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第二十二話 夜食

 前代未聞の異世界帰還者襲撃事件。その結末は『紅き剣聖』グリフェルト・ネビレウスの捕縛によって幕を閉じた。



 だが時同じくして、月夜の道端を這いずる影があった。


「ハァ、ハァ……まだ、だ。終わって、たまるもんか」


 デルネウゾを自称していた男は奇跡的に命を繋いでいた。

 無島に空へ殴り飛ばされた後、微かな魔力を放出して落下衝撃を緩和。街路樹の上に落ちたことも幸いしていた。


「いだ、い……うう、どうじで、ごんな」


 だが肉体の損壊は依然として致命的。下半身は意味を成していなかった。

 血と泥に塗れた体で奇術師は這って進む。


「スキルが奪われても、魔術はまだ使える。魔力が溜れば回復できる……そうだ、また別の異世界帰還者に取り入れば良い。良い帰還者(カモ)がいるかもしれない」


 下卑た欲望だけが汚れた血肉を前に進める。


「っ!」


 付近に気配を感じ、男は声を荒げた。


「うっ、だ、だれだ!」


「ンニャ~」


 そこにいたのは白猫だった。頭にMの字で黒毛が生えているだけの子猫。

 猫は死に体の男の前に座す。


「猫、か……ははっ、お前も野良か」


 猫は警戒も懐きもせず、半壊した人間を眺めるだけだった。


「いつからだっけなぁ、周りに人がいなくなったの」


 張りつめていた緊張は些細なきっかけで解ける。男の口からは疲れ切った笑い声が漏れていた。

 吐息を漏らして彼は追憶する。


「ダチと万引きしてた時は楽しかったなあ。ま、全員しょっぴかれたけど」


 男だけは逃げ延びた。警察に情報を流し、巧妙な話術とアリバイ工作で彼らとの証拠を隠蔽したのだ。


「詐欺で振り子やってた時は、別に仲間とは親しくもなかったか」


 常に仲間達がボロを出す瞬間を下衆は狙っていた。山分け前の金を騙し取り、最終的に別の街まで逃げおおせた。


「転売始めてからは、めっきりだっけ……」


 転売行為の中でも彼は悪質だった。正規品を送らないことは当たり前。

 食品に至っては違法薬物を混ぜ、購入者を中毒にして販売を継続していた。


「異世界、楽しかったなぁ。平民の頭は単純で、騙し甲斐があった。み~んなボクちんのこと英雄って讃えて、裏で魔王じみたことしてる事に気づいてすらなかった。良い世界だったよ」


 外道は悪逆の限りを尽くした。

 歴史的拷問の再現、虐殺、強姦、放火。それらを無実の人間に着せ、時に真相全てを話した後に民を皆殺しにするなど、思い付く限り悪を為した。

 まさに悪魔の所業。彼は異世界に地獄を築いていた。


「楽しかったなぁ。転生先でも、また……」


 視界も狭まり、男の意識は飽和していく。

 冷え切った体へ最期の温かみが訪れ、安らかな眠りへ誘う。


 その表情はどこか、落ち着いて――


「クハハハ。とことん腐った性根だな、小悪党め」


「……へ?」


 低く重い、地鳴りのような男の声が響いた。

 驚きのあまり彼は周囲を見渡すが、人の気配は一切ない。


「どうした? 話しているのは我だぞ下衆。それともなんだ、耳が潰れて聞き取れないか」


 声の主は至近距離にいた。

 恐る恐る顔を上に傾けると、男は白猫と目が合った。猫は小さな歯を見せて高々に笑う。


「勘の悪いガキだ。これでようやく分かったか」


 信じ難い光景を前に、男の思考は鈍化する。


「ねこが、しゃべ、って」


「間抜けな面だ。だが先の生意気さに比べれば、いくらかマシといったところだな」


 嘲笑し、舌なめずりする。次の瞬間、猫の口は半月状に開く。

 口内はおびただしい数の牙が生え揃っていた。


「さて、夜食とするか」


 猫の頭部は一気に膨張し、口は男の頭を丸ごと包む。


「ぁ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


 猫は男を口に詰めるやゆっくりと、その肉を噛み潰した。ボロ雑巾のような肉を鋭利な牙で細かく突き刺す。


 数回の咀嚼を終えた頃、断末魔は途絶える。

 食べ残しのないよう、猫は道の肉片や大きな血だまりまで綺麗に舐め取った。


 夜食を終えると猫は下品にゲップを鳴らす。


「……ふむ、小悪党には当然の末路よ。味は最低だったがな」


 胃もたれ気味の体を背伸びで反らし、消化を終える。

 身を解して緩んだ顔を猫は夜空へ向けた。


「それにしても、リーマのヤツめ。面倒な役割をよこしおって」


 文句を溢しながらも表情は穏やかだった。

 輝く星々を見上げながら、猫は主達のことを頭に浮かべる。


「さて、《《飼い主様》》共も戦闘を終えた頃か。帰ったら、あの『つぅーる』でもねだるか」


 夜道を歩く猫の頭は、おやつの保管場所についてでいっぱいになっていた。

第一章『異世界帰還者集結編』完


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