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第四話「それぞれの仕事」




 広場を後にしてから、どれくらい経ったろう。


 俺は巨人の少女アトラの手のひらにあぐらをかいて座り、広がる街並みをただ眺める。高いところからしばらく眺めているだけでも、いくつか気づくことがある。この街は、やはりどこか不思議な街だ。住民も、建物も、見れば見るほど発見がある。


 たとえば、屋根の上。あちこちに足場のようなものが設置してあって、矢印つきの標識がいくつもある。明らかに地上からは見えない標識。地上とは繋がっていない足場。あれは恐らく、上空を行き来する者のための……


「!」


 背の高い塔のような建物から、今まさに飛び立った人影が視界に映る。コウモリのような黒い翼を持つ女の子。両腕で大きな袋を抱えているあの子は、背中に羽が生えているタイプのモンスターだ。しかしその少女の姿を見ることが出来たのは、一瞬だけ。その羽ばたきが、その姿をかき消す。


「ぁ……」


 ハッとして顔を上げると、黒い尾を引いて飛び去ってゆく影が見えた。それとほぼ同時に、俺の背後から同じ方へと向かって飛んでゆく光。早すぎてはっきりとは見えなかったが、虚空に白い軌跡を残して飛び去るその光には見覚えがある。あの後広場から飛び立ったアリューのものだ。


 辺りを見渡すと、同様にしていくつかの影が街から飛び立ち、同じ方へと飛んでゆく。ある者は目にも留まらぬ速度で。ある者はゆったりと羽ばたきながら。


「(皆、同じ方向に……あっちは、あぁ……なるほど)」


 天駆ける無数の影が向かう先は、街を見下ろす大樹。つまりは、そういうこと。彼らの仕事場――その本部は、あそこにあるのだろう。恐らくだがあの大樹は街の中心。となれば、あそこが物流の起点となるのはごく自然なことだ。


「(落ち着いたら、あの世界樹の近くにも行ってみたいな。なにせ、あれだけでかい樹だ。近くで見たら、もっと……)」


 大樹に思いを馳せながら、改めて街を見やる。しばらく街を眺めていて気づいたことは、他にもある。


「(やっぱり、いない)」


 街にはたくさんのモンスターがいるが、アトラと同じような巨人のモンスターが見当たらないのである。その見た目からアトラは巨人の中でも幼い子供で、彼女よりずっと大きな大人の巨人も居るのだろうと思っていたが、見渡す限り巨人は見当たらない。


 広場で見たモンスターたちも、一人ひとり異なる姿をしていた。ひょっとして、本当にそうなのか?この街のモンスターたちは種族として存在しているわけではないのか?だとすると、どうやって生まれてきてるんだ?


 疑問は付きない。まだまだ分からないことだらけだ。だが、分かったこともある。この街はとても平和であり、住民は皆優しい心を持っている。それは間違いない。


「っと」


 そんなことを考えているうちに、やがてアトラは足を止める。手のひらから身を乗り出して見ると、土や丸太、木材の破片や石なんかがたくさん集められた空き地のような場所。そこには既に、三人ものモンスターの姿があった。


「アトラ~!キャシ~!ヘイルゥカロ~ン!」


 土の山の上から、こちらに向かって手を振る元気なモンスター。その子の姿を目の当たりにした俺は、すぐさま「埴輪(ハニワ)」を思い浮かべた。粘土を人の形に捏ねて焼いたもの。その子は、まさしくそんな姿をしていた。


 いくつもの土器を繋ぎ合わせたような、赤みを帯びた茶色の体。穴の空いた目と口だけの、単純な造形の顔。その目と口の奥や、その体を形成する土器の隙間からはオレンジ色の光が溢れている。そのハニワの少女の傍らには、少女の形をした青白い炎のようなモンスター。そしてもう一人。白くつるりとした体に、赤く輝く宝石の顔。見覚えのあるその姿に、あっと声を上げる。

 

