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第四十七話 リリィ・シュメイ・フォルネヴィア

 鹿深近リリが同じ名と髪色を持つ少女に転生したのは、十六の春だった。


「リリィ、リリィ……良かった、目を覚ましたのか」


「ここ、は……?」


「お前のお部屋だ。安心してくれ、もう大丈夫だから」


 見知らぬ中年男性。高貴な装いをした男性が、少女の手を包む。

 少女は痛む全身を傾け、涙を溢す男性を虚ろに見つめた。


「お前まで失ったら私は、私は……」


 目覚めの直前、心臓発作を起こした記憶が少女の脳裏に流れる。

 そこでリリは、自身が異世界転生したことを悟った。


「ああ、漫画みたいなことに自分もなっちゃったか」という思いで、少女はキングサイズのベッドで横たわった。



 ――ガイウス歴698年。自然と魔法の国、フォルネヴィア王国。

 フォルネヴィア王国王女リリィの襲撃により、オーベル帝国との戦争が勃発。


 当のリリィ・シュメイ・フォルネヴィアはテロで命を落とし、魂は輪廻した。

 王女の魂を見送った神は気まぐれに、異世界からある乙女の魂を喚び寄せた。


「転生、かぁ……」


 同じ名を持つ異邦の少女『鹿深近リリ』に国を託し、王女の魂は眠ったのだ。

 鹿深近リリは断片的な記憶から、そのリリィという少女を知った。


「……お転婆さんね、あなたも」


 運命を受け入れた乙女は第二の生を、リリィ・シュメイ・フォルネヴィアを受け継いで踏み出した。



 シュレーヴェの泉にて開催される国教行事『聖約花祭』にて、リリは女神から巫女の称号を得た。

 神獣を従える能力を添えられて。


『リリィ・シュメイ・フォルネヴィア。汝へ巫女の務めを任せよう』


「……転生前にもうちょっと告知があったら良かったけどね。女神様」


 天からの光と民衆からの歓声に包まれる。聖堂に立ったリリは微笑むが、同時に覚悟した。


「世間じゃ悪役令嬢とか流行ってるけど、こっちはそんな場合じゃないわね」


 帝国との戦争に蔓延した疫病、食糧飢饉。フォルネヴィア国は疲弊していた。

 現代知識と地位があっても、少女に出来ることは限られていた。



 優雅な王宮物語とかけ離れた異世界人生。勉学と巫女の仕事をこなす日々。

 そんな生活でも、リリは挫けなかった。


「リリィっ!!」


 名を呼ばれる度に少女は頬を赤らめた。


「ぐっ、グリースっ……」


 新緑の髪、水面色の瞳、雪解けの肌。彫刻のような滑らかさで精悍な顔立ちの青年。


 名はグリース。若き王国聖騎士団の副団長にして、先の戦線で活躍した英雄騎士。

 そして『リリィ・シュメイ・フォルネヴィア』が唯一心を許した幼馴染だ。


「きゃっ!?」


「無事で、よかった……良かったよ、リリィ」


 無事を確認したグリースは抱擁する。彼女の肩には涙が滲んだ。リリの胸は高鳴る。

 乙女は『リリィ』としても、『リリ』としても、恋に落ちていたのだ。


「ってグリース! どっ、どうしたのよその怪我!?」


「これの事かな? ただの戦闘訓練で負った……」


「せっかく整った顔に傷が残ったらどうするの! 傷があってもカッコいいのは変わんないけど。ほら、手当てしてあげるからっ」


「ハハ、ありがとうリリィ。でもそんな言葉を軽々言うのはやめた方が良い。その、勘違いしてしまうから」


「何も勘違いじゃないですけどぉ!? こんの鈍感イケメンめ!」


 侍女達が柱の陰から二人を眺めるのは恒例行事でもあった。



 政について学び、王宮でグリースへの想いを馳せる日々。だが一方で戦争は激化するばかり。

 そこでリリは先手を打った。


「グリース、アタシの夫になってほしいの!」


 色めき立つ廊下の侍女達。リリは恥ずかしさを堪える。

 異例の逆プロポーズにグリースは赤面した。


「リリィ、気持ちはとても嬉しいが、やはり……父上には逆らえない」


「アタシじゃ、やっぱりダメかな?」


「そんなわけない! 君ほど素敵な女性なんて存在しない。けど、俺はただの騎士で、キミは王女だ……」


「ハッキリして。アタシは、女として愛せないの?」


「あいっ、していっ……ぅ……いや、やっぱりこう言ってしまっては」


「ああもう、あったま来た! 行くわよグリース!」


 無理矢理彼を引っ張り、リリは王の間へ向かった。


「お父様ッ! アタシ、グリースと結婚します!」


 旦那候補を連れて突撃したリリ。たまたま居合わせていた両家の父は呆気に取られていた。


「お、王女様!?」


「り、リリィまてっ、いろいろ待ってくれ」


「悪いけど、国のためとはいえ政略結婚とかできないから!」


「だから、その」


「アタシ、この人を本気で愛してるのっ!」


 恥じらいながら叫ぶ娘に、父は首を傾げた。


「元々、グリース君とは許嫁だったぞ……?」


「「……はい?」」


「国王陛下、もしやお話なさってなかったので?」


「いやあ、戦争にもなってしばらく会話もな……まあ、色々行き違い? はあったようだが上手く収まったようだな」


 青年と乙女は硬直。顔が茹で上がった。

