第二十八話 聖職者 羽山詩連の信仰
「すまないな。この辺りは坂道が多くてね」
導かれるまま、アスハは神父の後に続いた。
――退魔師を名乗る異世界帰還者、羽山詩連。
その全貌は謎に包まれた人物だったが、アスハは彼を信用した。
(さっき羽山さんが見せた技、あれは魔法なんだろうか?)
出現した魔物を瞬時に屠った浄化の光。その異様さをアスハは感じていた。
(ただ魔力で破壊するわけじゃなくて、消滅させてた。『限りなき無秩序』でも高度な技なのに)
恐るべき威力の正体を彼は気になったいた。だがそれ以上に、
(なんだか、不思議な人だ……)
羽山の独特な人間性を気に入っていたのだ。
ぼんやり思考していると、上り坂の頂上に達する。
「着いたよ。そこが私の住んでいる教会だ」
小高い丘の上にある教会は存外綺麗な外観だった。
簡素だが、十字架や時計などはしっかりと備え付けられている。
「こんな立派な教会があるなんて。さっきは宗教団体に属してないって言ってましたけど、もしかして表向きはってことで……」
「いーや、本当に所属してないし完全なる個人だ。経営も活動も」
「え」
「この教会も元々は別の宗教のものでね。信者数が増えて教会を移転するとのことだったから、その時に買い取った」
「じゃあつまり」
「お察しの通り、教会住みな趣味で神父してるおっさんだ」
「下手な宗教勧誘の人より危ない肩書きじゃないですか」
「比べるなら敬虔な信仰者を対象にしてはいけないよ。さっきも言った通り、私は神を信じていないのだからね」
彼の人柄と実力は理解したものの、その独特な宗教観と感性をアスハは受け入れ切れていなかった。
「すまないが、もうしばらく待ってもらっても良いかな。子供たちがまだいる。適当に中でくつろいでいてくれ」
「えっ?」
アスハが教会の入り口付近に目をやると、扉の前では学校帰りの子供たちが集っていた。児童らは無邪気な笑顔で走り寄ってくる。
「おっちゃん戻ってきた! 聞いて聞いて、算数のテストで今日満点取ったんだ」
「凄いじゃないかダイキ君。あれだけ計算が苦手だったのに、よく頑張ったね」
「ねぇねっ、神父のおじさん、わたしも頑張ったの! なわとびで昨日より二十回多く跳べたの」
「ハッハッハ。素晴らしいね。その努力と嬉しさを忘れてはいけないよ」
羽山は子どもたちの話を回って聞き、褒めては頭を撫でる。いかにも神父らしい行動を、もっとも神父から遠い男がしていた。
しばらくアスハは羽山と子供たちの交流を眺めていた。
※
児童の見送りと保護者への挨拶を終えた羽山は教会内へ戻る。先に入っていたアスハは聖十字前の最前列に座っていた。
「待たせてしまったね、アスハ君」
「意外でした。子供達だけじゃなくて、保護者からもあんなに人気があるなんて」
「ボランティアやPTA活動もしているからね。信用を獲得できさえすれば、案外受け入れられるものだよ」
笑いを零して神父はアスハの隣に腰を下ろす。
「それでは、聞こうじゃないか。君が抱えている悩みについて」
「いきなり、ですね」
「少しづつで良い。同じ帰還者同士だ。語れることからで構わない」
アスハは経緯を明かした。ツムギとの出来事、そしてこれまでを――
語り終え、しばしの静寂が教会に訪れた。
「そうか、君と同じく異世界から帰ってきたお友達か。なかなか数奇な縁に恵まれてるじゃないか」
「ええ、でもそんな友達と喧嘩してしまって。人と仲違いしたことがないから、どうすれば良いかわからなくて」
「キミ達の場合は異世界帰還者という特別な事情が絡んでいるが、本質は変わらない。自分の感情と相手への遠慮、そのすれ違いでお互い苦しんでいるんじゃないかな」
「……そうかもしれません」
アスハは改めて、自分と友がなぜ決別に至ったかを再認識する。
「羽山さんもこういう経験はありますか?」
「ハハ、偉そうに言ってはいるが、私もそんなに経験が多い訳じゃない。職業柄、友も同業者も少ない身だったからね」
「さっき言ってましたよね。退魔師、って」
「私は元より、退魔を生業とする一族の末裔でね。私が最後の継承者なんだ」
発言を受けてアスハは驚愕した。
「退魔師の家系……? それって異世界で得た技術でなくて、元々この世界にそんな人達がいたってことですか!?」
