第二十七話 聖職者 羽山詩連の邂逅
部室を後に通学路を歩く人影は一人分しかなかった。
「……今日もダメだったか」
ツムギが姿を消してから、実に一週間が経過していた。
病院から退院したとの連絡を受けたものの、その後の足取りは不明のままだった。
「こういう時、どうすればいいか知らないんだよなぁ……」
あれから魔物討伐へ行く頻度は減り、リリとの会話もどこか弾み切らない日が続いていた。
アスハはやるせなさを嘆く。彼は生涯を通じ、異世界でもこんな経験はなかった。
「喧嘩、したことないんだよね」
空っぽの胸から零れた弱音。それを聞きつけた者は道端で声を掛ける。
「――思い詰めてる顔だね。道標をお探しかな、少年」
振り返った先で佇む男は諭すような声音で語り掛けた。
「突然ですまないね。急用でもあったかな?」
丈の長い黒の祭服。百九十センチを超える長身に、衣越しでも伝わる筋肉。丸眼鏡から覗く座った眼差しと微笑み。身構えるなと言う方が無理な風貌だ。
胡散臭い出で立ちと雰囲気に加え、胸元に下がる十字架が男の怪しさを増す。
「あなたは、神父様?」
「んー、そんなところだな」
「ごめんなさい、宗教は……」
「ハッハッハ、いきなり聖職者が話しかけてきたら警戒もするか。安心しなさい、私は神を信じてないよ」
「え?」
「そもそも私は、宗教団体に所属すらしていない。ただ趣味で神父をしてる者だ」
「一片も余さず変質者じゃないですか。失礼します」
要するにただのコスプレだ。下手な勧誘を受けない内にとアスハが踵を返した時だった。
「――友との軋轢、後悔と葛藤。その苦悩はきっと君を導くだろう、凛藤アスハ君」
神父の言葉にアスハは足を止める。
「どこで俺の名前を?」
「近頃、魔獣を討ち取って回ってる若者たちがいると小耳に挟んでね。多少の情報は仕入れていたんだ」
男に敵意はない。無論、攻撃の気配や不審な動きも。
僅かにアスハの身体が強張ったことを悟りながらも、神父は柔和な態度を貫く。
「安心したまえ。君の思っている通り、敵意も目論見もない。ただの中年からのお節介だ」
「ただの中年から魔獣なんて言葉、早々出るものじゃありませんよ」
「はっはっは、言うじゃないか」
アスハの警戒心がただの困惑に変わろうとしていた時、男の背後に気配が現れる。
沈みゆく太陽。日差しが生んだ陰から魔獣が這い出る。
石の遺跡に象の四肢が生えたような魔物だった。口と思われる穴の中からは無数の目玉が蠢く。アスハでさえゾッとする様相だ。
「人が説法を説いてるというのに、最近は困ったものだ。まだ日も落ちていないうちから出るとは」
神父は面倒そうに溜め息をつく。背後の怪物へ振り向きもせずに。
「神父の人、下がっててください。この魔獣は――」
「必要ない。私が半歩動くまでもないさ」
男は軽く手を振る。直後、閃光が魔物を両断した。後追いの閃光が煌めく。
その白光にアスハは異質なものを感じた。
「スキル……じゃない。今のは」
「切っただけだ。ただの腕の一振り」
神父の手には十字架が握られていた。
十字架の先は刃物のように鋭利だったが、カッターナイフにも満たない刃渡り。そんな刃が魔物に致命傷を与えたのだ。
男は十字架に口付けし、短い句を詠唱した。
「眠りあれ」
光の奔流が湧き上がる。蒼白の光は天へ向かい、魔物を焼き払う。
屠り去ったその一撃は、魔力自体を消滅させた。
恐るべき芸当にアスハは息を飲む。
「きっと神は不在だろう。仮にいたところで、我々のような個人に気を配っているほど暇でもないだろうな」
十字架を布で拭い、神父は語る。
「寵愛も、審判も、奇跡も、救済も。人が与え、下し、叶え、差し伸べるものだ。そうであるべきものだ」
男は神へ祈りはしない。人として出来得る行いとして、アスハに手を差し伸べる。
「ゆえに神に代わって私が導こう。かけがえのない隣人、得難い友との衝突は時に必然。肝要なのは、ここからどう変わるか、どう変えるかだよ。アスハ君」
出会って間もなく、たった今魔物を一瞬で片づけた実力の持ち主。普通なら警戒するだろう。
だが不思議とアスハは怪しまなかった。神父の声、表情、言葉、仕草に嘘や邪なものは感じられなかった。
自分の勘を信じ、アスハは尋ねる。
「名前を、伺ってもよろしいですか」
「おっとすまない。申し遅れていたね」
神を信じぬ奇妙な神父は若人に名乗る。
「退魔執行代理人、羽山詩連。退魔師の最後の継承者であり、君と同じ異世界帰還者だ」




