ある海賊の夜明け 6
■6
ミシマは縛り上げられたふたりの人間、そしてそれを王宮まで連行してきたシラキ中尉をゆっくり見比べたあと、近くにいた兵士の銃を借り、銃口をシラキ中尉に向けた。
シラキは一瞬緊張した表情を見せた。ミシマは顔色ひとつ変えず、銃口をずらし、引き金を引く。
ひゅん、と風を切るような音。火薬式でない分、派手な音は立てない。
縛られていた女のひとり──スヴェトラの王女ミルの額に穴が開く。ミルは目を見開いたままだった。身じろぎもせず、額の穴からは血も流れない。これはただの人形なのだ。本物に似せただけの、おもちゃ。
「してやられたな、シラキ中尉」
「は──言い訳のしようもありません」
「まあいい。むしろよくやったと言いたいくらいだ。ミルはまたこの星に戻ってきたようだ。おれを殺すためにな。これはむしろ好都合だろう。放っておいても、向こうのほうからここへくるつもりなのだから」
銃を投げ捨て、兵士のひとりに人形を処分するように命じる。兵士が人形を引きつれて立ち去れば、この場にいるのはミシマとシラキのふたりだけだった。
ミシマは王宮の一室を自らの執務室としていた。
それほど豪勢ではない、元は客間として使われていた部屋だったが、窓からは外の様子がよく見えて都合がいい。
ミシマはシラキに背を向け、窓から町を、自分が支配している町を見下ろした。
王宮の近くは高級住宅街になっている。ひとつひとつの建物が大きく、広く、庭もある。その向こうにはビル。商業区画と居住区がいっしょになっているところで、首都の中心だ。肉眼では見えないが、そのさらに向こうには空港がある。空港の近くは乱れた町だ。違法入国者や違法滞在者が多く暮らしている。
王族たちは、あるいはそんなことすら知らなかったかもしれない。
この国の王族は王宮のなかでただ生きているだけの存在だった。政治には関わらず、ただ浮世離れした優雅な日常を送っているだけ。一般国民にとってはまったく無意味な、無価値な存在だ。
「ミシマ大尉──陛下。ひとつ、質問してもよろしいでしょうか」
「ここにはおれとおまえしかいない。昔のままの口調でいい。なんだ、シラキ」
「……なぜそれほど王女の殺害に固執する?」
ミシマはゆっくりと振り返る。
シラキはじっとミシマを見つめていた。まるで責めるように。ミシマはふんと鼻を鳴らし、笑った。
「おまえはおれのやり方に従いたくないわけだな、シラキ」
「……言ってしまえば、そうだ」
「正直でいい。面従腹背より、よほど忠実な軍人だよ、おまえは。しかし、シラキ。おれは国王だ。この国の支配者だ。おまえがおれのことを気に食わんと思うのは自由だ。好きなように思えばいい。だが、おれがおまえのことを気に食わんと思ったときは、おまえはもうこの国では生きていけん。わかるな?」
これは脅しでもなんでもない、ただの現実だった。
それがわからないほどシラキは愚かではない。シラキはしっかりとうなずいた。
「それでいい。それがわかっているなら、おまえは信用できる──なぜ王女を殺すことに固執するか、か。シラキ、おまえは旧王族がどういう人間たちか、知っているか?」
「……どういう人間たちか? 非道な人間たちだったというのか」
「性格などどうでもいい。成り立ちだ。なぜ連中は王族を名乗っていたのか。それはこの星の開拓に関わったからだ。この星が開拓されたころは、まだ例の戦争の真っ最中だった。異星人との激しい争いが続いているころ、旧王族の先祖たちがこの星へやってきて、ここを人間が住める星にした。だからこそ彼らはこの星の王を名乗ったのだ。しかし実際は、この星の開拓は彼らの力だけでなされたのではない。協力者がいた」
「協力者?」
「いまこの国でジンライと呼ばれているものだ」
「ジンライ──神か。たしかに、開拓時には神が助けをくれたという話は言い伝えとして残っているが、それは王族の神格化を意図するものだろう」
