45:孤独は魔法じゃ癒せない(8)
メリッサは何が何だか分からないまま、ピンクの可愛いドレスを着せられた。どうやってメリッサのサイズを知ったのかは謎だが、ぴったりのサイズである。髪の毛も丁寧に梳かれ、綺麗なリボンで飾られる。
なんとなく、エマと一対一で話をした時のことを思い出す。あの時はエマの高価そうなドレスにちょっと尻込みしてしまった。しかし、この格好なら負けない気がする。
ほんのりと化粧をしてもらうと、少し大人っぽい雰囲気に変わる。メリッサは鏡の前で自分の姿を確認して、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「あたしがあたしじゃないみたい……」
なぜこんな綺麗で可愛い格好をさせられたのかは分からない。が、これは気分が上がる。くるりと回ってみると、淡いピンクのスカートの裾がふわりと舞った。光を受けて、布地がきらきらするのも見ていて楽しい。
「さあ、坊ちゃんに見せに行きましょう! こんな愛らしいお嬢様を捕まえるなんて、坊ちゃんもやる時はやるんですねえ」
使用人たちの中でも一番年齢が高そうな女性が、涙を拭いながら言った。メリッサとしては、メリッサがアシュードに捕まった訳ではなく、アシュードがメリッサに捕まったのだと主張したいところなのだが、まあ黙っておく。
改めてアシュードの部屋に戻ると、指示通り着替えを済ませた子どもたちがいた。クリスは一国の王子にふさわしいきらびやかな青い衣装。ガントとロイは騎士風のかしこまった白い衣装。そして、ディオはアシュードが着ている衣装によく似た、ぴしりとした黒い衣装。どの子も抜群に可愛い。
「うわあ、みんなすごくよく似合ってる! さすが!」
メリッサが子どもたちを絶賛すると、子どもたちは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ねえねも可愛くてさすがなの!」
「ねえねも綺麗でさすがなの!」
「ねえねも最高でさすがなの!」
「めりっさ、おひめさまみたい!」
どうしよう。みんな可愛すぎて困る。もうクールなお姉さんぶっている場合ではない。全力でこの子たちを愛でなくてはいけないのではないだろうか。無意識にふらふらと、子どもたちに引き寄せられるように手を伸ばした。
「待て、メリッサ」
ぐいっと引っ張られて、アシュードに捕まった。傍で見ていた使用人たちがわあっと歓声をあげる。「さすがアシュード坊ちゃん!」「あんな可愛い子が恋人って本当だったんだ!」と、やたら盛り上がっている。
「……アシュード、離して。あたし、とりあえずみんなを愛でないといけないから」
「その気持ちは分かる。分かるが、まず話を聞け」
アシュードは膨れっ面のメリッサを抱き上げてソファに座る。というか、これは膝抱っこされている状態だ。使用人たちが感動で泣き崩れ始めた。「あのもてなかった坊ちゃんが!」「美少女を膝に!」と大盛り上がりだ。ここの使用人の感情の豊かさに、少し圧倒されるメリッサである。
「ちょっと、アシュード。このままだと使用人さんたちが大変なことになりそうだから下ろして」
「嫌だ」
こういう時は離してもらえない。メリッサは学習していた。もう、こうなったら開き直ろう。
子どもたちがきゃあきゃあ言いながら頬に手を当てて、目を輝かせている。みんなアシュードとメリッサが仲良くしているのが嬉しいらしい。可愛い。
「で、なんであたしたち着替えさせられたの?」
「エマ様との話し合いに参加してもらうためだな。向こうはこの見合い話を破談にするつもりは全くないらしい。身分を強調して強硬な手段を取ろうとするかもしれない。だが、他の女を愛しているというところを見せつければ、さすがに諦めるだろう。エマ様は愛されて結婚したいようだから」
「……なるほど、分かった。あたしはアシュードと仲良くしているところを見せれば良いんだね!任せて、頑張る!」
メリッサがぐっと両手で拳を握ると、アシュードが笑いながら抱き締めてきた。大好きな甘い香りにくらくらしてしまう。
「アシュ、ぼくたちはどうすればいい?」
クリスがぴっと手を上げて質問する。
「クリス王子は、ガント、ロイ、ディオと一緒に、ただ話し合いを見ていてくれればそれで充分だ。こちらの身分が低いのを良いことに、向こうが無茶なことを言うようなら、その時は僕の味方になってほしい」
「うん! まかせて! がんばる!」
「ガント、ロイ、ディオは、クリス王子をしっかり守ること。できるな?」
「うん! まかせて! がんばる!」
「うん! まかせて! がんばる!」
「うん! まかせて! がんばる!」
子どもたちがぴょんぴょん跳ねながら、元気いっぱいの返事をする。可愛い。
こうして準備は整った。あとは敵を迎え撃つだけである。
「アシュード様。エマ様とそのご両親がお着きになりました」
使用人がそう伝えに来たのは、それからすぐ後のこと。
さあ、戦いの始まりだ。
今日のエマは、また一段と豪華な衣装で登場した。金色のひらひらしたドレスは、彼女が歩くたびに光を散らす。まるで女王様であるかのような振る舞いに、メリッサはちょっと引いた。
両家の両親が揃い、挨拶もそこそこに席に着く。客間の真ん中に置かれた黒のテーブルを挟み、両家が向かい合うように座った。
「……アシュード様。どうして子どもたちがここにいるのかしら?」
エマがちらりと少し離れたところにある低めのソファを見遣る。ソファには四人の子どもたちがお利口に並んで座っていた。
それからふいっと視線を戻したエマは、アシュードの隣に座ったメリッサを見て、目を細めた。
「関係ないメリッサちゃんまで巻き込んで。どういうおつもりなの?」
エマの笑顔はふわりとしていて優しげだ。しかし、目は笑っていない。メリッサはぎゅっとアシュードの腕にしがみつきながら、エマを黙って見返す。絶対に負けるもんか。
「メリッサは関係ないという訳ではないですよ。既にお伝えした通り、僕がこの話をお受けできないのは、僕に愛する女性ができてしまったからです。そして、その愛する女性というのが、このメリッサなんです」
アシュードがメリッサを抱き寄せた。甘い香りがして、メリッサは思わず頬を染めてしまう。見上げると、アシュードの翠の瞳が優しくこちらを見つめていた。どきどきとメリッサの鼓動が速くなる。
エマに見せつけるための演技なのだろうか。それとも普通に本気なのか。よく分からないが、こういう恋人っぽい扱いは嬉しい。へにゃりと頬が緩んでしまう。
そんなメリッサを見て、エマが不機嫌そうに咳払いをした。
「今日、私は正式に婚約をするつもりでここに来ました。書類は交わしていませんでしたけれど……もう内定していたも同然。今になって断るだなんて、いくらなんでもひどすぎですわ」
「決断するのが遅くなってしまったのは、本当に申し訳なかったと思っています。ですが……」
アシュードの意見は変わらない。エマは大きな瞳を潤ませ、父親に縋りつく。エマの父親は娘の肩を優しくさすり、アシュードを睨んできた。
「我が娘がここまで言っているんだ。君も貴族なら分かるだろう。こちらから断るならまだしも、身分の低いそちらの方から断るなんて非常識だということくらい」
エマの父親の言葉に、アシュードの両親が顔を険しくした。予想通り、身分の高さをひけらかせ無茶を通すつもりらしい。




