15:アシュはだれのもの(3)
「え、どうしたの、みんな? 護衛の人たちは?」
「あとからくるとおもうよ?」
三人の子どもたちのうち、一番賢そうな男の子が、小首を傾げながら答えた。金髪碧眼のこの子は、このメイフローリア王国の王子様である。名前をクリスという。
「ここまで、クリスのまほうでとんできたんだ。すごいでしょ?」
今度は、一番元気そうな男の子が自慢げに言った。赤髪に翠の瞳を持つこの子は、王子様の乳兄弟である。名前はガント。
「ねえねに、あいたかったの」
最後に、一番優しそうな男の子がふわりと笑った。空色の髪と瞳を持つこの子は先の二人の弟的な存在である。名前はロイ。
三人とも赤ちゃんの頃から一緒にいるため、とても仲が良い。どこに行くにも一緒なので、「ちびっこ三人組」なんて呼ばれているくらいだ。この三人とは、魔術師としての仕事をしている時に知り合った。嬉しいことに、メリッサにすごく懐いてくれていて、かれこれもう三年ほどの付き合いになる。
「ねえね、あそぼ!」
「いっしょに、おやつたべよ!」
「えほんも、もってきたの!」
三人の子どもたちは、メリッサを見上げてにこにこ笑う。メリッサは思わず三人をぎゅっと抱き締めたくなったが、なんとか堪える。この三人の前では、クールなお姉さんでありたいからである。
「……仕方がないなあ。じゃあ、少しだけ、一緒に遊んであげる」
「わあーい!」
メリッサの了承の言葉を聞いて、三人の声が揃った。
メリッサは三人を連れて、部屋の中に戻る。すると、ディオが目を丸くして三人の子どもたちを見た。そして、慌ててソファの後ろに身を隠す。
「ディオ? 何やってるの?」
メリッサがディオに声を掛けると、ディオは顔の半分だけ出して困った顔をした。
「……だれ?」
ディオは初めて見る子どもたちを前に、緊張しているようだ。メリッサに縋るような視線を送ってくる。メリッサはディオを安心させようと、微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。この子たちはあたしの弟みたいなものなの。みんな良い子だから、ディオとも仲良くなれると思うよ」
三人の子どもたちも、ディオを興味津々で見つめている。金髪碧眼の王子クリスが、まずはディオに近付いていく。
「こんにちは。ぼくはクリス。ごさいだよ。きみのおなまえは?」
「……ディオ」
「よろしくね、ディオ。なかよくしてね」
クリスは王子様らしく爽やかに笑って、ディオの手を取った。ディオは恥ずかしそうにしながらも、こくりと素直に頷いた。
「ディオ! オレはガント! ごさい! よろしくー」
「ロイだよ。よんさいなの。よろしくね」
ガントとロイが続けて名乗る。ディオはこくこくと頷いた。三人の子どもたちは、ディオを囲んで賑やかに騒ぎ始めた。ディオも三人の笑顔に釣られたのか、楽しそうに笑っている。仲良くなれそうで良かったと、メリッサはひとまず胸を撫で下ろした。
そんな中、ガントが翠色の瞳をきらきらさせながら、ディオに尋ねた。
「ディオはおおきくなったら、なにになるの?」
「……まじゅちゅし」
噛んでいる。ちょっと可愛い。
「そうなんだ! オレはね、パパみたいなきしになるんだー!」
「きし?」
「うん! こう、わるいやつを、やっつけるんだ!」
子どもたちが、わいわいとじゃれ合い始めた。メリッサは子どもたちが怪我をしないように、机を移動させる。机はどっしりと重たいので大変だったが、なんとか隅に寄せられた。
広くなったスペースで、四人の子どもたちは団子になって遊ぶ。メリッサはその様子を眺めて、思わず顔が綻んでしまう。同い年くらいの子どもとたくさん遊んで、ディオにはもっと笑ってほしいと思った。
「メリッサねえねは、おおきくなったら、なにになるの?」
金髪碧眼の小さな王子様、クリスが目をくりくりさせながら聞いてきた。
「あたしはもう大きいからね。既に魔術師だよ」
「まじゅつちかー!」
「まじゅしゅしかー!」
「まじゅすちかー!」
「まじゅちゅしかー!」
みんな、噛んでいる。かなり可愛い。
しかし、空色の髪のロイが何かに気付いたような顔をして、首を傾げた。
「あれ? でも、ねえねは、およめさんになるんじゃないの?」
「え?」
メリッサは目をぱちくりと瞬かせる。恋人もいないメリッサに「お嫁さん」とはどういうことか。
「あ! ぼくもきいたことがあるよ! メリッサねえねは、はなよめさんになるって」
「オレもきいた! うぇでぃんぐどれすをきるって」
「いや、ちょっと待って。誰が言ってるの、そんなこと」
「ママ」
「ママ」
「ママ」
三人の声が揃った。ディオだけは不安そうに、メリッサを見上げてくる。
「めりっさ、およめにいくの?」
「いやいや、行かないし。みんなのママが勘違いしてるだけだし。大体、相手もいないのにお嫁に行ける訳がないでしょう」
慰めるようにディオの頭を撫でる。紫色の柔らかい髪の毛が気持ち良い。ほっと和んでいると、三人の子どもたちはきょとんとしながら言う。
「あれ? およめさんにならないの?」
「ならないよ。あたし、恋人だっていないのに。ありえないよ」
「ええー、うそー」
メリッサとしては、その勘違いに「うそー」と言いたい。この子たちのママにはきちんと言っておかなければと、心に刻みつけた。
「なんでそんな勘違いをするかなあ。相手は誰だと思ってるんだろう?」
メリッサが顰めっ面で呟くと、三人の子どもたちが当然のような顔をして答えた。
「アシュ」
「アシュ」
「アシュ」
やはり声が揃っている。ちなみに、「アシュ」とは、アシュードのことである。
「……は?」
「メリッサねえねは、アシュのおよめさんになるんだよね?」
「なっ、なる訳ないし!」
顔に一気に熱が集まる。よりにもよって、あの男のお嫁さんなんて。
「あのね。あたしとアシュードは十二歳も年の差があるの。釣り合わないの。アシュードだけは、絶対、絶対、ありえないから!」
「えー? でも、アシュはメリッサねえねのことすきだって、いってたよ?」
「およめさんにほしいって、いってたよ?」
「ずっといっしょにいたいって、いってたよ?」
三人の子どもたちが揃ってこてりと首を傾げた。
「アシュードが、あたしのこと……?」
メリッサはぺたりとその場に座り込んだ。情けないことに、驚きすぎて腰が抜けてしまったのである。
この子たちが嘘をつくはずがない。ということは、アシュードがメリッサのことを好きというのは本当のことなのだろう。無意識に口元が緩みそうになる。慌てて手で口を覆った。次にアシュードに会った時、どんな顔をしたら良いのだろう。
真っ赤になってふるふると頭を振るメリッサを見て、ディオが難しい顔をして聞いてきた。
「……めりっさ、およめにいくの?」
「そ、それは」
上手く答えることなんて、できる訳がなかった。




