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第二十五話 炎と灰の決裂

 手負いのツムギは巨狼の前に立ちはだかっていた。


「なんでか知んねぇけど、単独の巨大魔獣が増えたよなぁ」


 その意識は既に虚ろ。痛みの感覚さえ投げ出して、余分な感覚を遮断する。

 血染めの金髪は躍動した。


「それならこっちもやりやすいけど、なァァァァァァァ!」


 魔獣が反応出来ない内にツムギは駆け出した。


「『最適化(オートクチュール)』改造変身――月下の獣(ビースト)


 スキルで四肢は長細く変容。黒豹の毛をその身に装着する。

 ギアの上がった機動力は、巨狼の反応速度を超過した。


 だが無理に傷を閉じた肉体改造が、負荷としてダメージを蓄え続ける。


「経験値が出ない……のは前からか。そうだそうだ、こっちの世界にはステータス画面も見れないンだった」


 ツムギは加速を続け、振り上がった巨狼の前足を走る。

 蹴りで獣の脚を粉砕し、魔獣の眼前まで駆け昇る。


「称号獲得も、レベルも、スキル取得もない。こんなに不便だったっけ? 何ができるかも、わっかんねェや……」


 眼前まで接近した直後、狼は頭を振った。

 攻撃体勢だったツムギはモロに攻撃を受ける。頭の一振りで彼は地面へ叩きつけられた。


「かっ、げはッ……」


 衝撃で内臓から出血。吐血し、裂傷も深刻化した。

 それでも尚、彼の闘志は途絶えない。脳震盪が収まる間もなく立ち上がり、口元の血を拭う。


「いいさ、見れないだけで、きっと何かの称号ぐらいはゲットしてるはずだ。こんだけ頑張ったんだから」


 眼光は獲物から逸らされない。睨んだままヘアピンを剣へ変化させ、ツムギは自分を鼓舞する。


「オレは、日輪。日輪のツムギなんだから――」


 刹那、蒼光が獣に落下した。

 スパークを纏った光は飛来し、狼を上から叩き潰す。魔獣は理解もできぬまま消滅した。


「ツムギ!」


「――えっ」


 クレーターの上には、不安そうに見つめるアスハが立っていた。

 討ち取った魔物には一つの目もくれず、アスハは立ち尽くすツムギに駆け寄る。その肩を掴んで安否を確かめた。


「無事か? 怪我は! 傷口は開いてないか?」


 苦戦していた魔獣が一撃で屠られ、無へ還っていく。その光景を目にしたツムギは、夢から醒めてしまったようだった。


「アス、ハ……」


 瞳の中は絶望に染まる。


「これだけ重傷なのに病院から抜けて。これ以上は危険だよ、身体がもたない」


「……ああ、良いんだ。こんなの、大したことじゃないって。オレは大丈夫だから、負けても、怪我しても、立ち上がって、またさ――」


「キミがここまで無理をする必要ない。無島さん達も俺達もいるんだ、一人で立ち向かわないで良いんだ」


「……じゃあどうしろってんだよ」


 腹から沸き上がる怒り。無力感に打ち震え、日輪は悲痛に叫ぶ。


「オレはどうやったら、また昔の自分に戻れるんだよッ!」


 飢えに似た、焼け焦げた感情が彼の内から爆発する。


「オレにとっての正義が()()なんだよ! 目の前にいる敵に、問題に、全部に、正面から立ち向かう。諦めねェで向かい続ける。それがオレって人間の生き方だ」


「つむ、ぎ?」


「オレの体なんかどうなっても良い。オレ以外の血が流れないなら勝利だ。最後に生きてりゃそれで良い!」


「そんなの、無茶だ。あまりにも破滅的だよ」


「心配なんかしなくて良いんだよ! 今までがそうだった。こうやって生きて、成り上がってきた。お前は知らねぇと思うけど、オレはずっと――」


「ツムギ、それは蛮勇だ」


