問答
座って居たエイブラハムは立ち上がり、目を見張った
こちらに背を向けている為、顔は確認出来ないがあの夜公爵家に侵入した者にそっくりではないか。
「お客様、どうか人を指差すような事はお控え下さいませ」
店員はエイブラハムが指を差した客との間に体を滑り込ませた、表情は能面の様になっている。
「あ、っと、失礼、ちょっとそこの人に話を聞きた、」
「お知り合いでしょうか? こちらで確認させて頂いてからなら何も言いませんが・・・」
「あー、いやあ、ははは、少しだけー・・・、ダメ?」
「・・・」
静かにエイブラハムの前に店員が1人増えた
ダメなようだ・・・
身近に追手が迫っていることもなんのその
マロンはサリーにリボンを結ばれていた、容姿は良いのに全くもって飾り気のない格好を見過ごさなかったのである。
「はい、お似合いですよ」
「あ、あの、ボクお金ないよ・・・」
「お気になさらず、贈らせていただきますよ」
「でも」
「マロン様!」
「はい!」
アランの家に置いてもらって、なんにも持っていないボクは服とか沢山貰っているけど
流石にお店にあるものを貰うのはわるいよ。
遠慮するボクにサリーはカッと目を開いて声を張り上げた、ビックリした!
「良いですかマロン様、美しい人には美しく着飾る義務が有るのです!」
「はあ・・・」
姿見の前に座らせられたボクの後ろから、サリーがグッと両肩に手を置いて力説する。
「シミひとつない肌、形の良い眉、綺麗な鼻筋、可愛らしい唇、そしてサラサラの栗色の髪の毛! 若様が此処にいらしたら足の爪先から頭のてっぺんまで、下着からドレスに宝飾品、全てをコーディネートして贈ると思います!
リボンひとつなんて気にする必要は御座いません!」
「ア、ハイ」
サリーはマロンをひと目見た時から思っていたのだ
侍女服に身を包んでさえ(神製マロンボディ)の美しさは際立っている、もし盛装に身を包んだらと思うと居ても立ってもいられなかった。
髪はショートボブだけど、腰まで伸ばしてアレやコレやと手を加えれば社交界を席巻するのは間違いない。
美しさを追求するご婦人方を相手にしている為、サリーにもかなりのこだわりと美意識があり、ついついヒートアップしたのだった。
一応、各店員には一定の裁量権が委ねられていて
多少のサービスは可能だった。
マロンに結んだリボンは少々その裁量を超えるイイ物であったが、自分達のボス、ワーナード商会会長にしてワーナード伯爵の若様ならばきっと理解してくれるだろう。
ワーナード伯爵は女性に理解ある美意識を持った人間で
店員らはそんな伯爵を敬愛していた
マロンの素性を探る事など、とっくの昔に消え去っていた。




