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最終話「リュータロー」




「これ、は……」


 オリアナから受け取ったそれは、「竜太郎」と書かれたメモ帳。それを見た俺は、ハッとして目を見開く。日本語。漢字だ。よく見慣れたそれを、俺は何度も見直す。胸が高鳴り、冷や汗が伝う。


『俺』が持ち込んだものじゃない。『リュータロー』の持ち物だ。


「(これは、つまり、そういうことだよな)」


 これで一つ明らかになった。これは、俺ではないリュータローという人物の持ち物。始めてリュータローという名を聞いたときに浮かんだ疑惑が、確信へと変わる。――いるのだ。俺の他にも、この世界にやってきた人間が。


「(しかも、これ……かなり古いぞ)」


 百円ショップなんかで売っているような安っぽいメモ帳じゃない。穴を開けた紙束に糸を通して束ねた古風なメモ帳だ。表紙の厚紙は傷だらけでボロボロになっているし、中の紙も黄色っぽく色あせてしまっているのが分かる。

 

 俺はごくりと唾を飲み、そのメモ帳を開いてみる。


「……?」


 まず描かれていたのは、数ページに渡る植物のスケッチ。一ページごとに描かれた、見たこともない形の果実。それらの下に書かれたツルや葉っぱ。そして「甘い」「苦い」「すっぱい」などの文字。「リュータロー」が実際に食べて調べたこの世界の果実のメモだろう。


 それら果実のスケッチ以前のページは、全て破り取られた形跡がある。ページを捲るうちに、俺はスケッチの中に見覚えのある果実を見つけた。


「(広場で皆が食べていた果実だ)」


 血のように真っ赤な果汁を持つ丸い果実。メモ帳にはそれらが収穫される前の、ツル状の植物にぶら下がって実っている様子がスケッチされている。「甘い」「まろやか」と書かれていることからも、彼もこの果実を食べたことが分かる。


 だが俺の知らない葉っぱの部分や、ツルの部分までスケッチされているということは、だ。これはつまり、実物を見たということ。


「(畑かどこかに、行ったのか……?いや、これは)」


 メモ帳には、いろんな果実が葉っぱやツルの部分も含めてスケッチされている。さらにページを進めると、植物と一体化した女性のようなモンスターを描いたページも出てきた。他にも、木のようなものを描いたページもある。


 果実や木々、植物のようなモンスターの姿。どれもこれも、街の中では見かけなかったものばかりだ。


「(ひょっとして、彼は森に出たのか?)」


 俺がこの世界に来た時は、扉を通じて街の中に出た。何のきっかけもなしに、突如として異世界に迷い込んだ。俺以外にもこの世界に迷い込んだ者がいるのなら、俺とは異なる迷い込み方をした可能性も考えられる。


 ある日、目が覚めたら森の中だった……なんてこともあるかもしれない。


「メァ~~……」


「レゥミ。エントゥ。ウフフ」


 キャシーはるんるんと楽しげに頭を揺らしながら、ロココの髪にハサミを入れてゆく。やがて短く切り揃えられたその髪は、しかしロココが果物を頬張るのと同時にまたモコモコと伸び始める。そんな様子を横目に、俺は再びメモ帳に目を落とした。


「(やっぱり、植物のスケッチばっかりだ)」


 メモ帳に描かれているモンスターたちの姿も、街では見かけなかったモンスターたちだ。


 そういえば、俺は街でたくさんのモンスターを見かけたけれど、植物のようなモンスターは殆ど居なかったような気がする。キノコの傘を被った彼女くらいだろうか。ひょっとして、いや、間違いない。森があるんだ。どこかに。


 彼は、「リュータロー」は、ここではないどこかの森に迷い込んだのだろう。


 そして見知らぬ森に迷い込んだリュータローは、恐らく冷静だった。パニックになることなく辺りを見渡し、食べられるものを探したんだ。見たこともない植物をスケッチし、食べられる果実を探して森を彷徨ううちに、このメモ帳に描かれているモンスターたちと出会ったのかもしれない。


「(そして、この街に来た……と)」


 キャシーなど街のモンスターたちが「リュータロー」という名前を知っていたことや、このメモ帳をオリアナが持っていたことからも、彼がこの街に来たことは確かだ。


 だが、もうひとつ。どうしても気になることがもうひとつある。


「(リュータローは、どこに行ったんだ?)」


 冷や汗が伝う。彼はどこに行った?この世界のモンスターたちがとても優しいことは知っている。襲われたりとか、そういったことはないだろう。ないはずだ。ないと信じたい。


 そうしてさらに、俺はページをめくる。同時に、ハッとして目を見開いた。


「(これ、は……)」


 スケッチの中に、額に角の生えた女の子の絵があった。その頬などに刻まれた特徴的な紋様には、見覚えがある。これは、アトラじゃないか?いや間違いない。この表情、この髪型。これはアトラだ。植物のスケッチを見ても思ったが、リュータローはとても絵が上手い人物だったんだろう。


