第二十九話 モテ期、死す。働け女たらし!
「な~んか、やることないわねぇ。こっち戻ってきてからすぐにツムギと知り合ったし、一人で悩むことって久しぶりかもね」
カフェのテラス席に座るリリはカフェラテを啜る。テーブルのケーキはあまり手がつけられていなかった。
「無島さんが言ってた通り、年齢相応に精神が引っ張られてるみたい。アタシも」
カップを傾けてリリは思い悩んだ。
刹那、ただならない気配を少女は察知。数キロ先に超大型魔獣が遠くの方に見えた。
「なにあの大型魔獣……地面から生えてる? 最近はツムギとアスハが相当数狩ってるはずなのに」
速やかに支払いを任せ、不可視の霊鳥を召喚してリリは飛ぶ。神獣の背に捕まりながら、空から魔獣の全貌を確認した。
「あれ、本当に魔獣?」
地面から生えた巨大な触手は芽吹き、中央の幹のような先端に獅子の顔が付いている。今までの個体とは逸脱した禍々しい魔物だ。
「不気味だけど、この規模なら焼き払えば……って、まだ民間人が!」
魔獣の出現した根本。腰を抜かして這う二十代程の男がいた。
「だあぁずげでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
涙と鼻水をまき散らし、男は悲鳴を上げる。
「なんでこうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 僕は女の子と話したかっただけなのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「なんかみっともない怯え方ね……魔獣を前にしたら当然かもだけど」
男の女々しい叫びに呆れつつ、リリは攻撃態勢を整えた。両手を胸に充て、は祈りを捧げる。
――巫女としてのリリの秘技。その一つを限定解放した。
「『迷える獣たち』降霊麗装」
神鳥は聖光に変貌した。
夕暮れの空に星は昇り、少女の衣となる。光の羽衣でリリは武装した。
「さて、どう狩りましょうかね」
神獣の魔力を宿したリリは魔物の頭上で滞空した。
魔物を観察していると、男の嘆きがまたもや聞こえて来る。
「ミアベルぅ、シファ、みんなに会いたいよぉ」
「ホント情けないわね。まあいいわ、助けたげないと」
リリは金色の光を編み、槍を生み出す。槍先の狙いを定めるや一閃、リリは真っ逆さまに落下した。
巫女は光と稲妻を纏い、雷霆の槍と共に臨界する。
「神聖魔法、麗人の輝槍――」
「異世界に帰りたいよぉ!!」
「……え!?」
衝突のコンマ数秒前、聞き取った言葉に耳を疑いながらもリリは獣を貫いた。
隕石の如き落下で魔獣を爆散させた後、リリは男の方へ歩み寄る。
「わっ、だ、だれぇ!?」
「あなた、さっき異世界って――」
土煙を裂いて進み、リリは男の前に立った。
何も理解できてない男はフリーズし、彼女を見つめる。
そして開口一番、何かを聞くわけでもなく男は呆けた顔で告白する。
「……可愛い、僕と付き合って」
少女は唖然、沈黙。
尋ねようとした本題も心配も忘れ、無駄をそぎ落とした言葉が吐き出される。
「キッモ無理!」
※
「待ってくれよぉ。置いてかないでぇぇ」
「魔獣からは助けたけど、今度はアタシが助けほしい気分だわ。制服着た女子高生に手ぇ出そうとするなんて生理的に無理」
「あっちじゃ結婚年齢低かったから感覚抜けてないんだよお」
男を振り切ろうと速足でリリは歩いた。純粋に関わりたくないという思いだけで。
それでもしつこく男は泣きべそをかいて着いていく。
「助けてくれたお礼がしたいから、名前だけでも教えてほしいな」
「……アタシは、鹿深近リリ。アンタにはあんまり勧めたくないけどまあ、呼ぶならリリィで良いわ」
「リリィちゃん! 素敵な名前だね。僕は山里碓喜。前の世界じゃ、タイキ・ヤマザードって名乗ってました」
「ダッサ……」
もはや彼女からは嫌悪感を隠す気もなかった。
「リリィちゃんももしかして、同じ異世界転生者なの?」
「世界はアンタと違うけどね。それとこっちじゃ転生経験者のことは、異世界帰還者って呼ばれてるわ。今アタシは同じ帰還者の友達と一緒に異世界帰宅部として活動してるの」
「他にもいるんだ! 案外みんな異世界に行ってるんだねぇ」
「で、アンタは? アタシだけ一方的に情報開示って癪だから話してよ」
「そうだなぁ……転生前からずっと親のスネカジリな無職二十六歳。女の子と付き合いたくて話しかけるけど、いつも逃げられる。今日もロリータ女子追っかけてたら魔獣に遭遇しました」
「真正のストーカーじゃない。やっぱりここで排除するべきかしら」
「お願い殺さないでぇぇぇぇぇぇ! リリィちゃんの足元にも及ばないぐらい僕って弱いんだよ!?」
「弱いって、何かスキルとか持ってないの? そういう人もいるとは思うけど」
「一応スキルはあるけど、戦闘向きじゃないんだ」
山里は立ち止まると、スライムやゼリーの感触に似た生ぬるい魔力を放った。
「――ユニークスキル『モテモテ』。魔力を持ってる相手の気を引く体質になる力。人間にほぼ効果なしで、魔獣や獣人族とかには効果抜群。今日もそれで追いかけられた」
「……それってただのデコイスキルじゃない。それだけは少し同情するわ」
「でしょー! 肝心の女の子相手には無力だってのにさぁ」
「まさかとは思うけど、アタシにかけたりしないわよね。普通に怖いんだけど」
「できても視線を僕に一度向けさせるのが精いっぱい。もし効いてたら、こうして話してる間に目がハートになってると思うんだけど……うん、効き目無し」
「試すな! それに生憎、アタシは前世で生涯の愛を誓った旦那様がいるから。他の男にはなびかないわよ」
念のため更に二メートルの距離を取りながらリリは会話を渋々続ける。
「それにしてもよく異世界で生きてけたわね。他には技とかないの? それともスローライフ勢?」
「戦闘力はゼロ。あっちじゃ女の子たちに守ってもらってたから無事だったんだ」
「女の子たち?」
「獣人や亜人族の女の子はスキル対象だから、僕のこと好きになっていつも敵を倒してくれてたんだ。みんな戦闘力高いし可愛いくて、冒険が毎日楽しかったなぁ。それにお風呂や寝る時も……えへへ」
そのニヤケ面をひっぱたいたリリは、既に人間に向ける目をしていなかった。
「ダメ、ありえない。本当に無理」
「そんなぁ!?」
「覚えときなさい、ハーレムは女子ウケ最悪なのよ。それ抜きにしても、性欲が前のめりに出てきてるとこが冗談じゃなく気持ち悪い」
「そうかなぁ。でも乙女ゲームは女の子も男に囲まれて嬉しそうだし」
「リアルとフィクション混同しないでよ童貞」
「僕童貞じゃ――」
「皆まで言わないで! もっと気分が悪くなる」
不快感が増すばかりの会話にリリの頭痛も酷くなっていた。
「この変態どうしようかしら。殺すほどの悪党でもないし、無島さんに預けるしか……あっ!」
「どうしたのリリィちゃん?」
「アンタさっき、お礼がしたいって言ってたわよね?」
「へ? うん、僕にできることならだけど」
その言葉をたしかに耳にした瞬間、彼女の頬が緩む。
「アタシの友達同士の仲直り、手伝ってくれない?」
リリが浮かべた悪戯っぽい笑みの意味を、山里が知る由はなかった。




