49:孤独は魔法じゃ癒せない(12)
師匠はディオの頭を優しく撫でながら、ディオに問い掛ける。
「ところでディオ。メリッサのことをそろそろ『師匠』と呼んでやっても良いんじゃないかのう?」
「ししょー?」
「そうじゃ。メリッサはディオの師匠なんじゃからのう」
ディオは目をぱちぱちと瞬かせた後、大きくひとつ頷いた。それから、メリッサの方に向き直って、ぴっと姿勢を正す。ディオの青い瞳がきらきらときらめいた。
「ししょー!」
メリッサのことをそう呼んだディオの声はとても可愛らしくて。
メリッサは思わず、ディオをぎゅっと抱き締めた。
「嬉しい、ディオ! あたしの、大事な、可愛い弟子!」
「えへへー」
仲良さげにはしゃぐメリッサとディオ。師匠は二人を見て優しく目を細めた。しかし、そのすぐ後にやって来た人物を見て、師匠の顔は再び曇る。
その人物というのは、アシュードであった。
「あしゅーどー!」
医務室の扉を開けて顔を覗かせたアシュードに、ディオが喜びの声をあげながら駆け寄っていく。メリッサはきょとんとして、アシュードを見た。
「アシュード? 今日は王城のパーティーに行ったんじゃないの?」
「ん? もちろん顔は出してきたぞ。ただ、会場にはエマ様もいるしな。早めに退出させてもらった」
メリッサの疑問に答えながら、アシュードがディオを抱き上げ部屋に入ってくる。そして、さも当然のように、メリッサの隣に椅子を持ってきて座る。師匠がその様子を目にして難しい顔をした。
「師匠、顔がすごいことになってるよ? 大丈夫?」
「……大丈夫ではないかもしれん。これは今すぐ寝なくてはならんじゃろう」
「いや、ちょっと待って下さい。今日こそ聞いてもらいますよ、元師団長」
なぜか急に寝ようとする師匠。それを止めるアシュード。
「嫌じゃ……聞きたくない……」
拒否する師匠の姿に、メリッサは首を傾げる。こんな弱気な師匠、初めて見る。一体どうしたというのだろう。
その疑問は、次のアシュードの言葉で解消されることになる。
「メリッサと結婚させて下さい。必ず、幸せにするので」
両耳を塞ぐ師匠。固まるメリッサ。「ほわあ!」と喜ぶディオ。
「こう来ると思ったんじゃよ……。じゃから、聞きたくなかったというのに……」
「聞こえましたよね。さあ、許可を」
「嫌じゃ……。メリッサはワシの可愛い弟子。嫁になんぞやりたくない……」
メリッサは白髪頭を抱えて苦悩する師匠を見て、なんだかしんみりとしてしまう。そっと師匠の背中に手を添えて、小さく息を吐く。
師匠はやっぱりメリッサの大切な家族だ。祖父のようであり、父のようであった。メリッサは「嫁にやりたくない」ほど、可愛がってもらっていたのだ。それはとても幸せなことだと、改めて思う。
「師匠、あたし、結婚してもずっと師匠の一番弟子だよ。それはずっと変わらないよ」
メリッサの言葉に続いて、アシュードも言う。
「元師団長さえ良ければ、僕とメリッサ、それにディオと一緒に暮らしませんか? 今、みんなで暮らせる家を借りようと思って探しているところなんです。使用人も来てくれる予定ですし、不自由はさせませんが」
「……なんじゃと!」
師匠の顔が一気に明るくなった。その急な態度の変化にメリッサは後ずさる。
「そうか。メリッサは結婚してもワシから離れる訳ではないんじゃな。よし、分かった。許そう。メリッサ、アシュードに幸せにしてもらうんじゃぞ」
「うん……」
メリッサは微妙な返事をしてしまう。なんというか、見事な手のひら返しである。なんだか少し納得がいかないような気もするが、一応結婚の許可は出たので良いことにする。
師匠とアシュードはさっそく正式な婚約をするための話し合いを始めた。というか、これはちょっと展開が早くないだろうか。何をそんなに焦っているのだろう。
メリッサがアシュードのプロポーズを受けてから、アシュードの動きが驚くほど早い。ちょっと恐いくらいである。話し合いはメリッサを置いてきぼりにしたまま進み、気が付けば一月下旬のメリッサ十六歳の誕生日に、正式に婚約する場が設けられることになった。
大丈夫かな、これ。ついていけるかどうか、思わず不安になってしまうメリッサだった。
*
メリッサ、十六歳の誕生日。予定通り、メリッサとアシュードは正式な婚約者となった。
体がまだ本調子ではない師匠のために、書類を交わすのは魔術師団の応接室で行い、全て問題なく終えることができた。
アシュードの父親も母親も、適齢期を過ぎた息子がこうも乗り気で話を進める姿に驚きながらも嬉しかったらしい。終始笑顔だった。
「はあ、緊張した……。全然実感ないし……」
メリッサはソファに座り、だらりと足を投げ出した。ここはディオの部屋。正式な婚約という重要な仕事を終えたメリッサは、ディオに癒しをもらいに来たのである。
「ししょー、がんばったの! えらかったの!」
ディオがにこにこしながら、メリッサの頭を撫でてくれる。メリッサは小さな手の温もりに頬を緩めた。そこにアシュードがやって来て、ディオをひょいと抱き上げ、メリッサを見つめてくる。
「やっと正式な婚約者になったというのに、嬉しくないのか? なんだ、その顔は」
「嬉しいけど、疲れたんだもん……。ディオ、もっと癒してー」
「もう、ししょーったら! おれがいないと、ほんと、だめなんだから!」
アシュードがメリッサの隣に腰を下ろすと、ディオはアシュードの膝の上に座って、ふうと一息つく。そして、隣にいるメリッサの頭を熱心に撫で始めた。可愛い。
「でも、本当に良いの? アシュード」
「ん? 何がだ?」
「ほら、あたしに学校へ行けって言ってくれたでしょ? しかも学校の傍に家まで借りて。最初はあんなに反対してたのに……」
「ああ、そのことか」
アシュードはメリッサが学校に行ってもディオの師匠を辞めなくて済むように色々と考えてくれていた。メリッサとしては、ディオの師匠をもう一度できるのなら学校に行けなくても良いと思っていたのだが。それはもったいないと、周りの大人たちが協力してくれることになったのだ。
「正式に婚約したことで、悪い虫がつく可能性は半減したしな。元師団長が言っていたように、学園生活でしか手に入れられないものを、メリッサにも得てほしいんだ」
「……それってどんなもの? 知識とか、技術とか?」
アシュードと婚約したので、もう学園で大恋愛して男を捕まえる必要もない。メリッサは首を傾げる。
何を手に入れに行くのだろう。




