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第五話「大きい子と、小さい子」




 土を丸めて捏ねて、四角に整える。


 その作業は、幼い頃大好きだった粘土遊びのそれに似ている。平らな地面に軽く何度か叩きつけると、表面のデコボコが綺麗になるのだ。昔もよくこうして、綺麗なサイコロなんかを作って喜んでいたっけ。


「よし出来たぞ。ほら、いい感じじゃないか?」


 ハニワの少女が作ったそれと同じ大きさに捏ねて整えたそれを、炎の少女に手渡す。


「ン……エンフォ~……」


 ぽそりと呟いてそれを受け取った彼女は、白く光る眼を細めて白い息を吐く。青白い炎のような体を持つモンスター。彼女の肌が纏う空気やその吐息は意外にも熱くはなく、むしろ冷たい。ドライアイスの煙のようだ。だが揺らめくその姿は炎そのもの。言うなれば、冷たい炎というべき存在である。


「(この世界の炎は、冷たいのか?いや、この冷たい炎は、この子だけが持つ特別な力なのかもしれないな)」


 レンガを炎の吐息で焼いて固めているのかと思ったが、どうやら冷やして固めているようだ。恐らくだが、黙々と土に雫を垂らす宝石の女性――彼女の胸から溢れ出す真紅の液体は、冷やすと固まる性質を持っているんだろう。冷やせば冷やすほど、固くなるのかもしれない。


「(……それにしてもこの子、すごいな)」


 俺は、隣で土を捏ね回すハニワの少女をちらりと見やる。土を捏ねるくらいなら正直なところ誰にでも出来る作業のように思えるが、彼女がこの仕事を任されている理由はすぐに分かった。


「(は、早い……それに、綺麗だ。すごく)」


 にこにこしながら土を捏ね回すハニワの少女。一緒に土を捏ねてわかったが、この子はとんでもなく手際がいい。土を取って、捏ねて、レンガの形にするまでが早い。それでいて形や大きさにムラがないのだ。


 この子は、手先が器用なのだろう。こういった作業が得意なモンスターなのだ。


「レゥ、レゥ、レゥ。レゥレンガ~」


「エンフォー……」

 

 鼻歌のようなものを口ずさみながらレンガを作るハニワの少女と、渡されるそれをため息で包み込む炎の少女。二人よりも背が高く大人びた雰囲気を持つ宝石の女性は、土に雫を垂らしながら静かに二人を見守っている。


「(手伝う必要はなかったかな。逆に、足を引っ張ってる気がしなくもない)」


 正直なところ、レンガというものは形や大きさが不揃いでは困るだろう。だが、彼女たちがそんなことを気にしている様子はない。


「ハースクウィーズ。アトラ。エントルゥ?」


「えんふぉーる」


 アトラとキャシーのほうも、建物の骨組みをおおよそ組み終わったらしく、そこにはシンプルな一軒家の形が出来つつある。あとは屋根を取り付けて、壁を作って、窓や扉などを作ればもう立派な家屋だ。


「レゥレンガー、ムーリェ」


「う」


 やがて、ハニワの少女が完成したレンガをたくさん抱えて骨組みの方へ駆け寄り、その一つ目をぽんと置く。宝石の女性が置かれたその側面にあの液体を塗り、それを挟んで新たなレンガが置かれる。その繰り返しで、レンガが次々に並べられてゆく。そしてその列に炎の少女が息を吹きかけるという形の新たな流れ作業が始まった。


 そういえば現実のレンガ造りの家も、レンガとレンガの間に何か塗られてたっけ。宝石の女性の胸から流れるあの液体は、そういった用途でも使われるのか。


 冷やせば固まるという性質は、なるほど確かに用途は多そうだ。他にも様々な使い道があるのだろう。


「(扉は、まあ作れそうだけど……窓ガラスはどうしてるんだろう。ひょっとして、これも……)」


 そんなことをぼんやり考えながら土を捏ね回していると、ふとハニワの少女がにぱっと笑って顔を上げる。その視線は、空き地の外。大通りの方であった。


「フィル!ヘイルゥカローン!」


 ハッとする。何度か聞いたフレーズ。状況から考えるに、「いらっしゃい」のような来客を迎える言葉であろうか。いや、もっと砕けた感じの言葉か?ハニワの少女を始めとしてモンスターたちの視線が向く方に目を向けた俺は、ぬるりぬるりと揺れながら近づいてくる大きな影にぎょっとしてレンガを手のひらから落とす。


「(で、でけえ。また何か、でかいのが来た……!)


