表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/67

第二十四話 目指した空は異世界の彼方

「あれ、またツムギは休み?」


「街のパトロールなんだってー。部活には顔出すらしいけど」


「なんだかこういう日が増えたね」


 三日連日の休み。夏期講習も差し迫った予定もないはずの異世界帰宅部活動日。

 それでも部室にツムギの姿はなかった。


「昨日も結局来なかったね」


「今日は来るって言ってたんだよ~? 別にキッツい運動部じゃないんだし、サボるとしても連絡くれればいいのに」


 むくれ顔のリリは愛猫の肉球をぷにぷにと触った。ネコはあまり快い顔はしていないが。


「……ねえリリィ、ツムギってもしかして――」


 アスハが言い淀んだ直後、パリンッと甲高い音が響いた。割れた窓ガラスが床一面に散らばる。


「きゃあ!?」


 割れる音と同時、窓を突き破った何かがテーブルの上に着地する。

 埃舞う室内へ転がり込んできた物体は人間。その顔を見た途端に声を上げた。


「ッ、ツムギ!」


 流血したツムギが卓上で転がった。

 全身から多量の出血。魔力も枯渇し、手足は打撲や裂傷が酷い。呼吸も浅く危険な状態だ。


「なにこの酷い出血っ、瀕死じゃない!」


「応急処置だけなら俺のスキルで間に合う。リリィ、回復魔法はどの程度まで治せる?」


「ここまでぐちゃぐちゃだと完璧には治せない。下手に傷を回復させても感染症と体力切れが怖いわ」


「一度仮死状態にする。病院へ運ぼう」


 アスハは『その身に片時の(オーバー・)休みあれ(ナイト)』で応急措置を取り、ツムギの時を停止。そのままリリの魔術で二人は病院へツムギを緊急転送した。


 ※


 ツムギを病院へ送った帰り道は、すっかり日も沈んでいた。

 病院を後にしながら、怒涛の対応に疲れたアスハは無島と通話する。


「すいません無島さん。お仕事中にご迷惑をおかけしました」


『ったく。今回は自力で戻ってこれたみてぇだが赤原のやつ、失血死寸前だったぞ』


「とにかく無事で良かったです……今の状態はどうですか?」


『余すとこなく重傷だ。さっき目ぇ覚まして命に別状はないらしいが、医者は絶対安静だと』


 通話越しでも分かるほどの深い溜め息が聞こえた。


『今後はどうする?』


「ツムギの世話や家族への連絡等は一度リリが。俺も明日お見舞いに行きます」


『目が覚めたらそのバカに言っとけ。無茶に働き過ぎだってな』


「それってまさか、ツムギが言ってたパトロールのことですか?」


『ああ。最近、赤原が魔獣の七割以上を単独で狩ってやがる。立場的に助かっちゃいるが、これ以上は監督役として看過できん』


「ツムギ、なんでそこまで」


『明日になったらキツイ説教だな。異世界じゃ英雄だったとしても、今はただのガキ。本人が自覚出来てないまま、気持ちだけで体動かしちまってんだよありゃ』


 厳しくも的を得た見解が語られている。最中、スマホの向こうからリリの切迫した声が響く。


『無島さん大変!』


『次から次にどうした』


『ツムギが病室にいないの。病院抜け出しちゃったみたい!』


『ハァ!?』


 会話を耳にしたアスハは、それが何を意味しているのかを理解する。


「ツムギ……!」


 嫌な汗を流したアスハは走り出す。

 スキルの最大速度で加速し、街中に意識を巡らす。ツムギの弱まった生命反応と魔獣の魔力を辿った。


 ※


 包帯を垂らし、息を乱す影。今にも倒れそうな少年は夜道を彷徨った。

 病院衣のまま、亡者となったツムギは徘徊した。朧げな意識の中、かつての記憶を懐古して。


「ハァ、ハァ、いてぇ……けど、大したことねェな。魔神官の呪いとか、アルベスの霊墓に落ちた時の方が、よっぽど辛かった」


 一般人であれば意識も保てない痛みだ。内側から焼かれるような痛みがツムギを襲う。


 しかし彼の記憶は、魂は、その痛みを覚えている。そして()()()()()()()()()()()

 今の肉体では乗り越えられない傷でも、魂がまだ進めると否定する。代償に傷の一部が開き始めた。


「さぁ、餌が来てやったぞ」


 ボロボロのツムギは魔力を垂れ流す。自らを囮にしたのだ。

 釣られた魔獣は目論見通り、彼の正面で待ち伏せていた。


「先週からだなァ、魔獣が多い。SS級ダンジョン……いや魔竜山脈を思い出すな」


 焦点の定まらない目でも、獣の輪郭は逃さない。

 鉄の毛皮を纏う巨狼の魔獣。獣は涎を垂らした口で吠えが、ツムギは怯まない。


「脅してんのか? 無駄だよ。こっちは今更、失うモンなんかねェんだっての」


 彼は知覚できるだけの傷に『最適化(オートクチュール)』を施す。

 回復ではない。肉を無理矢理繋ぎ直し、激痛と消耗が織り成す荒業だ。一歩間違えば死に至る。


 酷使を強いてきた肉体は悲鳴を上げる。だがそんな叫びなど霞んでしまうほど、ツムギの心は悲痛に喘いでいた。


「もうとっくにねェンだよオレには! この世界に戻ってきた時点で、全部パァなんだよ!」


 失った栄光を求める目は、絶えず血を流し続けた。



 ――日輪。その名で彼は謳われていた。

 英雄として名を馳せ、異世界の空を照らした日輪の炎。夢物語のような異世界人生を生きた男。

 それが異邦の英雄、赤原績だった。


 残り火(げんそう)は今日まで、彼を焼き焦がした。

 弱くなった己の身体に幾度も失望した。同じく異世界を生きた友の圧倒的な力に何度も打ちのめされた。

 ――もうお前は英雄ではない。心の中で響く声は、日輪自身を燻ぶらせていたのだ。


 ツムギは再び憧憬する。異世界で手に入れた英雄の称号に。


「奪おうってんなら、かかってこい――ここが次のアルカディアだッ!」


 日輪の双眸は鋭さを帯びた。

 飢えた瞳の奥は、カラカラに渇いた正義感が燃え盛ってた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