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第十三話 奇術師

 その月夜は見惚れるほど綺麗だった。だが月光の元で、下卑た嗤い声が席巻する。


「ケッヒャッヒャッヒャッヒャ!」


 火球が、無数の剣が、獣の形をした迅雷が、アスハ目掛けて射出される。

 空中移動で追跡するアスハを、偽翼で飛ぶデルネウゾは嘲笑った。


 アスハは拳を振り、衝撃波や屈折現象で攻撃をいなす。

 だが一挙手一投足ごとに、デルネウゾの仕掛けたギミックが発動する。建物の側面や空中に触れると罠は起動した。


「これに繋げて来るのか」


 トラップは拘束や火炎放射と単純だが、威力はスキルに匹敵。対応するアスハの集中力は削られるばかり。


 常に意識外から狙えるよう計算された設置トラップの数々。

 奇術師の二つ名に違わない陰湿な攻撃が続いた。


「今度は投擲か。これがデルネウゾの魔術だな」


 全方位から不規則な軌道で刃物が舞う。投擲武器は空を切ってアスハに迫る。


「見た目が派手なだけだ」


 投擲物は衝撃波によって相殺。魔力ごと粉微塵にされる。

 武器は一掃されるが、アスハから余裕は失われつつあった。


「これもドーゾォ!」


 アスハの頭上で奇術師は絶叫する。そのままデルネウゾはトレーラーを投げつけた。十トン以上の質量が落下する。


「突拍子はないけど、大雑把だ」


 トレーラーを片腕で受け止め、粉砕する。粉々になったガラスや金属に引火し、粉塵爆発が起こった。

 爆炎は二つの影を呑む。それでも両者にダメージはない。


「ケヒヒ、凄まじい能力ダ。練度に関係なく、スキルの効果そのものの影響力が桁違イ。有象無象の戦士とは戦術のスケールが異なル」


 デルネウゾは偽翼で更に加速。アスハの周囲を神速で飛び回る。


「でもボクちんに対抗出来るとも限らなイッ」


 浮かべた不敵な笑みは、展開された蒼のウィンドウに遮られる。


「『天命(ステータス)』――横領(ジャック)!」


 魔人王が指を弾くと、アスハの肉体から一部の力が蒸発した。


「体の力が、一瞬抜けた?」


 違和感を得るが、構わずアスハは掌から衝撃波を繰り出す。

 躱したデルネウゾは舌打ちを鳴らす。


「あーあーそう、魔力依存のスキルってワケでもないのネ。まあ有利に変わりはないけド」


「無島さんの空想回帰とも違う。これは、()()()()のか」


 一連の言動からアスハは敵の能力を察する。


「ステータス、ジャック。要するにお前のスキルは人の体力だとか魔力をどうこう操作する。ってとこか」


「言うまでもなくその通りだネ。ボクちんのスキルは自他問わずステータスをイジくるチート能力なのサ」


 自身の手札が明かされてもデルネウゾは動じない。むしろ意気揚々と手の内を披露する。


「抽出、改竄、向上、弱体。およそステータスとして分類できるものはウィンドウで操作可能。人によっては、能力を丸々もらうことだって出来ちゃうよン」


 鍵盤を弾くような動きで奇術師はウィンドウを操った。

 表示された数字の変動で、アスハの身から更に力が剥奪される。


「がっ、クソ……」


「それでも前よりは劣るネー。最盛期なら法外な数値操作も出来たのに、今は百分率の範囲でしか操れないなんテ」


「気付いてないのか。お前、自分から決定打がないって白状してるよ」


「問題なイ。それはお前も同じこト」


 首を捻り、手を広げ、奇術師はいやらしい笑みを見せつける。


「何故今すぐに、僕ちんの心臓を潰さなイ? 何故、この体を爆散させなイ? 何故、一撃必殺の攻撃を使わなイ? そのスキルは容易に天変地異を起こせるチート能力の筈ダ」


「ッ――」


「やらない理由は簡単、()()()()()()()だロ? 能力の制限だけが理由じゃなイ。お前の挙動は、まるで何かを恐れているような動き方ダ」


 肺に針を差し込まれたような感覚をアスハは味わう。

 反応を見た魔人王の口元は更に歪む。


「なら、勝ち筋は一つダ。ヒットアンドアウェイで、お前の限界まで耐えればイイ」


 奇術師はウィンドウで新たな操作を施す。


「『天命(ステータス)』、無断使用(ダビング)!」


 奇術師の身は深淵に匿われる。

 デルネウゾは姿、匂い、音、魔力、気配に至るまでの足跡を完全遮断。追跡できない闇の中をデルネウゾは高速飛行した。


「あのアスハとかいう帰還者のスキル、おそらく能力制限の中に『認知』も含まれるナ。つまりボクちんの位置を観測されない限り、即死級の攻撃を受けることはナイ」


 次の醜悪なトラップを考えながら、暗黒の中でデルネウゾは高笑いを放っていた。



 標的を見失ったアスハは追跡を一時止め、回復と身体強化に努めた。


「――奪われた体力も、スキルで回復が間に合う。酸素過供給、細胞耐性強化、毒耐性獲得。回せ、回せ、肉体のリミッターを壊し尽くせ」


 痛みを対価に、灰燼は自らの心肺へ鞭を打った。

 本来致死量に達する酸素を吸引し、粗悪な回復措置を行う。頭蓋まで突き抜ける痛みを通貨に、身体は蘇生され始める。


「でもそう簡単に、暇はくれないよね」


 虚空からビル一棟が投擲される。デルネウゾの嫌がらせだ。

 ビル内には丁寧に、ありったけの廃車が詰め込まれてる。


 呼吸も満足にいかないアスハがそれを受け止めようとした直前、


「なんだ、満身創痍じゃねぇか」


 くたびれた黒い影がビルへ飛び込んだ。

 現れた人影から、対空ミサイル級の蹴りが繰り出される。


「うっし!」


 投げられたビルだった塊は、跡形もなく砕け散った。

 降り注ぐ粉塵の中で男はアスハに顔を向ける。


「散々逃げ回りやがって、この野郎」


「むじまさっ……」


「ガキ共、お友達はここだ」


 無島の声とほぼ同時に、アスハの背後から二つの足音が現れた。


「まさか……」


 デルネウゾの気配のみに集中していたアスハは捉え損ねていた。彼を案じて追ってきた友二人を。


「追いついたからね、アスハ」


「へへっ。今更逃げようとは思わない方が良いぜ」


「二人とも……」


 灰燼の形相から修羅が抜ける。

 ボロ雑巾同然の姿でアスハは困惑していた。


「露払いは任せな。ここからはお前らだけの時間だ」


 無島は彼らに時間と場所を与える。


「アスハ、話をしにきたわ。だからもう、逃げないでね」


 リリとツムギの真っすぐな視線は、アスハをその場へ拘束した。

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