伯爵家侍女の場合
「ちょっと聞いた?」
「聞いた、奥様が養子を取るのですって?」
「しかも平民って話よ」
「えっ、貴族じゃないの!?」
リュミエール伯爵家の使用人の中で、今最も熱い話題がマロンを養子に迎えるという話だった。
それもそのはず、本来貴族の養子とは分家や親類筋から迎えることが通例である
孤児院や教会から引き取る事も無いわけではないが少数派で、ましてや権威ある伯爵家に平民の養子を迎えるなどほぼ有り得なかった。
「平民に傅くのなんてイヤよ」
「シッ!声が大きいわよ、私だってイヤよ」
「誰が専属侍女になるのかしらね」
「やだ、ババなんて引きたくないわ」
「あなた立候補しなさいよ!」
「イヤよ!」
予想される未来に、皆マロン専属侍女の座を押し付けあった。
リュミエール伯爵家に奉公に入る使用人は、伯爵家、子爵家、男爵家の人間が多い。
平民も居るが、マナーと学が必要になる侍女となれば貴族が就くことは当然と言える。
平民あがりのお嬢様となれば、それを影に日向にサポート出来る貴族出身の侍女が専属となるだろう。
しかし彼女達は生粋の貴族
平民あがりのお嬢様、しかも伯爵令嬢となれば自分達より上の立場になる。
制度上は問題なくとも、貴族として平民あがりは鼻につく存在だ。
正直頭なんて下げたくもないし、専属侍女になって傅くなど許容出来ないと考えるのも仕方の無い事である。
どんな芋くさい女が来るか
どうせ平民なら手は荒れ、爪も割れて髪も傷んでいる
頭も悪く、顔も大したことは無いだろう
ある意味では楽しみだと嗤う心づもりで、顔には出さず言われた通り養子の部屋を整えたりと表面上は取り繕っていた。
「初めましてマローネと申します、ふちゅ、不束者ですが宜しくお願い致します」
(((((はあっ!?)))))
出迎えた養子マローネを見る使用人
本日の主役は勿論マローネなので使用人一同が注目するのは当然だったが、特に侍女達は凝視していた。
身に付けたドレスはまあいい、奥様か旦那様が用意したのだろう。
ちょこんとスカート部をつまんで浅くカーテシーした女の子は様になっていた。
磨かれた爪、美しい肌、手も荒れてなどいない
栗色の髪はサラサラとしていて、急場しのぎで整えたものではない。
瞳の色はライトブラウンとありふれた色なのに、その他の顔のパーツの造形や配置が神がかっていた、端的に言ってとても可愛らしい。
頭わるそう? いや、理知的な印象しかない。
敢えて文句をつけるならば、平民らしく髪が短いだけ・・・
挨拶で噛んだことが恥ずかしいのか
頬を薄く桃色に染めた姿は庇護欲を誘い、何処かの国のお姫様のようだった。
この時、皆は心をひとつにした
平民なんて絶対嘘だ!!!
こんな手入れの行き届いた可愛らしい平民が居てたまるか!
でなければお金と時間を掛けて磨いてきた自分たちが無様過ぎる・・・
自己防衛と驚愕に固まっていた女性は次の伯爵夫人のひと言で我に返った。
「それでマローネの専属侍女なのだけど、一応侯爵家の同僚で仲の良かった子に来て貰ったの、でもこちらの屋敷には不慣れでしょうから彼女ともう1人・・・」
「「「「「奥様、私が!!!」」」」」
こぞって手をピンと挙げたのは、マロンの専属を押し付け合っていた者たちである。
平民じゃない(と思いたい)可愛らしいお嬢様を、好きにコーディネート出来るなんて楽しいに決まっている!
キッと互いに睨み付けた侍女
(アンタ平民に傅くのなんてイヤって言ってたでしょ!)
(アンタこそ!頷いたじゃない!)ツネツネ
陰でわき腹を抓る侍女
(痛っ、止めてよ!)
(そのだらしない肉を引き締めてからにしなさいよ、太った人間がお嬢様の傍には相応しくないわ)
(アンタだって胸の駄肉垂れて来てんじゃないの? 脂肪の塊ぶら下げて!)ツネツネ
(痛い、そう言うならそっちこそ貧相なそれを何とかしてからにしなさいよ!)
醜い争いは決着が着かず
結局専属侍女の枠は流動的なもので、レナ以外は日替わり&手の空いた人間が傍に居るようになった。
その結果、邸内の仕事の効率が良くなったのはマロンのお陰かどうか定かではない。