 国王は父として温かく門出を祝った。


「祝福するよ、リリィ。そしてグリース君、大事な一人娘を頼んだ」


 涙ぐむ父達の目も気にせず、二人は口付けを交わした。


 それが幸せな結婚生活の始まり、となる筈だった。



 ――ガイウス歴704年、フォルネヴィア王国は滅亡した。

 リリとグリースが婚礼の儀を執り行った晩のことだ。


「お願い、お願いよ、もう一度、名前を……グリース」


 瓦礫に埋もれた最愛の人。その亡骸を目にして彼女は嗚咽した。

 唇は青く、胸は赤い。涙が落ちても体温は戻らない。瞳は妻の顔を焼き付け、瞳孔が開いていた。


 豪炎に落ちた王宮を眺め、少女は絶望した。


「こんな結末、誰も報われないじゃない」


 意識が消えゆく最中、神託が下った。


『我が巫女よ、汝に第二の恩寵を授ける』


 哭く声も枯れ果てた乙女に、神は憐みの品を贈った。


『汝を我が世界へ招いたことへの、せめてもの謝意である』


 少女は時を遡った。転生したあの日まで。


 ※ 


「ダメ、あんな未来なんて、絶対……」


 目を覚まし、状況を理解したリリの行動は明白だった。


 最愛の人を救うため、彼女は模索した。

 魔術の研鑽を重ね、大魔法使いの地位に至るまで研究を続けた。魔術だけに留まらず、目についた書物を読み漁り、多くの学問を吸収した。



 全ては最悪の未来を変えるため。()()()()では戦争に賭けた。


「――ダメね、こんなの。犠牲が多過ぎる」


 彼女は敵と味方の屍で山を築いた後、彼女はまたやり直した。



「グリース、ごめんね。おじ様……あなたのお父様まで」


 国を軍事発展させ、和平交渉を望んだ。だが理想は一杯の毒酒によって潰れた。

 家族を毒殺され、彼女はまたやり直した。



 時には愛する人と亡命する人生も選ぼうとした。


「グリース、嫌よ! お願い!」


「すまない、リリィ。永遠に君を愛してる」


「待って――!」


 リリを安全な国へ送った後、グリースは戦場へ戻った。

 新聞で彼の訃報を知り、彼女はまたもやり直した。



 あらゆる手を使い、帝国を打ち倒した人生も存在した。それでも、


「うそよ、ここまで来て……?」


「にげ、ろ。リ――」


 都市の疫病に罹患し、戦後間もなくグリースは死を迎えた。

 彼女はまたもや、やり直しを選んだ。



 どの道筋を辿っても結末は不変だった。彼女の唯一の願いは叶わぬまま。

 虚しくも力だけが繰り返す人生の成果だった。


 神聖魔術、武術、武器術。赤原ツムギを上回る戦闘能力。

 敵軍殲滅、無血開城、都市陥落。凛藤アスハを凌ぐ戦歴。

 軍略、人心掌握術、指揮能力、状況判断能力。ループで培った経験と技量を会得した。


 それでもグリースの運命だけは覆らなかった。


「そう、もう手遅れだったのね……」


因果(リローディング)再崩(・コラプス)』のループ限界に達した。

 無限に近い時間遡行は代償として、使用する程に未来は()()されていった。

 リリィが百度のループを超えた時から、既にグリースが生き残る世界線は消滅していたのだ。


 それでも乙女は救済を求め続けた。


「良いわ、女神様。アナタを恨みなんてしない。代わりに見てて。アタシが歩む最後の生き方を」



 ――ガイウス歴722年。帝国を破り、終戦を迎えた。

 ループの中で最も被害を減らし、リリは王国に完全勝利をもたらした。戦後の平和と、元オーベル帝国の無害化も含めて。


 そして時は迎えた。


「貴方、戦争はもう終わりましたよ」


「そうか……ようやく、か」


「ええ。これはすべて貴方のおかげ」


「ハハ……君は相変わらずだな」


 床に伏した男。その新緑の髪を彼女は撫でた。逞しかった体はすっかり痩せこけていた。


 死の運命を変えられなかったが、リリはグリースの延命に成功した。あらゆる手を尽くし、最期を整えたのだ。


「リリィ、愛しているよ」


「ええ、アタシも。永遠に」


 今際の際、穏やかになった王国の静けさの中で彼女は送り出した。


「愛を教えてくれてありがとう。おやすみ、愛しのグリース」


 落涙したリリ。その手を男の子が不思議そうに引っ張った。


「母さま、父さまはなぜ寝てるのですか?」


「お父さんね、ずっと頑張ってきて疲れちゃったから。今からおやすみするのよ」


 末の子は首を傾けた。上の子供たちは父の亡骸に涙を零していた。

 リリは彼に似た六人の子供たちと共に見送った。


 ※


 フォルネヴィア王国女王、リリィ・シュメイ・フォルネヴィア。


『征伐の戦乙女』として戦場を駆け、『蹂躙戦姫』として帝国を誅した。

 そして『薄紅の女神』として、戦後も国の復興と発展に努めた。

 膨大な知識と経験を駆使し、生を終えるまで彼女は進み続けた。


 リリィ・シュメイ・フォルネヴィアの軌跡に一切の汚点なし。


「アタシの心はずっとリリィ・シュメイ・フォルネヴィアのまま。異世界帰還しても、アタシは『リリィ』として進んでいく」


 ――その生き様こそ、最愛の人へ贈る永遠の愛だった。

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