島さんには感謝だわ」
「リリィ、このひと本当に大丈夫? 不愉快なら、キミが話してる間だけでも俺とツムギの拘束具つけさせようか?」
「会って数分でこの扱いはないよぉ……」
山里の女々しい態度に三人も辟易していた時だった。
山里の上司が街角から現れる。
「あ、お前らちょうど良いとこに……って、ここに居やがったのか山里ォ!」
「ヒィッ!? 無島さん!!」
「あ、噂をすりゃ! おーい無島さんここだぜ~!」
「こっちにいますよー」
「お手柄だお前ら!」
視界に入った途端、無島は高速で移動。抵抗の隙も与えず、ヘッドロックで山里を拘束した。
ジタバタと動こうがその腕はびくともしない。
「外出て早々脱走なんて、意外と肝が据わってんじゃねぇか」
「ヒヤァ!? すいませんすいません!」
「おまえ、親御さんが喜んで引き渡してきたの忘れたのかよ。そんな調子じゃ親孝行できねーぞ」
「アンタ親からも見限られてるじゃないの」
「無島さんのとこの『組織』って、加入に拒否権はない感じですか?」
「んなわけあるか。お前たちみてぇに保護観察だけのやつとかもいるよ。ただこいつはセクハラで捕まる前に首輪嵌めといてるだけだ」
「賢明なご判断だと思います」
正論と完全拘束に心が折れ、山里はシクシク泣いたままヘッドロックを受け入れる。
「そうだ鹿深近、お前のおかげで助かった。ありがとうな」
「何のことですか?」
「お前が遭遇したっていう例の帰還者。ソイツは俺ら『組織』で追いかけてた帰還者だった」
胸元から無島は一枚の写真を取り出す。
映っていた人物は、目元に深いクマを刻んだ小柄な少年。先日、リリが遭遇した異世界帰還者だった。
写真の少年はカメラから逃げるように体を縮め、レンズの方を睨み付けていた。
「こいつの名は石鐘。ヤツは『組織』から逃げて回ってるせいで、厄介なことんなっててな」
「逃げ回ってるって、どうしてですか?」
「分からねぇ。それが問題なんだ」
相当手を焼いている相手なのか、無島はいつにも増して面倒そうな表情を浮かべた。
「さっきも言った通り、異世界帰還者を無理くり『組織』に入れる真似は基本しねぇ。だが安全のために、帰還者とはどんな内容でも契約を交わす」
「契約って、俺達のような?」
「その通り。契約は対等な協力関係、あるいは形だけの加入だ。秩序のために能力の悪用を防止させつつ、身の危険がありゃ『組織』が保障としてバックアップするっつう――」
「悪ィ無島さん、オレ説明長いと分からねぇ」
「こっちは悪さしません、あなたもしないでね。困ったら助けるよ。の関係ってこった」
聞き返したツムギは耳を赤くさせた。
「ヤツはその契約を蹴ってからずっと身を隠してる。そのせいで石鐘が危険人物かどうかも分からねぇ状況でな」
「話を聞けば、益々逃げてる理由が分かりませんね」
「全くだ。だから情報が得られただけでこっちは助かった。ありがとな鹿深近」
礼を告げると無島は去ろうとする。その時、抱えられたままの山里がふとアスハ達に問いかけた。
「ところでぇ、前から気になったこと聞いていい?」
「なによ山里」
「――なんでキミたちって『異世界帰宅部』って名乗ってるの? 異世界帰還部とか、異世界同好会って名前じゃなくってさ」
「そういえば……俺も二人に深く聞いたことなかったよね」
山里が由来を尋ねるが、ツムギとリリは首を四十五度に傾けていた。
「何となく?」
「響きが良いから?」
「そうだった。キミたちは直感タイプだった」
「確かにお前ら、帰宅部と何も関係ねぇもんな」
吹き出したように三人は笑い出す。
するとリリはハッと気付いた様子で理由を述べた。
「強いて言うなら、そうね……皆違うタイプの帰還者の集まりだから、ってところかしら」
「その心は?」
「帰宅部ってそもそも、部活に入ってない人達を指すでしょ? 理由はバラバラ。家に早く帰りたい人とか、放課後に遊びたい人とか、外でバンドしてる人とかもいるじゃない」
集ったそれぞれのメンツを見渡し、リリは指折り数えた。
「私達は異世界人生も、後悔も、これからの目標もバラバラ。けど戻ってきたからには、またこの現代でリスタートしたいって想いは同じ」
その言葉に一同は頷く。
「どうすれば私達らしく、異世界での人生を踏まえて生きてけるか。それを知るためってのはどうかしら?」
同じ思いを皆が共有した。
「それぞれの目標のために、現代で手を取り合う帰還者の集まり。それが異世界帰宅部よ」
聞き入っていた大人達は自然と拍手を贈った。
「ほう、取って付けた割には良い理念あるじゃねぇか」
「おお~! リリィちゃん上手くまとめたねぇ」
感心する無島達の横で、ツムギとアスハはヒソヒソと話す。
「アスハ見たか? あの一瞬で考え付くなんて詐欺師だぜ詐欺師」
「ツムギ、リリィから壺を勧められたら気をつけるように」
「妙な結束力つけてんじゃないわよクソ坊主ども。ゲンコツ食らわせるわよ」
「な、なんかリリィが前にも増して怖ぇ……母ちゃんみてぇ」
「母ちゃんというか、タイプ的におかんというか……」
「制・裁・決・定!」
少年少女が戯れる中、今度こそ無島は山里を抱えてその場を去る。
「そんじゃ、このアホ連れてくわ。じゃあな」
「いやああああああああはだらぎだくない!!」
いつになく痛快な笑い声が辺りに響き渡る。
三人の物語の新たな一ページは、屈託のない笑みで刻まれた。
※ ※ ※
路地裏の臭いは慣れるものではない。
雨に濡れたヘドロや、鼠の漁ったゴミが、夏の暑さに当てられ悪臭を放つ。
細い日陰道。汚れた室外機と配管の間で挟まるように、少年は座っていた。
少年にとってそこは秘密の休憩場。悪臭は通りすがる人間を寄せ付けない。
――世界からも見られている気がしない。仄暗いその安心感に少年は浸っていた。
「はぁ、油断してたな。アスハとツムギの方に気を取られて、リリの方が完全にノーマークだった……」
少年は異世界帰宅部の面々の名を平然と口に出す。
まるで彼らの全貌を、何処かから覗き見ていたように。
「見つかってたまるもんか。ボクは誰にも覚られないまま、成し遂げてやる」
路地の陰で蹲る少年――石鐘の瞳に鋭い意志が滲む。
「この世界から魔力を、帰還者もろとも根絶させてやる」
第二章『異世界帰宅部結束編』完
ここまでお読み下さりありがとうございます!
気に入っていただけましたら、よろしければ高評価☆やコメントをいただけますと、大変励みになります。




