第四十五話 蹂躙戦姫
「いてて、まだ傷が痛む……正直アスハがあそこまで殴り合いに強いとは思わなかったぜ。負傷してたって言っても、ほぼ全力だったってのに」
「キミの方は、ちょっとタフ過ぎると思うよ。特に精神力が」
病院のベッドで仲良く寝そべる二人は、痛みを共有しながらあの喧嘩について語り合う。
「アスハのパンチ、腰が入ってて効いたわ。ここ最近ずっと特訓に言ってたってのが納得だったぜ」
「能力任せの戦い方ばかりだったから、これから頑張らないとね。身のこなしや体術はまだまだだ」
「だったら、リリィに教わった方が良いかもしれねェな」
「リリィに?」
「ああ。だってアイツ、そーいうのはオレより強いからな」
「ツムギより? 意外だ、リリィって武術も得意なの?」
「俺もスキル頼りだし、武器術や近接戦闘は間違いなく負ける。てかリリィとやりやったらオレは確実に負ける。タイマンなら尚更だ」
妬みや誇張は一切なく、ツムギは淡々と彼女の分析を語る。
「よーいドンの勝負に持ち込まれちまったら、火力でリリィには勝てねぇよ」
※
地を這う不可視の火焔、金の武具を射出する石の城。主は一人、玉座に腰かけて乙女を見下ろす。
悪姫の嘲笑は場内に響き渡った。
「さあ、さあ、舞いなさいな。キャッハハハハ、いいわよとっても無様で」
絶え間なく浴びせられる炎と刃の雨。視覚と魔力を最大限に集中させ、リリは反射で全てを避ける。
最小に抑えた防御魔法で炎を打ち消し、剣は目視で回避。残りは魔法の杖で物理的に弾く。
「なるほどね、一つトリックが分かったわ」
「あら、何かしら?」
「見た目はキレイなお城の中だけど、空間としてはさっきの焼野原と変わらないってこと。術者本人には影響しないけど、酸素量は徐々に減ってるってわけね」
「そんなこと、分かったところで何もできないでしょうに」
酸素が薄れ、激しい動きに心肺が潰されていく。炎の熱気が彼女の喉を更に追い込む。
だが召喚獣の顕現を解除し、リリは魔力と体力の温存に徹していた。
「魔法の威力や精度はお粗末。本人は戦闘のド素人で、どっちのスキルも見た目ほど大した脅威じゃない。けど」
リリの表情が険しさを増す。
剣の射出速度が速まっていた。火の手は勢いを増し、武器の種類も単純な両手剣から弓矢や槍へと移り変わる。
防御魔法も性能向上を強いられ、魔力消費量が倍になる。
「能力の影響力が強い! 相殺するのに魔力持ってかれて、強制的に後手に回される。反射速度もギリギリね」
それでもリリと玉座の距離は詰まりつつあった。
「一度、たった一度隙を作ればカウンターは入れやすいわ。それまで耐える――」
「あら、まだ余裕そうじゃないの」
その一声に呼応し、炎を帯びた武器が玉座の前に揃う。刃先はリリに向く。
「長引かてもダメね。多分転生でステータスが底上げされてる。それにこの短時間で学び始めてるわ、この娘」
防戦一方な現状を破棄し、少女は防御から攻撃へ転じる。
「神聖魔法展開、殺生柊」
荒々しい、鋼鉄の柊の葉が空中に生え並ぶ。
葉は攻撃を受ける度に枯れて分裂。そのまま細かい刃として悪姫へ襲いかかる。
悪姫は炎と黄金の盾で鉄の柊を防ぐ。
「どうしたの? 余裕がなくなってきたようだけど」
「くッ! 鬱陶しいわねぇ」
「それにしても『帝国の冷姫』ね、妙に引っかかるわね。どこかで……」
鋼鉄の葉は弾丸のように金を弾く。強度で劣っても威力と貫通性能は神聖魔法が上回る。
だが悪姫は自身の城の性能に信頼を置いていた。
「妾の威光には誰もが触れ伏す。妾の所望したものは下僕が頭を垂れながら用意してくる。これは女神様も望む運命なのよ」
天上のシャンデリア、ステンドグラス、舞い散るダイヤモンドの粒。その輝きを網膜に焼きながら、姫の頭は遠き記憶に回帰する。
「そう、あれは妾が本で読んだ楽園の花畑。目を奪われるような美しい光景があると書いてあった。その景色を見たいとお父様にお願いしたの」
無邪気な悪意は口元に映る。
「約束通りお父様はその場所を攻め落としてプレゼントしてくれたの。素敵なお庭と別荘もつけて」
帝国で育まれた悪意。その横暴は王女に底なしの強欲を与えた。
「その時分かったわ。妾がこの世の華ということに。世界の理は妾を軸に星を回すの」
帝国の魔の手は異世界に留まらず、現世まで犯す。
しかし世界も無抵抗ではない。
「そう? 世界の中心にしては覚束ない足元のようだけど」
「はっ――」
途端に一段、悪姫の視線が下がる。
目線を下ろすと、彼女の両足首は腱が断ち切られていた。
膝から崩れた悪女。これまで遭遇したことのなかった『不都合』というものに姫は激高した。