「神などいないと思うか、シラキ?」
「……すくなくとも全知全能のような存在は、いない。いたとしてもわれわれには感知できない。いかなる方法でも存在を感知できないのは、存在しないのと同じことだ」
「いや、ちがう。神は、ジンライはたしかにいる。人間には感知できないというのはそのとおりだ。しかしだからといって連中が存在しないわけではない。ジンライと呼ばれる連中はいる。王族は、そうした連中と関わりがある。ほかの人間はただの言い伝えかもしれないが、王族にとって神は、ジンライはたしかに実在する」
「ミシマ、おまえは、それを恐れているのか? 神が自分に復讐するかもしれないと?」
「復讐? ああ、そうだな、ある意味では──しかし復讐するのはおれのほうだ。おれが、神に復讐する。そのためには神の協力者になる可能性がある王族をすべて殺しておかなければならない」
シラキはミシマの言葉をどこまで信じるべきか悩んでいるようだった。
ミシマはシラキの性格をよく知っている。自分ではいい加減な人間だと言いながら、本当は「ばか」がつくほどまじめな男だ。自分の意に反していようと、任務となれば絶対に従う。部下として使うならこれほど便利は男はないが、しかし最後の最後で自らの良心に従う可能性もある。
究極的には信用はできない。
しかしそれはだれに対しても同じことだ。
信用に値する人間など、この世界にはだれひとり存在しない。自分自身を除けば。
シラキは話が終わったことを感じ取り、敬礼をした。くるりと踵を返す。しかし扉にたどり着く前に、ひとりでに扉が開いた。
足音はない。代わりにちいさなモーター音。車輪がついた、大人の腰ほどの背丈の機械がゆっくりと室内に入ってくる。
「出ておいきなさい」
機械は男とも女とも取れない合成音で言った。
「あなた方はこの部屋に不当に侵入しています。出ておいきなさい」
「……なんだ、この機械は?」とシラキ。
「執事ロボットだろう。ずっとこの調子だ。おれはこの国の王、この王宮の主だ。出ていく必要はない」
「わたくしはあなたを王とは認めません。出ておいきなさい」
おそらく王族にだけ仕えるようにデータを登録してあるのだろう。それを書き換えることはむずかしくないが、そもそもミシマはこのような執事ロボットを必要とはしていなかった。
執事ロボットには、当たり前だが、感情もなにもない。
形状はただの箱型で、モニタなどのインターフェイスは備えていなかった。音声で操作する仕組みで、作業腕も格納されているいま、自立しているだけの白い箱だ。
「シラキ、部屋を出ていくなら、ついでにこいつを連れていってくれ」
「廃棄にするのか」
「わたくしを廃棄にする権利があるのは国王陛下ならびにその血縁者のみです。あなたにわたくしを廃棄する権利はありません」
「自分でこう言ってる。なら、地下牢にでもつないでおけ。ロボットも改心するかもしれん」
ふむ、とシラキは曖昧にうなずき、執事ロボットを連れて部屋を出ていった。ミシマは再び窓の外に目をやる。
この町のどこかに、ミルがいる。
一度はこの町、この星から逃げ出したミルだが、奇妙な策を使って戻ってきたのだ。
目的はもちろん、ひとつしかない。仇を取るため、だ。
ミシマは笑った。向こうがそのつもりなら話は早い。今度こそ必ず殺してやる。王女自信には恨みもないが、その後ろについているものがやっかいだ。神を名乗る、あの連中──必ず、叩き潰してやる。
*
目深にかぶった帽子のつばをくいと上げ、アスターは王宮を見上げた。
やはり王宮というだけあって立派な建物だ。
黄金に輝いている──わけではないが、周囲は森のように植物が生い茂り、その向こうにすこしだけ建物の影が見えている。さらにその森を取り囲む塀のまわりには過剰なほどの兵士が配置され、まったく隙もなかった。