「ち、違う……それが、オレの生き方なんだ。もう変えられねェ在り方なんだよ。だってオレが頑張りゃ、最後にはきっとみんな笑って――」


「落ち着いてくれツムギ。ここはもう異世界じゃないんだ」


 饒舌だったツムギがその一言で止まる。


「……ああ、そうだよ。ここは異世界じゃない。ここには、お前らがいる」


「そうだ、キミには俺達が――」


「オレ以外の英雄が、もう他にいる。オレより強ェ、器もある、別世界を生きて帰ってきた英雄が」


 アスハはツムギの表情に恐怖を覚える。

 獣のような飢餓感と、その奥で燻ぶる憧れと落胆。言葉はなくても、ツムギの心は瞳に滲んでいた。


「強さとか、偉さとか、別にそんなもんに固執してる訳じゃねェ。それでも、死ぬほど異世界で頑張ったんだ」


 震えたか細い声で日輪は語る。


「戦って、人を助けて、伝説を作って、英雄になった。けどその結果が、これだ」


 喉が裂けてもツムギは止まらない。


「酷い話だろ? ある日いきなり飛ばされた異世界。いつ死ぬかも分かんないとこで、胸張って話せる人生を送ってきた。それなのに、それなのに……!」


 それは訴えだ。糾弾だ。世界へ向けた怨念だ。吐きどころのない、ぶつける相手さえいない怒りだった。


「こっちの世界に帰されて、はい全部なかったことになりました、なんてよ。あんまりだ、あんまりだろ? オレはそんなの、望んでなかったのに……」


 ツムギはまさに、人生を奪われたのだ。

 たとえ一時の夢だったとしても、彼は目覚めを望んではいなかった。


「また頑張ろうとしても、お前たちをどうやっても超えられなくて、足引っ張ってばっか。あとはもう、命張って突き進むしか、オレはオレを取り戻せない」


「ツムギ。キミは英雄だったかもしれないけど、今でも英雄である必要はない」


「分かってる、必要となんかされてねェ。でも、オレ自身がそういう生き方しないと、二度と自分を認められないんだよ」


「ツムギ……」


「数えきれない人を救ってきた。尊敬されるようなことをしてきた。あの世界で全力で、英雄として生きた。頑張った、頑張ったんだよ! バカで何も取り柄のなかった男が、きっかけもらってからずっと、ここまで……!」


 嘆きは止まり方を見失う。彼自身も、自分が何を話しているか分からなくなるほど。


「普通の人間になんて戻れない。戻りたくない。あんな窮屈な生き方、もう嫌だ……特別だった頃の自分に、戻りたい」


「ツムギ、キミは――」


「お前に分かるわけねェよアスハ! 栄光とか、名誉とか、一度でも手に入れたことなきゃこの気持ちは……あ」


 ここでようやく、ツムギは自分が何を吐いたかを理解した。

 アスハの表情が一瞬、刺されたように悲哀で歪んだところを、ツムギは見逃さなかった。


「すまない。たしかに俺には、英雄だったキミの気持ちがわからない。ごめん……」


 過去に栄光を掴んだツムギに、アスハが言えることはない。灰燼の心が、英雄の二文字について語ることを許さない。

 英雄になれなかった自分が、英雄に至った彼に掛けてやれる言葉などないと、アスハは口を閉ざす。


「……すまねぇ」


 謝罪だけを残し、ツムギはその場から立ち去る。踵を返し、骸のような体を病院へ向かって引きづった。

 ツムギは自己嫌悪に苛まれ、友を傷つけた後悔に胸を締め付けられる。


「やっぱりオレは紛い物だ。アイツの方こそ、みんなのために戦った本当の英雄だってのに、オレは……」


 かつて英雄だった者は、焦げついた胸を掻き毟る。

 日輪だった炎と燃え尽きた灰燼は、その夜に進路を交えることはなかった。

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