 そのページの裏には、何やらちょっとした文章が書き連ねてあった。


『突然、俺の眼の前に少女が現れた。とても大きな少女だ。何もない虚空から、突然落ちてきたように見えた。肌は青白く、全身に金色の紋様が光っている。彼女はひどく困惑して怯えていたが、しばらく観察していると落ち着いたのか俺に近づいてきた。敵意はなさそうだ。何か喋っているが、聞き取れない』


「(やっぱり、これアトラのことだよな。突然現れたって、どういうことだ……?降ってきた……?)」


 続きが気になって、俺はまたページを進める。だがそこから先のページに書かれていたのは、明らかに筆跡の違う文章であった。



『腹が減らない。喉も乾かない。この世界は、眠らない』

 


 その文章に、ハッとしてまた目を見開く。窓の外に目を向ける。そう言われてみれば確かに、空腹にもならないし喉も乾かない。この世界に来てしばらく時間は過ぎたはずだが、空は変わらず快晴のまま。日が暮れる気配もない。


「(これを書いたのは、誰だ?)」


 先程までの文章やスケッチは、鉛筆で書かれていた。しかしこの文章は、どう見てもボールペンで書かれている。文字の形、筆跡が違うことから、別人が書いたものであろうことは分かる。だが、それはつまり。


「(何人もいるのか?……いや、いたんだ。俺の前にも)」


 考えてみれば当たり前だ。俺と彼の二人だけであるはずがない。俺が来る前にも、同じようにしてこの世界に迷い込んだ者たちがいるんだ。


 恐らくだが、一番最初に来たのがこのメモ帳の持ち主。リュータローだ。それ以降、俺のような者は「リュータロー」と呼ばれるようになったんじゃないか?だとすると、俺がリュータローと呼ばれるのも分かる。


『俺は何人目だ?お前は何人目だ?分からない。誰も教えちゃくれない』


「!」


 ペンを叩きつけるようにして刻まれたであろう殴り書きの文字。それを書いた者の鬼気迫る表情が、目に見えるような文章が続いている。


『俺が見たのは夢でも幻でもない。俺が見たのは、一人目だ。このメモ帳は、ボロボロになった血だらけの服と一緒に落ちてた。一人目は、あそこで死んだんだ』


「(こ、これは……)」


『俺は小さい化け物を踏んで殺しちまった。だけどそのあとすぐ、同じ小さいやつがどこからか出てきた。だが別のやつだった。俺が殺したやつと同じ種類の、だけど違う個体が出てきたんだ。他にはいない。一匹もいない。俺たちも、そうだ。皆、そうだ。皆そうやって、ここに来たんだ』


「……」


 そのページから、また筆跡が変わる。今度は丁寧に書かれた綺麗な文字だ。



『この街には優しい人ばかりだ。その意味が、ようやくわかった気がするよ』



 また冷や汗が頬を伝う。暴れる鼓動が静まらない。俺が震える指でさらにページをめくろうとした、その時。


「!」


 布の山の一つが、怪しい光に包まれる。何か硬いものを引き裂くような音が室内に響き渡り、布がいくつもの尖ったものに押し上げられる。布の山から身を起こしたそれは、全身が刃物のように鋭く尖った女性のような形をしたモンスターであった。


「レーィ、トゥルーミルフォー!」


 キャシーは目を輝かせ、刃物のような女性に歩み寄ろうとする。まるで新たな客人を歓迎するかのように。


「……ッ」


 だが女性はすぐさまその腕に輝く鎌状の刃を構え、その背から何本ものトゲを生やして俺たちを睨む。警戒するかのように辺りを見渡し、絡みつく布を引き裂いて振り払う。トゲだらけの全身を膨らませて身構えるその様を見た俺は、さっと血の気が引いてゆく。


「(威嚇だ)」

 

 そのモンスターが身に纏うそれは、明らかな敵意。近づけば傷つけるぞという、明確な意思表示。それでもキャシーは構わず笑顔のまま、近づいてその体に触れようとする。女性は勢いよくその手を振り上げた。



「――――よせ。やめろぉッ!!」



 その瞬間、俺は飛び出していた。女性とキャシーの間に割り込むようにして、俺はキャシーを突き飛ばす。驚いたようなキャシーの顔。それを最後に、俺の意識は断ち切られた。









「やばい、遅刻だ」



 時計の時刻は8時すぎ。今から走っても間に合わないか?だがサボることも許されない。単位がそろそろ危ないんだ。僕は手早く制服に腕を通して、鞄を掴んで家から飛び出す。同時に、ハッとして顔を上げる。




「……嘘だろ、おい」


 

 気がつくと、僕は見知らぬ街の中にいた。

 

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