「きっ、さま……妾の言葉に割って入ってこんな、こんな……! それにこの足を、わたしの足を、よくもォォォォォォ!」
「演劇と絵本しか知らないのね。なら教えてあげるわ。慢心した獅子はね、羽虫の一匹にも殺される」
「このっ、醜女め。許さないわ、ただで済むと思わないことね」
「負け犬の吠え面は笑ええるわね。傑作だから鏡でご覧になる?」
「ふざけるな、この、このォ!!」
怒髪冠を衝いた悪姫は剣を掲げて吠える。
「このプリシア・ベル・ヴァイスロットを、オーベル帝国の姫をなんだと思ってるッ!」
悪姫、プリシアの名。そして彼女が生きた国。
耳にした途端、リリの記憶が目覚める。何十年分も前の異世界での記憶が。
「ヴァイスロっ……オーベル、プリシア――プリシアっ! オーベル帝国って、まさか、そういうこと!?」
「死に絶えなさいッ!!」
粗雑に腕を振ると、金色の武具がリリを取り囲む。炎を付与した金刃が一斉射出。
刃が彼女まで迫る中、城の主導権は剥奪される。
「――制約限定解除、『因果再崩』」
放たれた武具は静止する。炎も固まり、城内の空気が停滞。灼熱のような時が止まった。
「奥の手があったわけ。腹立たしい真似してくれるわね」
「アンタ相手ならあと腐れなく使えるってだけよ。プリシア」
「ッ――!」
リリが微笑むと、発射された武器の動きが《《巻き戻る》》。
金も、熱も、石も、風も、全ての物体時間が逆行した。
逆再生される城でリリだけが時を進める。
「なに、これは……妾の魔法が、元に――なッ!?」
時間遡行はプリシアも対象だ。謎の重力がで悪女は玉座まで巻き戻される。
ある地点に到達するとプリシアの体は停止。意識と口だけが正常な時間の流れに取り残された。
切断された腱は戻らない。傷口からジクジクと痛みが続く。
「なんなの、なんなのよ! 体が上手く、動かない」
「丁重に可愛がってあげるわ、プリシア。アンタが生前、よく民にしていたように」
「ハァ!?」
逆行する空間は次第に遷移する。
明鏡の水面、音のない夜風、静寂の星空。辺りに白百合が狂い咲き、紅の花弁が舞う泉と白夜の世界へ。
「ここは……シュレーヴェの泉!? 絵画でしか見たことない、あの聖約の泉が、なんでもってここに――」
「まさか同郷から転生者が来るなんてね。それに印象薄かったから、アンタのことすっかり忘れてたわ」
「――へ?」
「悪政に次ぐ悪政。絶対王政で民を苦しめ、他国まで侵略した軍事国家、オーベル帝国。そこのわがままなお姫様」
リリの口から語られるはプリシアの悪行。
「欲しいモノ全てを手に入れて、気分一つで滅茶苦茶にする。食事も服も装飾品も、人も土地も苦しめた大陸の汚点。プリシア王女」
「貴様ッ……! 何を、私のなにを知っている!」
「全てよ。少なくとも、アナタの国の民から聞いた話はね」
「この売女、あんたは何者なのよ!」
乙女は涼やかに、鈴音のような名を口にする。
「――リリィ。この名前だけ言えば、アナタには伝わるでしょ?」
「そんな安っぽいなま――ッ!!」
悪姫の顔からみるみると血の気が失せ、恐怖に染まる。直後、姫は激昂した。
「あ、ああああ、あああああァァァァァァァァァァ! おまえェェ! おまえおまえおまえ、まさかッ」
プリシアは思い出す。
――姫君はある噂を耳にした。フォルネヴィア王国の王女が、神の寵愛を受けて巫女になったという話を。
だが当時全盛を誇っていたオーベル帝国は巫女を歯牙にもかけていなかった。
そんなフォルネヴィア国王女は巫女として戦に赴き、最前線で指揮と槍を握った。
うら若い乙女は戦の士気を上げ、難攻不落だった帝国軍を次々に破り去った。
いつしか付いた異名は『征伐の戦巫女』。
その名は反帝国勢力を奮い立たせ、いつしか『薄紅の女神』とまで形容された。
――そして月夜、反乱軍は帝国を攻め落とした。
戦巫女はオーベル帝国皇帝を討ち取り、プリシアの首を刎ねた。
白と薄紅の混じった百合の髪を、花弁に狂い咲いた乙女を、プリシアは今でも覚えてる。帝国が彼女へ名付けた、その異名と共に。
「蹂躙戦姫ィィィィィィィィィッ!!」
悪姫が獣の眼で睨む。その先で戦巫女は凛と杖を構えた。
プリシアはようやく気付く。リリが戦闘開始から現在まで、一度も傷を負っていない事に。
「リリィ・シュメイ・フォルネヴィア。今だけはフォルネヴィア国王妃最後の務めとして、神の御意思を執行します」
――鹿深近リリ。またの名を、リリィ・シュメイ・フォルネヴィア。
その生きざまたるや、異世界のジャンヌ・ダルク。
フォルネヴィア国が誇った勝利の女神である。




