第三十九話 ケダモノの歩き方
俺が転生したのはつい数年前。まだ刑事だった頃だ。
「――あ?」
「ひッ、ちが、お、俺……」
錯乱した容疑者に背中からプスっとな。 刺されて意識が飛んだだけか、一回死んだのかは知らねぇが、その拍子で異世界に渡った。
「……ぁぅ」
で、目が覚めたら異世界で赤ん坊に転生してたっ。それも迫害されてた魔族のな。
魔族のガキに転生して、その異世界を知った。
そこじゃ魔族は無条件に害獣扱い。何百年も前の戦争をダシに、人間側が魔族を追い詰めてたんだ。
「なあ親父、魔族に友好的な人間がいるとことかねぇの?」
「う、うーん。父さんは知り合いに、いないかなぁ。友達少ないからね、はは……」
「そっか。なら仕方ないや」
ガキの見た目でも中身はおっさんだ。親父が子供のためについた嘘もよく分かった。
別に差別をなくそうとかは思ってなかったが、少しでも生きやすい方法を考えようとはしてたんだ。
だが時間は待っちゃくれなくてな。
六つの年になる頃、村は焼かれた。どっかの貴族が武功のためとか言って、魔族狩りをしたのさ。
「どうか、どうか生きてくれ」
魔族の親父は物静かだったが、根から人の良かった。
俺やガキ共を逃がすために囮になって、何度も串刺しにされた。
「私の子に生んじゃって、ごめんね」
お袋は気立てが良くて村中から親しまれてた。母親としても人としても尊敬してた。
逃げる間際、俺はお袋が好きだった花を亡骸の前に置いて去った。
「……親父、お袋、みんな。仇は取ってやるから」
第二とはいえ生みの親。六年分とはいえもう一つの故郷。情が湧かない訳がねぇ。
俺は世界を憎んだ。人間を恨んだ。
思考力は元の大人だったが、精神状態は肉体年齢に引っ張られてな。情緒だけは抑えが効かなかった。
村を滅ぼした貴族を殺して、領地の民を鏖殺してからは、無差別に殺して回った。
ガキの癇癪だ。結局ヤツらと同じことを繰り返した。悪夢みてぇに、自分の行動が制御できなくなってな。
いつしかこの首に懸賞金がついた頃、
「……誰だよ、てめぇは」
凛とした目の若い男がいた。その男は、勇者だった。
真っすぐに見られて我に返ったよ。「ああ、俺はコイツを殺したいわけじゃねぇ」ってな。
「……俺を殺すのか?」
「そうだ。お前に殺された人達の無念を、ここで晴らす」
潮時だった。復讐も終わって悪夢から覚めた俺は、その首を差し出した。
「それなら良い……だが一つ、頼みがある」
悪意のない目に期待して、俺は勇者に託した。
「俺の首を持ち帰って、人間達に伝えろ。この大殺戮は、過去の迫害が生み出したもんだってな」
「……」
「恨まれるのは俺だけで良い。だが繰り返せば、俺みてぇなバケモノは生まれるぞ」
俺の復讐はそんな形で終わった。
「平和のために、この首を使え。これ以上の絶望は望まねぇ」
※ ※ ※
物語を語り終えた時には、煙草の半分以上が灰になっていた。
「――その後、俺は死んで戻ってきた……まあ救いようのないクズってことだ。軽蔑なら好きにしてくれ」
「随分軽く言うんスね」
「高尚な説教話でも聞きたかったか? 俺はやだね、つまんねえ」
「アンタも、相当な人生歩んで来たんだな」
「同情はいらねぇよ。んなもんとっくに吹っ切れてる」
無島はさも他人事のように笑い飛ばした。
「まあ、だから俺が今こうしてんのはその時の償いだ。それと」
「それと?」
「……ダチが生きたその心の在り方を、今でもなぞってるだけだ」
「――?」
「ま、俺が何者かなんてどうでもいい。それより今、お前はどうありたい?」
先人として無島は問う。
「何者かになるかじゃねぇ。どんな自分であるかどうかだ」
その言葉は示した。ツムギは既に、目指す理想を見つけていた事を。
「……やっぱりオレは、英雄になりたい。アスハやリリィと肩並べて戦える、本物の英雄に」
「悪かねぇ。腹の底からそう思えてんなら、胸張って良い」
無島は歯を見せて笑う。
「『理想の自分』がある人間は、いずれ理想に追いつくもんだ。自分の在り方ってやつは、いつの間にか」
煙草の火を消した男は漂う煙を吹いて消した。
「オレは人を励ますことに自信がねぇんだ。どうだ、ちっとは気分がマシになったか?」
「かなりスッキリしたっスよ。言ってほしいことも全部言ってもらっちまった」
「そいつは良かった」
無島はツムギの空のコーヒー缶を取り、握り潰す。ひしゃげたスチール缶はゴミ箱へ投げ捨てた。
「どうしようもなくなったら俺を呼べ。だがまずはお前だけで会って、腹割って話せるか試してこい」
「アンタ、やっぱり相当なお人好しだな」
「勘違いすんな。ビジネスだビジネス」
「だとしたら残業代バカにならないっスね」
「お前らは、何かあった時にすぐどっか行く癖があるみたいだからな。最後に忠告だ」
一際低く、力強い声音で無島は訴える。
「見えないとこだけには行かないでくれ。じゃねぇと大人は、お前らを守れねぇ」
ツムギは静かに頷く。すると見上げた空に青白い線が引かれ始めた。
「すっげェなんだあれ……流れ星が何個も」
「そういえば、今日は鯨竜座流星群だかが降るって言ってたな」
蒼い軌跡が夜のキャンパスを彩る。光芒は幾つも現れては消えた。
見惚れるツムギと無島。直後に二人の体は浮き上がる。
「なんだ、地震ッ!?」
「いや違ぇ、こいつは――」
地震のような衝撃。だが周囲の物は震えていない。
振動は魔力のみに伝播する。異世界帰還者だけがその震えを感じていた。
地脈を震撼させ、地上に魔物が顕現する。
「マッ、ジかよちくしょう。おいおいおい」
ツムギが一瞬、世界樹と見間違える。途方もなく巨大な大怪獣を。
蛇の首、竜の頭部、裂けた大口。脚はなく、肉の根と大地が癒着した姿。高さはビルを超えていた。
「あんな魔力どこに……それにあの腕」
巨獣の背には生えかけた竜翼。折り畳んだ状態で旅客機並の大きさを誇る。
両脇から伸びた剛腕は空を掴むように広げられた。一振りで甚大な被害を及ぼす巨腕だ。
「野郎、怪獣映画と出るとこ間違えてんだろ。なんだあの馬鹿デカさ」
災いの象徴、地脈の巨獣は咆哮を上げた。
喝采の如く空気が震えて歪む。獣は天を仰ぎ、天駆け抜ける流星へその腕を伸ばしていた。




