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第十八話 作戦行動開始

 アスファルトには何滴も涙が零れた跡が残っていた。

 それを囲むようにアスハ達は抱き合う。


 まだ地面の染みが乾き切っていない中、アスハは顔を拭う。

 立ち上がった時、呼吸はいつもの穏やさを取り戻していた。


「ツムギ、リリィ、ありがとう。少し落ち着いたよ」


「アスハ、大丈夫そう?」


「……いいや、大丈夫とは言えないかな。今は少し治まっても、この痛みはこれからも背負っていけないものだと思うから」


 過去も後悔も拭い切れるものではない。自分自身を簡単に許せるわけなどない。

 だからこそアスハは灰の心を、二人の前に差し出す。


「でも、どうしても耐えられなかったとき。その時はまた二人に頼ってもいいかな?」


「そんなこと、言われなくても」


「気安くいつでも頼めよ」


「……キミ達みたいな友人を持てたこと、心から嬉しく思うよ」


 まだ目元が湿っている青年の笑みは随分と晴れやかになっていた。それにツムギも屈託のない笑顔で返す。


「だってオレら、異世界帰宅部だろ?」


「ああ、そうだね……退部の件は撤回するよ」


 ツムギはアスハの肩を組んで喜びを顕わにした。

 元に戻ったことに安堵するのも束の間、リリはあることを思い出す。


「あれ? アスハさっき、アタシのこと『リリィ』って呼んでくれた? そうだったよね!?」


「早速だけど、二人に任せたことがある」


「アタシはガン無視!?」


 不貞腐れた表情でリリはアスハの脇腹へ弱いパンチを数発入れた。


「リリィは知ってるだろうけど敵は二人。デルネウゾとグリフェルト・ネビレウスだ」


「一人目から厄介ね。デルネウゾってさっきの攻撃の主でしょ? 前に会った時は戦わなかったけど、嫌な魔力が出てると思ったのよ」


「デルネウゾは魔術と、自分や他人のステータスを操作するスキルがある」


「ステータス操作ァ!? なんだよそのチート」


「主犯格のグリフェルト・ネビレウスに至っては未知数だ。能力は一切不明。『紅き剣聖』って名乗ってたから剣士なのは確かだろうけど」


「剣士か。相手できなくもねェけどちょっと渋いなァ」


「二人はグリフェルトの事は考えなくても良い。俺が単独で向かう」


「単独って、おまっ……」


「大丈夫、考えあっての事だから」


 アスハは街の空を見上げた。正確な位置こそ掴めてはいないが、微かに紅き剣聖の気配を感じる方角へ。


「今のところグリフェルトは隠れているだけで動きはない。ってことは、何かの準備をしてるんじゃないかと俺は睨んでる」


「……あ! つまり場所がだいたい割れてるデルネウゾを最優先に俺達は動いてほしい、ってことだな?」


「ああ。そして出来る限り早く無島さんを連れて来てくれ」


 この作戦の要であり、アスハを止め得る安全装置こそが無島だ。


「発見したらなんとしてもグリフェルトを押さえておく。ヤツの実力が格上でも、俺が暴走しても、無島さんだったら止めてもらえる」


「なるほどな……つーか改めて聞くと、このアスハをセーブできる無島さんってヤベェな。ナニモンなんだよ?」


「とにかく、今は考えるより動こっ」


 三人はそれぞれ進み出した。


 変幻なる炎は舞い上がり、苛烈なる百合は狂い咲く。そして温度を忘れた灰燼に、再び火種が落とされる。


「異世界帰宅部、再結成最初の大仕事だよっ!」


 ※


 アスハ達から数キロ離れた地点。あるビルの屋上で二人の男は邂逅する。

 単独で乗り込んで来た黒スーツの男に、奇術師は首を傾げた。


「デ? おっさんもボクちんにやられに来たノ?」


「ハッ、凛藤から尻尾巻いて逃げたやつが何ほざいてんだよ」


「これは戦略だってノ! 確実にブチのめすための戦略ダ!」


「へぇ~。こんな遠くまで逃げて来て、ねぇ」


 わざとらしく無島は辺りを見渡す。数キロは離れたか~と嫌味ったらしい口調で挑発まで添えて。


 一連の言動は奇術師のプライドに大きく傷をつけた。


「不愉快極まル、度し難イ……それに貴様! ボクちんのトラップはどうしタ!? あの帰還者用に設置しておいたトラップが、ここに来る前に作動する筈ダ!」


「トラップ? ああ、あの大雑把な仕掛けか。邪魔なのは正面からぶっ潰してきた。あとはたしか……おん、知らん」


「おのれぇ、よくもこの奇術師をコケにしてくれたものだナ」


 苛立ちのまま腕を横へ薙ぎ、奇術師は複数のウィンドウを展開。表示された数字やバーを乱雑に操作した。


「一刻も早く、視界から消えロ!」


 黒く淀んだ濁水が滲み出て、猛虎の形となる。汚濁の虎は咆哮を上げ、無島を大質量で飲み沈めた。


「鬱陶しい」


 無島に慄いたかのように虎は消え失せる。たった一度、手で払いのけた程度で。


「チィ、破壊され……いや、違ウ。まさか貴様、《《消したのカ》》!」


 アスハを前にしても崩さなかった奇術師の余裕に初めて綻びが生じる。

 その額に滲んだ汗を拝み、無島は口角を上げた。


「さてと、逮捕の時間だぜ。詐欺師野郎」

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