「驚くのも無理はない。この世界には魔法も魔物も昔から実在した。こうなる前からね」
「あんな魔獣をまさか、羽山さんたち退魔師の人達だけで今まで……」
「いいや、魔獣といっても君が戦っているものより遥かに弱い存在だ。昨今の個体とは比較にならないほどのね」
「弱い存在?」
「悪霊、妖怪、物の怪、どれも人一人の心を追い詰めるか、一人づつ呪殺することが関の山の怪異。直接食い殺すなんてバケモノはいなかった」
「だとしたら、あの魔獣たちは?」
「つい数年前から始まった異世界転生者達の帰還。それが世界の均衡を破壊したのだ」
アスハは無論、無島からも伝えられなかった事実に衝撃が続く。
「根本の原因は不明。だが事実、異世界帰還者が増えてから魔獣の強さは増すばかりだった」
「それって羽山さんが帰還した時も、ですか?」
「そうだね。二十年前、私が転生から帰ってきた頃は今よりマシだったかな」
「羽山さんっ、異世界帰還したの、二十年も前なんですか!?」
「ああ。若くて血気盛んな頃に異世界へ飛ばされたのさ」
「そんなに前から、異世界帰還は起きてたんですか?」
「いいや、現在の異世界転生や異世界帰還のペースが異常なだけだ。事象自体は古来から稀にあった」
次々に明かされる新事実にアスハの理解は追い付かない。
羽山曰く、自分の異世界帰還の後年から現象は増加したと語る。
「この異世界転生、帰還の異常発生はいつか突き止めないとね……だがある意味好機だった。異世界での経験は退魔師として成長だけでなく、人生の在り方を知った」
「人生の在り方?」
「私が神父の真似をしようと決めたのは、異世界で神と遭遇したからなんだ――神などこの世界にいない、その事実を理解したことでね」
矛盾するその発言にアスハは当惑する。
「私の渡った世界では神も天使も悪魔も、人間に近い存在だった。その実態は人間並みの人格しか持ち合わせていない、単なる上位種族だったさ」
「ただの、上位種族……」
「異世界で私は全能神などいないと悟り、信じないことにした。仮に神がいたとしても、我々個人だけを狙い打って寵愛や裁きを与えるなどありえない」
「その考えは、少しだけ分かる気がします。神が全ての運命を決めているなんて思えません。思いたく、ありません」
――灰燼の心に再び過去が映る。
何も残らない地平線、屍の丘と血染めの地面。あの過ちだらけな選択の結末を、自分以外の誰かや運命のせいにはできない。贖いを求める彼の魂が神を否定する。
「だが私は信仰そのもの、人の信じる心を尊ぶ」
「神じゃなくて、信仰を……?」
「存在しない神であろうと人の心を洗い流し、民草に活力を与え、愛や正しさを人の手を通じて人々へ伝えることはできる。ようは神も舞台装置という訳だ」
神父もどきは神を信じないが、その役割を肯定する。
「神の存在などどうでも良い。肝心なのは神を信じた人々が報われること。これが肝要なのだと、異世界でようやく悟ったのだ……」
ステンドグラスの天窓を見上げ、羽山は真理を語り切る。
神父らしからぬ信念を持ちながら、その精神は本物の聖職者にも劣らない気高さを誇っていた。
「少々、自分語りが過ぎたな。君の相談だというのに。ハハハ」
「いいえ、お陰で少し元気をもらえました」
「そうか。それなら何よりだ」
「……羽山さん、お願いがあります」
「ほう、何かな?」
「羽山さんの技術、退魔師の力は俺にも習得することができますか?」
先刻の発言でアスハは察していた。人が体得できる技術ならば、自分も継承できるのではないかと。
「求める理由はなぜだい?」
「さっきも話した通り、俺はスキルで戦うしかないんです。世界を滅ぼした、この危険な力で……」
握った拳をアスハは見つめる。
「それがもし、貴方の技術を身に付けられたら、俺も戦える。世界を危機に晒さず、ツムギに追い付くことが」
単に戦闘術を教わりたいわけではない。
異世界で与えられた力にのみ依存する戦い方にアスハは懐疑的だった。そんな授けられた力だけで苦しむ友を、研鑽の末に英雄となったツムギと対等になれるのかと。
「話を聞いて、貴方に教わりたいと思いました」
羽山の教えの先に答えがあると信じ、アスハは懇願した。
「――俺に、あなたの戦い方を教えてください」