「ラー、ヘイルゥーン。フフ」


「おー」


 空き地で待っていた三人と合流し、笑顔を交わす虫の少女と、アトラ。俺もまた、そんなモンスターたちの中に降ろされる。そうなると当然、彼らの三人の目線は見慣れない俺の方へと向くわけで。

 

「トゥ、イクルーサ?ルゥーミ?トゥーミ?」

「……エンフォー……」

「――……」


 興味津々な様子で俺に詰め寄ってくるハニワの少女。その背におぶさるようにして俺を覗き込む炎の少女。そして、遠巻きに首を傾げて透き通る音色の声を零す宝石の女性。恐らくは、見慣れぬ俺が何者かということを尋ねているのだろう。あるいは挨拶か。しかしどちらにせよ、俺はその問いかけに返事をすることが出来ない。


 話しかけられている。何か質問をされているのは何となく分かる。だが、どう返事すれば良いのかが分からない。


「え、えっと……」


 困っていると、虫の少女が俺の肩にぽんと手を置き、くすくすと笑った。


「ンフフ。エンフォー、イールマ。トゥーミリス。レゥ、アトラ?」


「う。れぅたるぅ、とぅーみりす」


「リュータ?……ァ!レゥレンガー!リュータロー!」


「え?」


 何かに気づいたような声。単純な目と口だけの、しかし表情豊かなその顔が、全力で驚きを表現する。空き地に居た三人のモンスターたちは顔を見合わせ、手を合わせる。いや、それよりもだ。今、この子。「リュータロー」と言ったか?


「(聞き間違いじゃない)」


 俺を見て、そう言ったんだ。まるで、俺をそう呼ぶかのように。だが俺はそう名乗った覚えはない。しかしそれがもし「名前」なら、日本人の、男性の名前だろう。


 そういえば、アトラは俺を初めて見た時から、その言葉を口にしていた。舌足らずで上手く聞き取れていなかったが、彼女はずっと、俺のことを「リュータロー」と呼んでいたのか?ということは、つまり。


「(俺を、誰かと勘違いしてるのか……?)」


 そんな考えが、脳裏をよぎる。


「アトラ。エンクルゥ、ミーリス。ラー。フェリ。ルー・ミゥ。ルゥルゥ」


「おー」

「エンクルゥ!ルゥルゥ」

「……ル~、ル~…」

「――……」


 立ち尽くす俺を横目に、モンスターたちは「えいえいおー」のような仕草を見せる。その後まず大きな動きを見せたのは、アトラであった。


「ん……」


 地面に膝をついてその大きな手を伸ばし、丸太を掴んだアトラは、それを軽々と地面に突き刺してゆく。彼女にとっては、砂場に木の枝を立てるような作業なのだろう。その表情は平然として、苦の色はまるでない。


「(一体、何を……)」

 

 半ば呆然とその様を眺めていた俺は、やがてハッとして気づく。空き地に点々と立てられた丸太は四本。それらを四隅の柱として、横向きの丸太がそれらを繋ぐ。それが建物の骨組みであることは、すぐに分かった。


 なるほどそうか。巨体と怪力を持つアトラは、丸太を軽々と持ち上げ、組み上げることが出来る。それは、他のモンスターには出来ないことなのだろう。


「きゃしー」


「ン」


 どうやらここからは彼女の出番。虫の少女――キャシーは素早く登ったアトラの肩から丸太の骨組みへ飛び移り、丸太同士が接している部分に触れてゆく。何かを丸太にくぐらせ、縛り上げるような動き。恐らく、糸だ。彼女はアトラが組み上げた骨組みを、その糸で縛って固定している。アトラが手で押さえていた骨組みは、その手が離れてもグラつかなくなった。


「(分かってきたぞ。こうやって、家を作るんだな。……じゃあ、あの子たちは)」


 振り返ると同時に、俺は彼女らの「仕事」を目の当たりにする。


 彼女らの仕事は、言うなれば流れ作業であった。まず宝石の女性がその胸の裂け目から溢れ出る血のような液体を指ですくい取り、土の山に垂らす。その土をハニワの少女がよく混ぜ、捏ね回し、四角く形作って炎の少女にパス。青白い炎の吐息が、四角い土の塊を包み込む。見慣れた色の「それ」は、眺めている間にも次々に作られてゆく。


