第十九話 詐欺師への制裁
眠る街に降る星は、無骨な瓦礫ばかりだった。
廃ビルの欠片、魔力製の刃物が火を纏い、無島に降り注ぐ。
だが無島は一切を砕いて消滅させる。街への被害さえ防いでいた。
「粗雑な物量攻撃、攪乱、ちょこまかと身を隠す面倒さ。本人の強さは脅威じゃねぇが、周囲の被害対策で後手に回される。凛藤が手こずるわけだ」
『空想回帰』は常に発動状態。無島はスキルと拳のみで真っ向から奇術師の策を打ち破る。
「どういうスキルなんダ。ボクちんの天命操作が阻害されていル」
デルネウゾは困惑した。
幾度となく無島へ施した弱体化が掻き消される違和感。それを上回る彼の剛力に、彼の方が翻弄されていた。
「それにこの男、ロクに魔力を消費していなイ。なのにこの身体能力ッ」
デルネウゾは気味悪がった。偽翼で飛ぶ己に、脚力で空翔ける無島に。
直後、デルネウゾの真横を一発の弾丸が通過した。弾は奇術師を置いてあらぬ方向へ飛んでく。
「銃撃? ハッ、エイムが下手くそだネ。それにそんな遅い弾なんてボクちんには無意味――」
「はなからお前は狙ってねぇ」
「何を負け惜しみ――まさカ!?」
デルネウゾは振る返り、背後の瓦礫が消えたことを理解する。
奇術師が控えていた瓦礫弾は悉く消失した。弾丸に込められた『空想回帰』一つで。
「拳銃は便利だな。お前みてぇに弾丸が致命傷にならねぇような輩には、簡単に油断を誘える」
「お、のレェ」
「でも困っちまうな。俺は長距離技がねえから、ビビって逃げられちゃどうしようもねーなぁ」
あからさまな挑発だ。しかしデルネウゾの自尊心はその不敬を許さない。
「こ、の……凡俗ガ!」
「へっ。リロードまで待ってやろうか」
「邪魔ダァァァァァァァ!」
魔力で編まれた銃火器が街中に出現した。狙いは無島の心臓一点。
集中砲火が繰り出される。弾丸、火炎、毒液、魔力弾、ホーミング弾。デルネウゾ全力の絨毯爆撃だ。
「余計なモンが多過ぎる」
無島は意に介さない。スーツの影は一歩、また一歩と接近しながら全てを躱す。
弾丸の雨を物ともしない死神の足取りを前に、魔人王は吠える。
「ボクちん達はこの腐った世界を正しい姿へ戻ス! ニンゲンは統治によって、真に幸福な未来をッ――」
「おいペテン師。おまえのそれ、全部嘘だろ」
その一言はデルネウゾを止める。
「……なんだト?」
「転生する前からずっと刑事やっててな。てめぇみたいな詐欺師なんざ腐るほど見て来てんだよ。こんだけ顔拝んでりゃ、腹の中身も透けてくる」
「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ――」
「漁夫の利でも狙ってんだろ。計画の一部が利害一致してるだけで、自分んとこの大将さえ頃合い見て食っちまおうって魂胆だ。違うか?」
「……!」
「都合よく乗っかって、最後は全部ぶち壊そうと思ってんだろ。お前みてぇなヤツは、大抵ただの愉快犯なんだよ」
「……驚いた。まさかこのボクの考えをそこまで読んでるなんてね」
それまでどこか飄々さを残していた奇術師の顔が冷徹さを帯びる。
デルネウゾは凍った顔つきで無島を睨む。だが次第に嗤いを取り戻した。
「ああ、その通り。理想の独裁国家も、剣聖に加担する理由も、世界を統治したなんて過去も、全ては上辺の共感だ」
正真正銘の開き直りだ。
「デルネウゾも、魔人王たるこの名も、全ては盗品。ある幽谷の主から簒奪したものさ」
「カスだな」
「ボクは狭苦しい世界が嫌いだ。もっと自由に、痛快に、ボクがいくら暴れても暴れたりないぐらい世界は! 異世界のようにあるべきだ!」
昂る奇術師は尚も繰り返す。
「ボクがなんて呼ばれてたか教えてやろうか? 誰にも縛られず、異世界を思うがまま遊び尽くしたこの身の異名を!」
飛び上がり、デルネウゾを騙ったフェイカーは名乗りを上げる。
「――『ロキ』。ボクは悪戯と終焉を司った神の名を冠する、希代の自由人」
走る迅雷、舞い上がる火花、塵を薙ぐ風が辺りを席巻する。奇術師は神の降臨を演出した。
「なるほどなるほど。ロキ様、ねぇ。で、それ聞かせて俺にどう反応してほしいんだ?」
「……つくづくお前は癪に障る」
「話術がなってねぇぜペテン師野郎ォ! 傍若無人のフィクサー気取んなら、腹がバレた時点で潔く投降しろってんだ!」
ロキは乱雑にウィンドウを叩いた。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「遅ぇッ!」
戯神のパネル操作より速く、無島の蹴りが鳩尾に沈む。
「ごふぇぇぇぇぇッ――!?」
情けない叫びを残し、ロキは蹴り飛ばされた。
音速を超え、体は地面と水平に飛ぶ。その速度にロキの動体視力は追い付けない。
「グ、アガァァァァァァァァ!?」
蹴りの衝撃に重なり、激痛がロキの背中を襲った。
あばらを粉砕されたロキは本の山に埋もれる。
「うっぐゥ……なんだ、これは。本? 本棚? ――図書館、だと!?」
蹴られた勢いで彼は図書館に到着した。
瞬間移動と誤認する速度で蹴り飛ばされていたのだ。
