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第三十話 使徒

 零時を告げる鐘の音。教会にのみ響く、魔物狩りの報せ。

 羽山に倣い、アスハは黒の祭服に袖を通す。


「俺の我儘を聞いてくれてありがとうございます、羽山さん」


「私は構わないが、良いのかい? 友達が心配なんだろう」


「はい。でも今の俺がまた会ったところで、何もできることはない。だからその答えを得られるまで、あなたのもとで教わりたい」


 不安を押し込めるよう襟元を締める。形だけでも、アスハの心を鎮めるには良い恰好だ。


「そうか。ともあれ、今日は実戦形式。今までの癖を治すことを意識し、討伐に臨んでくれ」


「一週間の叩き上げですから。またスキル使いそうになったら、お願いします」


 アスハは血マメと傷の刻まれた手を摩る。筋肉痛は湿布で誤魔化した。


「たまには神父もどきらしく、全霊で戦術指南といこうじゃないか」


 十字剣の柄を握り締め、アスハは唾を飲み下す。


「今夜は()()()()のみで、魔物を排してみなさい」


 重い扉は開かれる。十字架を携えた二人は闇夜に凱旋した。


 ※


 民家の屋根、路地裏、塀の上を神父は駆け抜けた。人目を躱し、足音を殺し、縦横無尽に走る。

 風を置き去りに疾走する羽山。その背を追うことでアスハは精一杯だった。


「流石に移動はスキルないと、追いつけません!」


「単なる練度の差だ。君も初めからスキル頼らず浸礼魔法で追いつこうとする意気は素晴らしい」


 速い。一挙手一投足が漏れなく人類最速クラス。アスハが『限りなき無秩序(アンリミテッド)』使用でようやく見失わないほどだ。


「ところでアスハ君。もう一つの()()の練習はどうだい?」


「まだ感覚が掴めてません。出来ても、すぐに壊れてしまいます」


「君の能力の塩梅と同じ、これは感覚の世界だ。焦りは禁物だ……と、早速魔物の気配だね」


 最中、魔獣が闇から現れた。


「まずはキミから動いてみなさい」 


 羽山はひらりと身を翻す。躱された魔獣はそのままアスハへ飛び掛かる。

 彼はすぐさま十字剣を構えたが。


「ここで、去りたま――は間に合わない!」


 魔力の流れが遅い。アスハの反応速度に魔法が追い付かない。

 詠唱を諦め、アスハは空気の壁で魔物を防ぐ。


「タイミングを見誤ったね。今の攻撃程度なら見てからでも回避できたはずだ」


「善処します」


「もう一度息を整えて、全身の魔力を支配しなさい」


 防御壁の強度を徐々に落とし、アスハの体内で別プロセスを巡らす。

 血の巡りに合わせ、魔力が調律される。調和した魔力は、大気の濁った魔力を中和する。


「――浸礼魔法よ、俺に力を下さい」


 『浸礼魔法』。退魔師が扱う、この世界に()()()()()()()()唯一の魔法。魔力の浄化、消滅に特化した技術だ。


 付け焼刃ながらも継承した技術で、アスハは白き閃光を穿つ。


「食らえッ……!」


 自ら防御壁を割り、魔物の意表を突く。

 勢いのまま喉笛へ十字剣を突き立てた。しかし浅い。


「いつもはスキル火力で屠っているから、これはきつい……弱連打だけで戦っているみたいだ」


 アスハに格闘技能はない。ゆえに激闘で培ってきた動体視力と、スキルの恩恵たる思考速度で勝負を仕掛ける。


 魔獣は前足と牙でアスハを襲う。その攻撃を正確に捉え、回避を続ける。

 青年は狭い路地で立ち回った。末に敵の弱点を発見する。


「ここかッ!」


 前脚が振り下ろされると同時に、獣の首元は伸び切る。間髪入れずアスハは十字剣を突き刺す。

 魔獣の首へ刃を差し、浸礼魔法を注いだ。


「眠れ」


 浄化の力は内部へ注入。直後に魔物は爆散した。白き閃光に飲まれ、瘴気は朧月へ消えていく。


「初めての実践で、ここまで……!」


 彼の可能性を見た退魔師は、眼鏡の向こうを輝かせる。しかし甘いばかりではない。


「イメージは良いが、肉体が追いついていない。組手と並行し、基礎訓練を怠らないように」


「はい、ご指導感謝します!」


「ハハ、真面目だな君は。素晴らしいことだ」


 アスハは人生で初めてスキルを用いず魔物を討った。その余韻に浸ろうとしたところで、付近に新たな魔力を感じる。

 現場へ使徒二名は急行した。


「この魔力、残り香いたみたいだ。早く排除を!」


「いや、ストップだアスハ君。人がいる」


 先の魔物の気配で隠されていたのか、禍々しく渦巻く魔力があった。その中心で若い男が絶叫する。


「アアア、どうして、ぐゥゥゥ!」


 大学生ほどの男は目を血走らせ、泡を吹く。


「おさ、まれ……! なん、で、こんっ」


 邪悪な魔力に彼は抵抗していた。魔力を体内から放出して。


「民間人ではないようだな」


「羽山さん、あの人はおそらく異世界帰還者です。力が弱まっていますが、たしかにスキルを使っている気配があります」


 抵抗虚しく、男の意識は狂気に飲まれる。


「なん、で。俺は、『テイマー』だ……こんな魔獣の調教、わけなかったのに、がハッ、あああアアああぁぁァァァaaaaaaaaaa!」


 汚染された魔力がその身を蝕む。汚濁はやがて男の体と結合を始めた。


「何が起きて……あの人の魔力も、濁っていく」


「いけない。瘴気が体内に注入されてしまっているな」


「瘴気? そういえば無島さんもその言葉を」


「瘴気とは魔力が変質したもの。魔獣を生み、蝕んだ人間の精神を汚染する。我々の世界では『悪魔憑き』などと形容される」


 瘴気を吸収してしまった男からは悪意が、凶暴性が溢れ出す。

 噴き出した負の感情はやがて強制的に人格を変貌させた。


「くそ、が……ぶっ潰して、してやるよ。いっそのこと、すべてを……」


 アスハは剣を手に飛び出そうとする。だが羽山が静止した。


「ここで見ていなさいアスハ君。これが本来の退魔師の戦いだ」


 瘴気に犯された若者へ神父は歩み寄る。靴底を鳴らすごとに魔力を膨張させて。


 刹那、彼の握った小さな十字架が変形する。機械的に機構を変え、武器となった。


「――第十三式粛清兵装『アルパージ』」


 展開された十字架は変化を終え、大剣となって羽山に握られた。

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