「(これ……レンガだよな?そういえば、この街の建物って……)」


 ハッとして辺りを見渡す。赤茶色の、綺麗なレンガの街並み。まさかとは思うが、この街の建物は全てこの五人で作っているのか?いや、相当に広い街だ。流石にそれはないか。きっと、彼女らのようなグループがいくつもあるんだろう。


「リュータロー!レゥレンガー、クルィーラ!」


 ふと、ハニワの少女が捏ね回した土の塊を俺に見せつけてくる。上手く出来たものを自慢するような様子だ。俺の目には他のものと変わらないように見えるが、きっと出来の良いものなのだろう。

 

 だが、俺は彼らの言葉を知らない。適当な言葉を口にして、けなしてしまったりしたら大変だ。こういう時は、笑顔を見せてやるのが良いだろう。


 俺はにこりと笑って、頷いてみせる。ハニワの少女は目と口だけの顔で絵に描いたような笑顔を作り、喜ぶような仕草を見せてくれた。


「(……それにしても)」


 やっぱり、聞き間違いじゃない。この子は、今、俺を「リュータロー」と呼んだ。他のモンスターの名を呼ぶのと同じように、俺をそう呼んだ。やはり間違いない。だが、待てよ。ここは異世界だ。ひょっとして、リュータローという単語があるんじゃないか?


「(確信は出来ない……けど、いろんな可能性が出てきたな)」


 まずひとつ。この世界には俺の他にもリュータローという名の男がいて、そいつは街のモンスターたちに親しまれているということ。


 もうひとつ。この世界にはリュータローという単語があって、それが俺のような存在を指す言葉であるということ。


 どちらにせよ、この言葉は大きなヒントになりそうだ。どちらかといえば、前者の可能性のが高いだろう。もし本当にリュータローという名の男が居て、そいつは俺によく似ていて、この街のモンスターたちに親しまれているのなら、これまでの諸々に説明が付く。


 モンスターたちが俺に優しくしてくれるのも、そういうことなのか?


「れぅたるぅ」


 アトラがまた俺を呼ぶ。顔を上げると、キャシーと共に組み立てた骨組みを尻目にどこか自慢げな表情を浮かべている。こちらもきっと、上手く出来たのだろう。俺は笑顔を向けてあげつつも、少しぎこちない笑顔になってしまっているのが自分でも分かる。

  

 この子は、この子たちは、俺と誰かを勘違いしてるんだ。そうと気づいてしまえば、自然に笑うことなんか出来ない。


 伝えねばなるまい。勘違いであると。教えねばなるまい。俺の名前を。


 だが俺は、それを上手く伝えるすべを持っていない。さてどうしたものか。ほんの少しだけ考えて、俺はまっすぐにアトラの目を見つめる。


「あ、アトラ。その、俺は……、……ユータ。ユータだよ。分かるか?」


 自らを指差し、改めて名乗る。そういえばまだ自己紹介は出来てなかった。いい機会だ。俺の名を、ちゃんと覚えてもらおう。


「ゆ、た?」


「そう、ユータだよ。リュータローじゃない」


「う?」


 微妙な反応。これは、もしかしなくても上手く伝わってない。意思疎通については、まだまだ課題が多いな。しかしまあ、伝わらないのは無理もないことだ。なにせ俺は、この世界の言葉を知らないのだから。


 この誤解を解くには、少し時間が必要だろう。この調子だと、すぐには無理だ。じゃあ、どうする?今は、俺に出来ることをしよう。


「……俺にも、手伝わせてくれないか?」

 

 地面に膝をついて、土を捏ねるハニワの少女に声をかける。言葉が通じたのかどうかは分からないが、ハニワの少女はまたにへらと笑って、俺に土の塊を貸してくれた。



 今の俺に出来ること。きっとこれは、今やるべきことなのだ。

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