12:裏話(1)アシュードの妹
アシュードには、二人の妹がいる。
一人はしっかり者の妹。もう一人は変わり者の妹だ。
しっかり者の妹の方は、今、異国で勉学に励んでいる。この子は小さな頃から負けず嫌いで、学ぶことが本当に好きだった。異国でお世話になっている家族から「シアちゃん」と呼ばれて、とても可愛がられているようだ。
このメイフローリア王国にいる時、この妹は「女だから」という理由で、あまり勉強をさせてもらえなかった。男であるアシュードは難なく入れてもらえた学校にも、この妹は行かせてもらえなかったのだ。
だから今、生き生きと自分のしたいことをしている妹を見て、どこか安心した。遠い異国にいるために会えないし、話すらもうそんなにできない。それでも、幸せそうに過ごしていると聞くたび、良かったなと思う。
問題は、もう一人の妹の方だ。
変わり者のこの妹は「ユリ」という。この王国の五歳になったばかりの王子の乳母をしている。
一応貴族の女性という立場にある彼女だが、貴族とは到底思えない行動をとる。とにかく、やることなすこと予想外すぎて、驚くことばかりだ。
あれは王子が一歳の時だったか。何を思ったのか、ユリは王子のことを「クーちゃん」と呼ぶようになった。王子は「クリス」という名前なので、まあ分からなくもない愛称だが、普通はそんな風に呼ばない。というか、恐れ多くて呼べない。
それから、王子の命が狙われて、一時的にこの家に避難してきた時も驚きの連続だった。王子とその乳兄弟にあたるユリの子と一緒に帰ってきた訳だが、この子たちに妙な帽子を被らせていたのだ。
王子に猫耳、ユリの子に犬耳がついていた。いや、自分の子に犬耳はまだ良い。だが、王子に猫耳はどうなんだ。
この時は本当に妹の正気を疑った。「可愛いから良いんです!」とか、そういうことではないと思った。
まあこの時から、ユリの子――アシュードにとっては甥っ子――である「ガント」という男の子と仲良くなれた気がする。子どもと触れ合うのは苦手だったアシュードだが、この子と遊んだおかげで、今ではすっかり子どもに慣れてしまった。
ちなみにユリはガントのことを「ガンちゃん」と呼んでいる。これも貴族の子息にふさわしいとは思えない呼び方だ。やはり、ユリは変わっている。
そんな変わり者の妹、ユリ。彼女が最も周囲の人間の度肝を抜いた出来事がある。それは、訳あって孤児院行きになる予定だった知り合いの子どもを引き取ったことだった。
その当時、クリス王子と甥っ子ガントはまだ二歳。まだまだ手のかかる二人の子どもを育てているというのに、なぜ知り合いの子どもまで引き取るのか。周囲は猛反対した。
しかし、ユリは折れなかった。「この子に母親としての愛情を与えたい」と言って、その知り合いの子どもを絶対に離そうとはしなかった。その知り合いの子どもは、当時一歳。何も分からず、きょとんとした顔でユリの腕の中にいた。
その子の名前は「ロイ」といった。ユリはこの子のことを「ロイきゅん」と呼んでいる。そこは「ロイちゃん」じゃないのかと、心の中で突っ込んだ。
そんな訳で、ユリは今、三人の男の子を育てている。「クーちゃん! ガンちゃん! ロイきゅーん!」と、三人の子どもたちを呼ぶ姿にも、もうすっかり慣れてしまった。三人の子どもたちもユリのことを「ママ!」と呼んで慕っている。
今日は、その変わり者の妹と、四歳、五歳になった子どもたちが家に遊びに来た。普通王子が城を出て、貴族の家へ気軽に遊びに来ることなんてないはずなのだが。もう、ユリに関しては突っ込むのも疲れる。
「あ、お兄様! ちょっと見て下さい!」
ユリは明るい茶色の髪をふわりと揺らして、目を輝かせていた。その瞳の色はアシュードと同じ翠色。こういうところは兄妹だと思える。