 青と黄色と紫。そして白。鮮やかなカラーリングに包まれた巨体がぬるぬると大通りを這って、いや、歩いてきている。


 ひと目見たその姿は、ひらひらとしたドレスを身に纏う貴婦人とでも言うべきか。下半身はウミウシのそれと似た形をしており、その背丈は立ち上がったアトラより頭一つ小さいくらい。その横幅は大通りにギリギリ収まるほどもある。身長こそアトラのほうが大きいが、横幅……というよりその下半身のボリュームが凄まじい。ひらひらとしたヒレがいくつもあって、すごくゴージャスな印象を受ける。


 よく見てみれば、その足元には恐らく大通りに居たであろうモンスターたちがまるでブルドーザーに押し出される土砂の如く大勢歩いており、彼女のヒレに寝そべったり、ひらひらとしたその隙間に潜り込んだり、彼女の触手のような髪にぶら下がったりしている。


 巨体ではあるが華奢なアトラと違って、背丈だけでなく横幅もある彼女は移動するだけで大勢のモンスターたちを動かしてしまうようだ。しかし疎まれているということは決してなく、彼女もまた、大きな友人として皆に親しまれているのがよく分かる。


「ふぃ~る~」


「アトラ」


 大きな二人が、手を合わせる。両手を合わせて頭を軽く左右に傾けるその仕草は、前もどこかで見た覚えがある。そう、確かこの世界に来てすぐの時だ。宝石の女性……彼女がキノコのような女性と同じ仕草を交わしていた。

 

 あれは、挨拶だろうか。外国で言うところの、ハグのようなものかもしれない。


 互いの手を合わせて首を傾げ合う仕草は、同じくらいの体格でなければ出来ない仕草だ。あの二人は、他のモンスターと同じようには出来まい。


「エントゥ、フォ~……クルルィ~ス……。ル・リュータロー・クウィン……」

 

 ゆったりとした優しそうな声。大通りから空き地へと足を踏み入れたウミウシのような女性――恐らくフィルという名前であろう彼女は、俺を見下ろしてにこりと微笑む。その体にくっついていたモンスターたちは、俺たちを横目にそれぞれの日常へと戻ってゆく。


 彼女も、俺のことをリュータローと呼んだ。だが、皆と少し呼び方が違っていた気がする。


「(どういう、意味だ……?)」


 俺を見ていることからして、俺の名を呼んだことはまず間違いない。


 だが他の皆と呼び方が違っているのは何かしら意味があると思うのだが……忘れてはいけない。ここは異世界。彼らの言語は、俺の知るそれとは全く違う。言語というものについて専門的に学んできたわけでもない俺が、そう簡単に理解出来るほど単純ではないはずだ。


 呼び方のバリエーションというと、敬称のようなものか、ニックネームのようなものか、それくらいしか思いつかないが、もちろんそれ以外である可能性のほうが高い。


「(焦らなくていい。意味が分からなくてパニックになってしまっては逆効果だ。ひとまず、笑っておくか)」


 愛想笑い。これが役に立つ。俺にはこの、バイト漬けの日々で培った笑顔がある。言葉は分からなくとも、笑顔なら繋がりあえる。それはこの異世界でも例外じゃない。既にそれは実証済みだ。


 笑顔が敵意を示す仕草だとか、そんな世界でなくて本当に良かった。その可能性は十分にあったわけだからな。


「フフ……」 


 そう、笑顔だ。笑顔で繋がる。繋がり合える。ここはそういう世界なのだ。フィルの指が俺を優しく撫で回し、ぬるりとしたものが頬に触れるが、嫌な気分ではない。親愛を持って俺に接してくれているのが伝わってくるからだ。


「みー」


 むぎゅ、と、さらに大きな手が俺の頭を押す。アトラの手だ。フィルのそれよりも力が強く、撫でると言うよりは潰すような感じではあるが、暖かい。


「っ、うぐ」


 大きく感触の異なる二つの手が俺を挟むように撫で回す。身動きも出来ず、呼吸もしずらい。その気になれば、俺を簡単に握り潰すことが出来る手のひら。彼らにその気がないと分かっていても、やはりどこか恐ろしい。あぁ、もみくちゃにされる小動物ってこんな感じなのか。昔飼っていたハムスターも、こんな気持ちだったのだろうか。だとしたら、申し訳ないことをしたな。