「がっ、はぁっ、はぁ、バカな」
肺が痙攣し、視界は回り、意識は朦朧としていた。体は激痛を食らい続ける。
昏倒の中、ロキはある驚異の事実を悟った。
「まさか、あの馬鹿げた身体能力はスキルじゃないのか? 魔術も異能力も使っていない、やつ本来の」
「息する暇なんてねぇぞ」
「なッ、はやっ――」
ロキは半身を反らし、間一髪で無島の拳を避けた。
一瞬で追い付いた無島の速度と、素手で床に風穴を開けた膂力に、ロキは畏怖する。
「く、来るんじゃないっ!」
ロキにまともな対抗手段は残っていなかった。
ウィンドウを展開し『無断使用』を使おうにも、空想で即座に無に還される。
何度も開かれるウィンドウを、無島は何度も叩き割る。次第にロキは後退りし始めた。
「くっ、はぁ、はぁ……」
「待てよ。お片付けがまだだぜ」
無島の剛腕はロキの首元を掴み、床へ投げつける。
叩きつけられる寸前、ロキは辛うじてスキルを使用した。
「『天命』改悪。『防御力最大――」
最大防御力を得た直後、ロキは床を貫通した。
地中を突き抜け、何層も下の地下へ沈む。人型の穴は地上から何メートルも下まで続いていた。
「あふぇえッ、ガッ!」
許容量を超えるダメージ。最大防御をもってしても、ロキは全身の骨を砕かれた。
暗い地の底で戯神は這いつくばる。
「地下鉄の通路だなここ。ま、ちょうど良いか」
着地音もなく無島は降り立ち、這いずるロキを鷲掴む。
「落っこちるなよ」
無造作にロキを握り、無島は通路を疾走した。その速度は電車の比ではない。
ロキは線路を引き回される。鉄のレール、縞模様のコンクリートが小刻みに衝突し、体を抉る。
自分の数値を見れる奇術師は、防御力と生命力が目減りしていく恐怖を味わった。
「おらよ、もうゴールだぜ!」
線路に肉を削がれる地獄の終点は、月光が照らしていた。
地上区間へ出ると、血だるまの奇術師は放られる。月を背にロキは舞った。
「グ、アア、ァァァァァァ!」
裂傷、欠損、削られた全身。焦げ付く痛みに悶えながらも、ロキは空中で体勢を整える。
偽翼で不安定な飛行軌道を描き、逃走する。だがその目には常に無島の姿が追い付いてきていた。
「ち、寄るなぁァァァァァ!!」
がむしゃらに展開したウィンドウからスキルを乱用する。
「『超筋力』、『威力増大』、『コイル』、『高速射出』」
スキルで強制身体強化を施し、ロキは拳の連打を繰り出した。
「遅ぇ弱ぇ効かねぇ! 外付けのパワーに芯が追いついてねぇんだよ!」
威力が増しただけで、所詮は素人の拳。無島は難なく避けた。
ロキだけがダメージを負い続ける。
「せいッ!」
「カ――」
無島の踵落としが戯神を掠める。掠めた勢いだけで、ロキは地面に墜とされた。
ベシャリと音を立て、アスファルトに肉のシミが出来る。
とっくに人体は歪んでいた。それでもロキは死力を尽くす。
「『天命』無断使用。『ソニックブーム』、『反発』、『跳弾』、『神速射出』」
速度のみに特化し、ロキは最期に飛翔する。
(スキルを奪えば、変わるかもしれない。アイツからスキルを、はく奪すれば――)
死に体はマッハを超え接近。無島の胸にその指を突き立てた。
「『天命』強行開示、『転売――」
ぽすっ――。と軽い音がした。
「……ぇ?」
ロキの思考はついに停止した。
なぜなら、何も起きなかったのだ。その手には何もない。
むしろ、その身は軽くなった感覚さえあった。
「へぇ、能力掻き消してたから気付かなかったが、他人のスキルもいじれんのか。俺と似た系統か」
蒼光のウィンドウが出現した。画面の文字は奇術師から見て反転して表示されている。
ウィンドウを指でなぞると、無島は鼻で笑う。
「所詮、お前の能力は無断転載だ。使いモンにならねぇよ」
嘲笑と共にウィンドウは握り潰される。画面は砕け散り、スキルは存在ごとこの世から消えた。
「ボクの、スキル……」
男は全てを失った。奪ってきた力も、威厳も、命すらも。
「かぁえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
何者でもなくなった男は怒りのまま無島に飛び掛かる。努力も信念もない、弱弱しい拳だった。
「見るに堪えねぇ」
巨岩のような拳骨が、奇術師だった男の顔を覆う。
「ぁ――――」
轟音を響かせた直後、男は空へ殴り飛ばされた。
街の彼方へ飛んでいく彼を無島は追うことはしない。
「ありゃ捕まえる必要ねぇな。直ぐにくたばる」
首を鳴らし、無島は背後で戦闘を見届けた少年少女に声をかける。
「仲直りは終わったみたいだな。ガキども」
彼が振り返ると、絶句したツムギとリリが佇んでいた。
「アタシ達の事、気付いてはいたんですね……」
「ま、巻き込まれなくて良かった」
「ったりめーだろ。お前らの出番なしで悪いな」
「は、ははっ。どうやって加勢すりゃ良いんすか……」
ツムギは渇いた笑いしか出せなかった。
周囲に塵一つの魔力もない。無島がスキルで消失させてしまったのだ。
街の一箇所だけ空いた魔力のない空間。それは災害が去った荒野に似ていた。




