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第七話「糸と布」




「ふんふんふ~ん。ふふ~ん」


 楽しげな鼻歌と共に俺の手を引いて歩く虫型のモンスター、キャシー。フリフリのドレスを揺らし、石畳にコツコツと軽やかな足音を鳴らす彼女は、どうやら街の人気者。すれ違うモンスターたちは皆、笑顔と共に手を降ってくれる。


「キャシー!トゥル~」


「レーィ、トゥルーミ!」


 交わる笑顔。明るい声。溢れかえるほどの人々が互いに見向きもせず行き交う様子ばかりを見て育った俺には、やはりこの街の人々が暖かく見える。


「リュータロー!」


「えっ、あ……やあ、どうも。はは」


 その温かい声が、俺の方にも飛んでくる。やはり俺は、リュータローという存在だと思われているらしい。一瞬ぎくりとしてしまったが、俺はすぐに笑顔を浮かべて手を振り返す。本当に、俺はこの街の住民として受け入れてもらって良いのだろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、やがてキャシーはひときわ大きな建物の前で足を止めた。


「(……でかいな)」


 他の家屋を五軒並べて一つにしたような作りの、三階建ての立派な建物。大きな洋館と言うべきだろうか。心なしか装飾も細やかで、他の家屋より気合が入っているようにも見える。


 偉い人の家だろうか。それとも何か重要な施設?


 まさか、ここがキャシーの家なのか?だとしたらこの子はやはり、良い身分のお嬢様なのか?


「ウフ」


 その建物を見上げてため息をつく俺を横目に、キャシーはクスクス笑いながら両開きの扉を開け放ち、また俺の手を引いて歩き始める。


「!」


 玄関から入ってすぐ視界に入ったのは、広々としたロビーに積み上げられた布の山。糸束の海。色とりどりの布きれや糸束がそこらじゅうに溢れかえっており、何体もの石像がコテコテのドレスを着て佇んでいる。高い天井から糸に吊るされているのは、未完成のドレスだろうか。


 どうやらここは、キャシーの『仕事場』と見て間違いない。糸を紡ぎ、編んだ布から服を作るのも、キャシーの大切な仕事なのだろう。


 頑丈な糸というものは、なるほど確かに使い道が多い。何かを縛って固定する以外にも、いくつも仕事があるんだ。


「ロココ?ロココ~?エルミィ、エントロ~ル」


 キャシーが何やら呼びかけながらそこらを歩き回り、拾い上げたハサミらしきものをカチカチ鳴らすと、布の山がもぞりと揺れる。


「メァ~~~……ぁふ」

 

 羊に似た鳴き声。そして大あくび。布の山から顔を出したのは、大きな毛玉。否。ふわふわモコモコの女の子。姿そのものは人間の女の子とよく似ているが、とんでもなく髪が長い。それでいて、そのモフモフとした白く美しい髪は薄い七色の輝きを放っている。その極彩色の輝きはまるで、宝石のオパールのようだ。


「ロココ。スクゥイーズ。んん~♡」


「むう~……」


 キラキラと煌く柔らかそうな髪を撫で回し、頬ずりをするキャシー。ロココという名前であるらしい彼女は眠たげに目を擦り、俺の方へ目を向けたかと思うと、にへらと緩い笑顔を浮かべた。


「りゅ~」


「や、やあ」


 この子もまた、可愛らしい子である。見るからにのんびりとしていて、ゆるりと鼓膜に染み渡る声は甘くとろける。なんだかこちらまで眠くなってしまいそうだ。


「ウフフ。ラゥ、エンフォ~。ふんふん、ふ~ん」


 キャシーは楽しげに歌いながらハサミをくるりとひと回し。ロココの髪の毛にその刃を入れてゆく。長く美しく、ボリューミーなその髪が、もふりと床に渦を巻いた。


「オリアナ」


「!」


 キャシーの声に呼応するかのように、天井から巨大な「虫の脚」がぬうっと降りてくる。いくつもの節がある、黒く細長い脚。その爪には、果物のようなものが引っ掛けられているのが見えた。


「(あ、脚……だよな。だとすれば、でかいぞ)」


 見上げた天井は暗く、はっきりとは見えないが、あの暗闇に何かがいる。天井に張り付いているんだ。オリアナという名の、大きなモンスターが。


「エルフォ~ンヌ。ぁむ。うん」


 キャシーはオリアナが差し出した果物をひと齧り。溢れる真紅の果汁はロココの髪に滴り、たちまちカットされたその髪の束を真っ赤に染め上げる。その様子を見て俺は、ハッとして気づいた。あれは染料。あの髪は、言うなれば羊毛のようなものか。


 となれば、俺が見ている彼女の仕事は、毛刈りと糸染め。それらに近いものというわけだ。


「……」


 遥か頭上から微かに聞こえてくるため息。天井から伸ばされた大きな脚は布きれの山に紛れていた一着のドレスを爪に引っ掛けて持ち上げ、天井の暗闇へ持っていったかと思うと、やがてドレスは糸に吊るされてスルスルと降りてくる。


 天井からいくつも吊り下げられているドレスは、彼女が天井から吊り下げているものであるらしい。


「リュータロー。エンフォール、トゥーリィ。ミスフール」


「え?あ、あぁ」


 キャシーは今さっき染めたロココの髪束と赤い布切れを拾い上げ、顔の両脇に持ってきてにこりと微笑んで見せる。まるで「これがこうなるんだよ」というように。


「(ここでも、モンスターたちがそれぞれ協力しあって「仕事」をしてるんだな)」


 ロココの柔らかく長い髪は、服の素材として最高の品質を持っているに違いない。ロココの髪と、キャシーの糸の二つを使って、この子たちは服を作っているんだ。恐らくだが服を作る作業はキャシーが中心となっているのだろう。


 天井に潜む彼女――オリアナは、キャシーのサポートをしているようだ。染料の管理や出来上がった服の整理整頓などは彼女の仕事であろう。


「俺は、ここで何をすればいい?掃除でもしようか」


 たくさんの素材が山積みになっていて、ロビーはごちゃごちゃとしている。整理整頓したほうが良いように思えるが、もしキャシーが作業しやすいよう素材を並べた結果がこうなのだとしたら、俺が手を出すべきではない。


 そんなことを考えていると、キャシーは色の異なる四つの糸束をそれぞれ手にとって、俺に見せつけてくる。


「ルゥ、ミーフォー」


「えっと、選べってこと?かな?」


 手を引かれて振り返ってみると、ロココがにこにこ微笑みながら白いワンピースのようなものを俺に見せてくれる。一瞬どういうことか分からなかったが、俺はすぐに理解した。このワンピースは、まだ未完成。ここから飾り付けをしていくのだろう。


 その飾り付けに使う糸の色を、選んでほしいということじゃないか?


「それじゃあ、これかな。綺麗な金色の……うん。これがいいと思う」


「リィフ。エントゥ。ウフ」


 どうやら俺の予想は合っていたらしい。キャシーは俺が選んだ金色の糸束を解いて何やら作業を始める。


「ん」


 そうこうしていると、背後から俺の肩がトントンと叩かれる。振り返ると、天井から伸びてきた大きな虫の脚が爪を丸めていた。


「えっと」


「……」


 丸められた長い爪が開かれ、何かが俺に手渡される。それは、表紙に『竜太郎』と書かれた小さなメモ帳だった。

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