 なんて考えていると、ぬるりとした手が俺を掴んで持ち上げる。


「(ね、ねばねばしよる……)」


 近づく大きな顔。肌の色も顔の作りも人間のそれとは違うが、美しい女性の顔。額から伸びる二つの角は太く丸みを帯びていて、柔らかそうに揺れている。いかにもぷにぷにとしていそうな角だ。


「プリシパ」


 フィルが自らの側頭部に軽く触れると、ちょうどその下、触手のようなその髪の隙間から、蛇のようなモンスターがにゅっと顔を出す。目も鼻もなく、長い体に大きな口だけを持つモンスターだ。


「っ」


 こいつもまたでかい。いうなればアナコンダのようなでかい白蛇が俺の周りにぐるりと体を巻いて俺に顔を近づけてくる。その大きな口が開かれたかと思うと、その中には小さな女の子がちょこんと座っていた。


「や、やあ。どうも」


「……」


 蛇の口の中にぴったり収まるサイズの、小さい女の子。大きな一つ目がじろっと俺を見つめる。キャシーのそれと似たデザインの、しかしピンクや白で統一された明るく可愛らしい色合いのドレスを着込んだ一つ目の少女。……のように見えたが、違う。巨大な蛇の口の中の筋肉や粘膜が、少女の体に張り付いてドレスのような形になっている。


 しかし、何だろうこの感じ。この子からはあまり、仲良くしましょうという雰囲気が感じられない。目が違う。俺を見る目が、他のモンスターたちと違う。これは、あれだ。俺のことを怪しんでいる目だ。


「……リュータロー?」


「えっ、あ、ええと」


「ンン……ロゥ。ロゥロゥロゥ。アンスリィ、エスクーパ」


 一つ目の少女は「違う違う」と言うように首を横に振り、その手を顎の辺りに持ってきて上下に動かす。これは、なんだ?手を動かして、何かの形を表現している。――ヒゲか?顎から首まで伸びる長いヒゲの形を表現してるのか?


 だとすると、これはひょっとして……


「れぅたるぅ。みぅ」


 アトラが俺の頭上から覗き込むようにして、割り込んでくる。一つ目の少女は顔を上げ、口を開く。


「ロゥ。エスクーパ!」


「れぅたるぅ」


「エスクーパ!」


「れぅたるぅ」


 俺を挟んで、何やら言い合いが始まってしまう。互いに同じ言葉を繰り返していることから察するに、意見の食い違い。そしてそれは恐らく、「俺」についてだ。


 ひょっとして、ひょっとしてだが、一つ目の少女は俺が「リュータロー」でないことに気づいているんじゃないか?


 さっきの仕草、あれはまるで「ヒゲがない」と言っているようにも見えた。こいつはリュータローじゃないよと、彼女はそう言っていて、だがアトラは俺のことをリュータローだと信じている。そんな認識の相違が発生してしまっているのかもしれない。


「(ど、どうすればいいんだ……?)」


 この世界の言葉を知らない俺は、二人の会話に割り込むことが出来ない。小さな彼女と大きな彼女の交わる視線に割り込むことが出来ない。だが、他のモンスターたちはそんな二人の傍らに駆け寄り、顔を見合わせた。


「ウフフ……エントゥ、イルゥージ。トゥフォー」


「レゥレゥ!」


「……クルルィース……」


 モンスターたちが何を話しているのかは分からないが、雰囲気は和やかで、決してヒリついた様子はない。アトラの大きな手が俺の体をそっと抱き上げてその肩に俺を乗せると、一つ目の少女はフンと息を吐いて大きな蛇の口を閉ざし、再びフィルの髪の中へと潜り込んでいった。


「ル・リュータロー・クウィン」


 フィルがそっと手を伸ばして俺の半身に触れ、その指に絡めた何かを俺の首に掛ける。それは、象牙のようなものをあしらった綺麗なネックレスだった。


「これは……」


「フフ」


 ぬるりとした手が、俺を一撫で。ウミウシに似た巨体が、再び大通りの方へ進み始める。するりと顔を出した目のない大蛇は、しばらく俺のほうをじっと見ていた。

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