彼にとっての〝戦闘〟とは
──〝戦闘の許可〟を、と彼はそう懇願した。
嘘や冗句を口にしているとは思えない、真剣な表情で。
だが、それを耳にした全員の脳裏を一つの疑問が過ぎる。
今の今まで、そこで闘っていたではないかと。
実体を持つ幻を次から次へと殺していたではないかと。
よもや、あれはノエルにとって闘いではなかったのかと。
だとすれば一体、何を以て〝戦闘〟とするのかと。
そして何故、主たる国王に許可を求めねばならぬのかと。
……疑問符が溢れて止まらない。
しかし、ノエルにとってそんな事は至極どうでもいい。
「そうしなければならない相手、というわけだな?」
「ご賢察、畏れ入ります」
その一言で、ネイクリアスが全てを理解してくれた。
その事実だけ、あれば良い。
「お前の好きにせよ、ノエル。 お前は──最強の近衛だ」
「……有難き幸せ」
そして、ネイクリアスの〝許可〟と〝賛美〟はノエルを更に奮い立たせ、深く頭を下げてから踵を返して闘技場の中央へと戻っていく彼の表情からは一切の迷いが消えていたが。
「……で? 何だったんだよ、国王まで巻き込んだ今の茶番」
「なーにが『戦闘の許可を』だ、無駄にキメた声でよォ」
「いいなァ近衛師団長サマは、あんなんでも格好ついて」
「俺もやってみるか! 『戦闘の許可を』……どうだ?」
「似合わねー! そもそも誰に許可求めんだよ!」
「「「ぎゃははははッ!!」」」
底知れぬ忠義心、決して揺るがぬ矜持を胸に大人しく包囲の中心へ戻って来たノエルを見てもなお、ピューラたちはあくまで『自分たちを真に殺せるわけがない』と言わんばかりの余裕と嘲りに満ち溢れた騒々しい馬鹿話で出迎えるだけ。
それもこれも、【夢幻泡影】が持つ〝もう一つの能力〟とやらに絶対の自信があるからだろうが、それはさておき。
「……ほんの一部だが、お前たちの言う通りでもある」
「あァ? 何言ってやがる」
「国王陛下や王女殿下、並びに他国の王族や皇族の御前という事もあって、私は格好つけようとしていた。 シュツェル近衛師団、延いては魔導国家そのものが舐められぬようにと」
「私たちの、為に……?」
「忠義者よのぉ、やはり妾の配下に欲しい」
馬鹿話とはいえたった一つ、国へ残してきた部下たちや国そのものの矜持を傷つけぬ為という、いわゆる〝御為倒しの見栄〟を張るべく一挙手一投足全てにおいて無駄にキメたり格好つけたりしていたのは紛れもない事実であったようで。
たとえ行き着く先が〝己の矜持を守る為〟であったとしても、そこからは確かに国や王族への厚く強い忠誠心が感じられ、自国の王女や他国の女王が一様に感心する中にあって。
「……だが、どうやら私は間違っていたらしい。 この場で求められるのは〝勝利〟、それだけだ。 ましてや相手が相手となれば、もはや形振り構っている場合ではないと理解した」
「だったら、どうするってんだ?」
「話を聞いていなかったのか? すでに許可は下りた──」
さりとて、それが御為倒しであるという事を誰より自覚していたノエルとしては、もう体裁良くしている意味も意義もなく、まして何かを顧みてまで眼前の敵の必殺に時間をかける理由がないと理解した途端、彼の為すべき事は決まった。
「「──ご、あ"……ッ!?」」
「「「……は?」」」
「冥土の土産に教えよう。 私にとっての〝戦闘〟とは──」
瞬間、包囲の中心に居た筈のノエルが姿を消したと思ったのも束の間、前の方に立っていた二人のピューラが槍も魔法も使わないノエルの素の握力で頭を握り潰され、死亡する。
あまりに一瞬すぎて何が起きたか分かっていない他のピューラたちが唖然とする中、ノエルは血に染まった両手で空色の髪をかき上げつつ、先の王とのやりとりの真意を明かす。
そう、ノエルが言うところの〝戦闘〟とはつまり──。
「武器も魔法も用いない、無手による力任せの蹂躙を指す」