「なんだ、ユリ?」
「子どもたちに着ぐるみパジャマを作ったんです! 今、試しに着せてみたんですけど、これがまた可愛くてー!」
アシュードが部屋を覗くと、確かに着ぐるみパジャマ姿の子どもが三人並んでいた。
黄色い猫のクリス王子。赤い犬のガント。青いうさぎのロイ。カラフルな動物姿になった子どもたちは、ユリとは対照的な、微妙な顔をしていた。
「どうしたんだ、お前たち。浮かない顔だな」
思わずアシュードが子どもたちに声を掛けると、子どもたちが答える。
「そろそろ、こういうのはそつぎょうだとおもうの」
「もっと、かっこいいのが、きたいの」
「でも、ママがよろこぶから、がまんなの」
なんということだ。ユリよりも子どもたちの方が大人じゃないか。アシュードは額に手を当て、大きくため息をついた。
「お兄様、どうしたんですか? そんな大きなため息なんてついて……」
「いや、何でもない。それより、最近はどうだ? 何か困ったこととかないか?」
「あ、それなんですけど!」
ユリがぷんぷんと怒ったような仕草を見せた。
「過保護すぎるから、子どもたちとの距離を適切にって言われたんです!」
「……そうか」
「クーちゃんも、ガンちゃんも、ロイきゅんも! 私、みんな大好きなのに! もっと一緒にいたいのにー!」
やはりユリは変わっている。そんな指摘をされる貴族の母なんて、初めて聞いた。
「子どもたちがちょっと遊びに行くくらいの時は、ついていかないようにって禁止されたんです! 護衛騎士さんがついているから心配いらないって!」
「……誰に言われたんだ?」
「クーちゃんたちの家庭教師さんです! 良い人なんですけど、ちょっと冷たいと思いませんか、お兄様ー!」
うん。家庭教師が正しい気がする。
「そのせいで、メリッサちゃんとも最近会えてないんです。メリッサちゃん、仕事が忙しいみたいで、前みたいに遊びに来てくれないし……」
「ああ、メリッサなら元気だ。新しく魔術師団にやって来た四歳の男の子の世話を頑張っているぞ」
アシュードがさらりと言うと、ユリがぽかんと口を開ける。
「え、なんでそんなこと、お兄様が知ってるんですか?」
「僕が魔術師団の経理担当になったからだな。この頃はメリッサとずっと一緒だ」
「ええー! ずるいー! 私もメリッサちゃんを愛でたいのにー!」
がくりと膝をつくユリ。子どもたちが心配そうにユリの元へと近寄る。
「ママ、げんきだして!」
「ママ、だいすきだよ!」
「ママ、ほら、みてみて!」
着ぐるみパジャマの三人の子どもたちが、くるくると踊り始めた。三人ともそれぞれ自分の思う可愛いポーズを決めている。ユリの顔が一気に明るくなった。
「ひゃあ! クーちゃん可愛い! ガンちゃん可愛い! ロイきゅん可愛いー!」
ユリが子どもたちに飛び付いた。子どもたちの「やれやれ」という顔が、なんだか面白かった。
「よーし、決めた!」
元気になったユリは、ぱちんと手を打つ。
「クーちゃん、ガンちゃん、ロイきゅん。みんな、メリッサねえねのところに遊びに行って、ママにいろいろ教えて! お兄様には負けないんだから!」
「しかたないなあ、もう」
「しかたないなあ、もう」
「しかたないなあ、もう」
子どもたちが顔を見合わせて、肩を竦めた。なんだかんだで、大好きなママには逆らえないらしい。
随分と変わり者の妹、ユリ。だが、子どもたちへの愛情は、きっと誰よりも深い。血の繋がっていない子どもたちを、本当に分け隔てなく育てている。
アシュードは、ユリのそういうところを密かに尊敬している。
アシュードには、二人の妹がいる。
一人はしっかり者の妹。もう一人は変わり者の妹だ。
どちらもアシュードにとっては可愛くて、大切で、自慢の妹たちである。




