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第二十六話 またあの部屋で

「全くツムギったら人の気も知らないで」


 病院から抜けたツムギを追い、リリは夜道を駆けた。魔力の痕跡を辿ってその姿を探す。その果てに、彼女は道で呆然と佇むアスハを発見した。


「あ、アスハ! ツムギは見つかっ――どうしたの」


 駆け寄った途端、リリは異変を察する。

 ツムギへの心配を一時でも忘れてしまうほど、その表情は虚ろで満ちていた。


「ごめんねリリ、ツムギは見つかったんだけど。ちょっと喧嘩しちゃって」


「……何があったの?」


「説得は試みたけど、ダメだった。俺の言葉じゃ、彼を傷つけただけだった」


 夜の闇の下、アスハは自問自答を繰り返していた。


「ツムギは、努力してたんだ。異世界で手に入れた生き方を取り戻そうと、誰よりも」


「っ……」


「ツムギは、英雄だ。英雄の生き方を望んでる……なれなかった俺は、かけられる言葉がなくてさ」


 自責の念に潰されないよう、リリはアスハの頭を静かに撫でる。


「ごめん、アスハ。ツムギの状態も分からないまま、アナタに押し付けちゃった。私の責任」


「リリィが謝る事じゃない。勿論、ツムギが悪いわけでもない。だから気に病まないで」


「でも、このまま放っておくわけにもいかないよね」


「……俺は、それでも良いかと思ってる」


「えっ?」


「放っておくっていうより、一時的に距離をおいた方が良いって方が正しいかもしれない。今は何をしても、俺の言葉はツムギに届かない気がする」


 それはアスハに今出せる最善の答えだった。


「僕らの心配が返ってツムギが遠ざかる原因になってしまうなら尚更。せめて病院にだけでも行ってもらえれば良いんだけど」


「……分かった。けど」


 努めて毅然とした顔を構え、リリは瞳をアスハへ向けた。


「アタシ、異世界帰宅部が好きなの。絶対このまま解散なんて嫌だからね」


「俺もそうだよ。だから二人だけでも、あの部室で待ってよう。ツムギがいつでも帰ってこられるように」


 失意の海から顔を出し、灰の心は息継ぎを覚える。

 三人でまた集う異世界帰宅部の部室を想像し、胸のざわめきをアスハは収めた。


「ツムギのことは、一回無島さんにお願いして見ててもらおう」


「無島さんに、か。適任かもしれないけど、忙しいのに引き受けてくれるかな」


「やってくれるわよきっと。だって大人に頼るのは子供の特権なんだから」


「そうなの?」


「そ。だから今ぐらいは、お姉ちゃんに甘えちゃいなさい」


 リリは両腕でアスハを包む。母のようにそっと抱き締め、その背中を優しく叩いた。


「アスハ、無理してるのバレバレだから。そんな我慢しなくていいよ」


「……リリィは人のことをよく見てるね」


「社交界で飽きるほど人の顔見て来たから、多少はね」


 アスハは動くことなく、彼女の腕の中で震えを堪えた。


「ツムギから言われたことで傷ついた?」


「少しだけ、ね。でもそれは良いんだ。言われたこと自体は別に、大したことは思ってない」


「じゃあ、ツムギを傷つけちゃったこと自体に傷ついてるんだ」


「キミは読心魔法が上手いね」


「フフッ、魔力切ってるって」


 軽口を返せるようになった頃には、リリの肩に数滴の涙が滲んでいた。


「アスハは優しいし、人より辛い過去があるからね。人が傷つくこと自体に敏感だと思うけど、あまり思い詰めないで」


「……ああ」


「アタシもちゃんと信じてるから。仲直りして、また異世界帰宅部が集まることを」


 祈りは静寂の中で語られた。

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