第十四話 戦場の境界線
戦いへ戻ろうとするアスハを、ツムギとリリが抑え込む。
見守っていた無島は微笑み、そこから去ろうとする。
「好きに使え。ここからはお前らだけの時間だ」
デルネウゾを追おうとする無島をアスハは止める。
「待て無島さん! 敵は二人、それぞれ身を潜めながら別行動している。到底一人じゃ……」
「なら話は楽だな。さっきの野郎を最速で叩きゃ、もう一人に追いつく。その頃にはてめぇらの仲直りも済んでるだろ」
「危険すぎる。たとえあんたでも――」
「慌てんじゃねーよ」
無島の振り向きざまに、またも六階建てのビルが突如として現れた。
転送された建造物の影は無島を覆う。それほどの巨大物だったが、無島は冷静を保ったまま。
「俺が済ませといてやる」
コンマ数秒以下。コツンと拳で触れた途端、ビルは跡形もなく消滅した。
最初から何もなかったように、風の一つも立てないで。
「これ以上悪化させねぇ。心配だったら、三人でキッチリ話つけてから加勢しに来い」
アスハが答える間もなく、無島は地面を蹴り抜く。蹴った衝撃で空へ飛び上がり、男は空を翔けていった。
先まで戦場だった空間に一時の静寂が流れる。お互いの出方を伺いつつ、最初にリリが沈黙を破った。
「アスハ、アタシ達は責めようって気持ちできたわけじゃないからね。だから安心して」
「そ、そうだ。ただ理由が知りてェって思っただけだ。なんでオレ達から離れようとしたのかって」
「そうだよね……ツムギもリリも優しいから、あんな別れ方したら追いかけてくるのは当然か」
力が抜けた弱弱しい微笑みだった。ロクに目も合わせられず、俯いたままアスハは語った。
「……学校襲撃の時に思った。俺のせいで君たちや周りの人を傷つけかねないって。だから一人で逃げて、あてもなく取り逃がしたあの二人組を追ってたんだ」
失踪期間、アスハは一度も休むことなくグリフェルト達を追跡していた。
自分の痕跡も残さず、自責の念に縛られて。
「正直に言ってくれていいよアスハ。アタシ達のこと、信頼できなかったのかな?」
「違う、違うんだよ。君たちが信用できないわけじゃない。君たちよりも信頼できる人なんていないよ」
「ならオレらが、お前より弱いからか?」
「そんなわけない。君らは俺より遥かに強くて、立派で、真っ直ぐで、物語の主人公みたいな英雄だ」
「オレ達はそんな大層なヒーローじゃねェ。もし、それを言うならお前だって異世界で――」
「違うんだよッ!」
アスハの表情は今にも崩れそうだった。
目元は濡れ、唇は震えている。消えかけの灯のような細く声をアスハは発する。
「違うんだよ……俺は、怖かったんだ。俺のせいでまた人を傷つけてしまうことが。心を失って、昔と同じように傷つけてしまうことが怖かった」
「昔……?」
「異世界で俺は、英雄になれなかった。なりたかったけど、なれなかった。《《英雄未満の人でなし》》なんだ」
悔恨、罪悪感、絶望は、彼の魂の奥深くまで刻まれていた。
絞り出したその声は、アスハ自身を縛る呪いの言葉のようだ。
乱れた息の中、アスハはひた隠しにしてきた力の真髄を告白する。
「――俺のスキル『限りなき無秩序』は、自分の感情を代償に発動する。強力なルールを付与する度に、俺の心は無へ向かう」
ツムギ達は言葉を失った。そして恐ろしい真実に辿り着く。
彼はいつも文字通り、心を壊して自分達を助け続けたという事実に。
「身に余るこの力を使って、計り知れないほど多い命を――世界を壊してきた」
アスハは誰にも明かさなかった異世界での人生、その全貌を明かす。
彼がいかにして、心の壊れた灰燼に至ったのかを。




