第四十三話 一輪の少女
ほのかに感じる薬品の香り、白く無機質な病室、異世界帰宅部には見慣れた天井。
点滴の管が伸びるベッドへ向かって無島は説教する。
「で、喧嘩でお互い収めたと……バカか?」
包帯とギプスで全身を包んだアスハとツムギは横たわっていた。
アスハは自信満々に親指を立てる。
「大丈夫です無島さん、拳でちゃんと語り合いましたから」
「ハッ倒すぞ凛藤。ミイラ取りがミイラになってんじゃねぇ」
親友同士の殴り合いは盛り上がり過ぎた。
ツムギはアバラの粉砕骨折と顔面骨折。アスハは頭蓋骨のヒビに両肩の脱臼。回復魔法も込みで全治一週間の怪我だった。
怪我の理由を知った時には主治医ですら絶句していたという。
「ったく、いつから凛藤までアホになったんだか。まあ一件落着なのは良いけどよ、あんま病院にかかるような怪我は減らせ。それに……」
無島の横ではむくれ顔の少女が立っていた。
「鹿深近のこの顔見んのもいい加減飽きた」
リリは無言で二人にアイアンクロウをかける。
「ごめんってリリィあだだだだだだだだ」
「もうこんなことしねェからいでででででででで」
「やめとけ鹿深近。もう一回転生させちまう」
万力の握力で挟んだ後、リリは不機嫌そうにそっぽを向く。
「もう二人とも入院中のお世話してあげなーい」
「あーあーあー、女子は怒らせっと怖ぇぞ~」
頭の痛みを抑えながら、戸惑った様子でツムギは声をかける。
「すまねェなリリィ。前も見舞いに来てくれたってのに」
「ふんっ」
「本当に悪かった。もうお前ら相手にあんなことはしないって誓うぜ」
「俺は別に構わないよ」
「へ?」
「喧嘩、ならね」
アスハはあの喧嘩を最善と考えていた。
「ただの仲直りなら口だけでも良い。けどそれじゃ足りなかったから、俺達は思いをぶつけて殴り合った。あの喧嘩はそういうものだった筈だ」
「アスハ……」
「だから俺はもう逃げない。文字通り真っ向からキミと向き合うから。その時はまた歯を食いしばってね、ツム――相棒」
「……おう!」
親友同士にそれ以上の会話は不要だった。しかし少女だけは納得していない。
「ほ~ら~ま~た~! アタシだけ蚊帳の外じゃん! アタシにも殴らせろ~!!」
「バッカ鹿深近やめろ。これ以上コイツら怪我したら俺の立場が危ねぇんだよ」
「じゃあ代わりに無島さんのこと殴る!」
「意味が分からねぇ! 八つ当たりにもほどがあるぞ!?」
わちゃわちゃと腕を伸ばすリリを無島も困ったように眺めた。
※
「まったくもぉ~、男子だけでズルいよホント。アタシには出来ない方法で解決しちゃうんだから」
結局二人の着替えや食料諸々を用意して、リリは病院を後にした。
疎外感から多少の苛立ちこそ覚えたが、歩く内にそんな気持ちも落ち着いていく。
「まあでも、そういうもんなのかな~。どの世界でも男の子は」
その振り回され方と、どこか最後にホッとしてしまう安心感に、リリは懐かしいものを覚える。彼女のまぶたに異世界の記憶を映した。
「なんか、義兄弟や息子たちコト思い出したわ。あの子たちは今頃上手くやれてるかな~」
今は会えぬ子供達のことを想いながら、静寂の夜を進む。その足取りには軽快さが宿っていた。
――だが災厄は時を選ばない。
「あら、ちょうど良い魔力を孕んだ生娘がいるじゃない」
世界は業火に包まれる。炎はリリと世界を分断し、焼野原に彼女を投獄した。
焔の海には高貴なドレスの少女がいた。
縦巻きの長髪を熱風に靡かせ、「キャハハ」と甲高い声を吐く。これ見よがしに指輪を嵌めた手を晒す。
「みすぼらしい女ね。生意気に魔力なんて持っちゃって」
「はぁ、友達のお見舞い行った帰りにこれ? もう今日は勘弁したいんだけど」
虚空から杖を取り出し、リリは臨戦態勢を取る。
「随分不敬ね。異郷の地とはいえ、この妾に対してひれ伏しもしないだなんて。全くもって業腹ね」
傲慢ゆえか、鈍感なのか、あるいはその両方か。少女はリリの威圧に気圧されない。
不遜な姫君は揺れる炎の先端を撫でる。
「フレイムカーネーション」
火焔は荒野を駆け、彼女達を囲む。炎の輪の中、少女達は睨み合う。
「妾の望む業火の中で、焼けて床にでもなりなさい」
「舐めた小娘ね。炎程度で威嚇のつもり? 肌荒れ今より酷くなるわよ」




