35:ディオが幸せになりますように(11)
いつまでこうやってディオは甘えてきてくれるのだろうか。メリッサが学校に行くようになれば、こんな風に会うことすら難しくなるだろう。会えなくなれば、きっともう、甘えになんてきてくれない。
くるくると踊り続ける可愛い後ろ姿を見つめながら、メリッサはほんの少し寂しさを感じる。
王立ステラ学園にメリッサが入学するまで、あと四ヶ月ほど。つまり、こんな風にディオと関わっていられるのもあと少しということだ。その少しの間に、新しい師匠に馴染めるようにしてあげたいと思う。きっと、メリッサよりも新しい師匠と一緒に過ごす時間の方が、長くなるに決まっているから。
ディオが幸せになりますように。メリッサはただ、そう祈り続ける。
「さあ、お母さんのところへ帰ろうね。……あれ? ディオ、今日はマフラーしてこなかったの? 帽子は?」
いざ、ディオを送りだそうとして、ふと気付く。ディオは冬用の上着を着ているだけで、帽子やマフラーをしていなかった。十二月のこの時期に、これでは寒いだろう。
メリッサは自分の部屋から、帽子とマフラーを持ってくる。メリッサ用のものなのでディオには少し大きいが、仕方ない。日が沈んでしまうと一気に冷え込むのだ。ディオは真っ白な毛糸の帽子とピンクのマフラーをつけてもらって、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
「あったかーい!」
「明日はちゃんと自分の帽子とマフラーをしてくるんだよ? 分かった?」
「うん!」
ディオの母親が迎えに来たという知らせを受けて、メリッサはディオを母親の元へ連れて行く。母親がメリッサを見てぺこりと頭を下げた。
「めりっさ、あしたねー!」
「うん。ばいばい、ディオ」
ディオは母親の後について歩きながら、メリッサに向かって何度も何度も手を振ってくる。メリッサは苦笑しながら、ディオの姿が見えなくなるまで手を振り返した。
*
ディオの新しいおうちは、王都の街の隅っこにある。魔術師団のところまで歩いて行けるほど近い場所だ。それでも、まだ五歳のディオには少し遠く感じる。それが、少し寂しい。
「ディオ、あんたいつになったらお金もらってくるようになるの?」
ディオのお母さんは、ディオを引き取ってからずっと「お金、お金」と言っている。ディオはしょんぼりと項垂れた。
「おれ、まだまほうをうまくつかえないの……」
「はあ。王国魔術師団に入ったって聞いたから、わざわざ引き取ったのに。こんなことなら迎えになんて行くんじゃなかった」
お母さんは家に入ると、数少ない食材を手にため息をつく。
「ディオ。あんたは魔術師団で何か食べさせてもらったんでしょ。晩ごはん、あんたの分いらないよねえ」
「……うん」
ディオはお母さんの背中をじっと見つめていたが、お母さんはもうこっちを見てくれない。しょんぼりして、部屋の隅に蹲る。
しばらくすると、どかどかと大きな足音を立てて、大人の男の人がおうちに入ってきた。お母さんが「新しいお父さん」だと言っていた人だ。ディオはびくりと体を跳ねさせて、かたかたと震えた。
「なんだ、このガキ。まだこの家にいるのか」
「ごめんねえ。私も困ってるんだよねえ」
「こいつ、俺のこと見るたび震えやがって。本当、可愛くねえな」
男の人がディオを睨み、舌打ちをした。ディオはメリッサが貸してくれた帽子を目深にかぶり、マフラーに顔を埋める。優しくて、温かい匂いがした。
この男の人は恐いけれど、それでも、前の「新しいお父さん」よりもましだった。前の「新しいお父さん」はすぐに怒鳴って、ディオに意地悪をいっぱいしてきたから。この男の人は、ディオを殴ったりはしない。だから、前と比べたらずっとずっと幸せなのだ。
食事の良い匂いが漂ってきて、ディオのお腹が小さくくうと鳴いた。テーブルの上に、ディオの分の食事はない。お母さんと「新しいお父さん」はディオにはよく分からない話をしながら、ごはんを食べ始めた。
ディオはそっと立ち上がって、家の外に出た。冷たい風が、ディオの頬を撫でていく。
「……あした、たのしみだなあ……」
空にはきらきらと星が輝いていた。真っ暗な夜空にきらめく星は、まるで宝石みたいだった。ディオの吐く白い息は、その星空に吸い込まれるようにして消えていく。
「めりっさに、あいたいなあ……」
マフラーに頬擦りをして、ディオはにっこりと笑った。優しくて、温かいメリッサの匂い。心の中がぽかぽかしてくる。
明日の今頃は、メリッサや三人組と一緒に、いっぱい、いっぱい、遊ぶのだ。それが、とても楽しみだった。
「あしゅーどに、あいたいなあ……」
魔法がもっと上手に使えるようになったら、アシュードのおうちに遊びに行くのだ。そして、たくさん頭を撫でてもらって、抱っこもしてもらうのだ。アシュードはきっと、いっぱい、いっぱい、褒めてくれる。そんな未来のことを考えると、今から嬉しくて顔が綻んでしまう。
「たのしみ、だなあ……」
悴む小さな指に、はあっと息をかけて空を見る。メリッサもアシュードも、同じこの空の下にいる、と思いながら。
*
「メリッサねえね、あいたかったー!」
「メリッサねえね、あそびにきたよー!」
「メリッサねえね、これ、ママからー!」
次の日の夜。お泊まりセットを持って、三人組がやって来た。ディオがにこにこしながら三人組を迎え入れる。メリッサは三人組のママから、という包みを三人組から渡された。それを開けて、目を丸くする。
「これは……可愛い」
包みから出てきたのは、手のひらサイズの羊の縫いぐるみだった。くりくりとした丸い目が愛らしい。手触りもふんわりしていて最高だ。
「きょうおせわになるから、そのおれいだって!」
「……これ、みんなのママの手作り?」
「うん!」
三人組のママは手芸が得意で、いつも何か手作りしている。クリスには黄色い猫さんグッズ、ガントには赤い犬さんグッズ、ロイには青いうさぎさんグッズを作っているのだ。そして、メリッサには白い羊さんグッズをくれる。
メリッサとしては、クールなお姉さんを目指しているのだが。どうもこの羊さんのせいで、三人組からも可愛いねえね的な扱いしかされていないような気がする。まあ、羊さんはとても可愛くて大好きなので、大切に使わせてもらうけれども。
「あ、ディオにはこれ、どうぞって」
クリスが別の包みをディオに渡す。ディオはきょとんとした顔で、それを受け取った。