「うーむ。こりゃ正面突破は無理だな」
アスターは呟き、くるりと踵を返す。
高級住宅街のなかを抜け、繁華街も過ぎ、空港近くのごみごみとした町へ。そのなかでもとくに安い宿の一室に戻って、帽子を脱ぐ。
「とっくにこっちが町に侵入してることはばれてるぜ。王宮のまわりはすげえ警備だ。正面突破はもちろん、ふつうに近づいてもすぐばれる」
「ま、そりゃそうだろ」
壁にもたれかかり、銃の手入れをしていたピルカはわずかに顔を上げた。
「ミルがここへ戻ってきた目的も、向こうはわかってるだろうからな。よっぽどばかでもないかぎり警戒するぜ」
「王宮内に侵入するのは、現時点ではむずかしい。そのミシマとかいうやつが王宮の外に出てくりゃ話は早いんだが。なんとかしておびき出すか」
「そのへんに爆弾でも仕掛けるか?」にやりと、ピルカ。「大騒ぎになったら出てくるかもしれねーぜ」
「逆にそんな騒ぎがある場所には近づかないだろ。余計に王宮から出てこなくなる。それに、向こうは積極的にこっちの行方を捜してる。時間がかかれば、その分だけ見つかる可能性も高くなる──なんとか早いうちにケリをつけたいんだが」
アスターはちらりとミルに視線をやった。
ミルは部屋の隅に座り、ぴんと背筋を伸ばして、自分の両手を組み合わせている。まるで祈るような。実際に祈っているのかもしれない、とアスターは思う。自分の成功をか。それともミシマの破滅をか。
「ミル、なにか思いつくことはないか? 王宮へどうやったら侵入できるか──裏口みたいなもんはないのか?」
ミルはゆっくり目を開く。身なりはずいぶんとやさぐれたが、その表情や目つきは、やはりどことなく高貴さを漂わせていた。いまのこの格好でも見るひとが見ればやんごとなき身分だとわかるかもしれない。
「王宮にも裏口はあるはずだけど──執事とか使用人が出入りするところは。でもたぶん、そういうところも警備の状況は変わらないと思うわ。ミシマは恐れてるのよ、復讐されることを」
「まあ、そうだろうな。きみがやる気だってことは相手もわかってるだろう。ただ王宮に入れないんじゃ、おれたちにはどうしようもないぜ。それとも戦闘機でもかっぱらって王宮を空爆するか?」
「それはダメ」きっぱりと、ミル。「まだ王宮には使用人がいるはずだし、兵士もいる。悪いのはミシマよ。ミシマ以外の人間は傷つけたくない」
「さすが、王女さまはお上品なことで」からかうように、ピルカ。「でもそんなこと言ってたらいつまで経ってもミシマは殺せねーぜ。やるときは、やる。だれを巻き添えにしても、だ。それくらいの覚悟がねーと、いまじゃ国王になってるやつを殺すなんて無理だ。ミシマにはその覚悟があった。邪魔するやつはみんな殺してやるって覚悟が」
「そんなもの、覚悟とは言わない。覚悟っていうのは絶対に自分の意志を曲げないってこと。わたしはミシマ以外のだれも傷つけたくない」
ふん、とピルカは鼻を鳴らしたが、それ以上はなにも言わなかった。
ミルの意志は硬い。まるでダイヤモンドのように硬く、透明だ。純粋だからこそ恐ろしくもある。
アスターはどちらかというとピルカの感覚に近かった。
どうしても達したい目標があるなら、そのために手段を選ぶ余裕はない。もちろんいくつか手段があるなら最良のものを選ぶが、ひとつしか手段がないとしたら、それがどんなに不格好だろうと実行するしかないのだ。
要するにミルは潔癖なのだ。
その潔癖症の目的が「ミシマを殺すこと」というのもおかしな話だが。
「とにかく、王宮へ侵入しないことにははじまらない。もうちょっと状況を探ってみるか。時間をかけたくないんだけどな──そのうち、向こうのほうがしびれを切らして大規模な作戦に出るかもしれない」
「大規模な作戦?」とミル。
「たとえば、いまいるこの町を全部破壊するとか。そもそもここにはろくな人間は住んでない。町自体が違法みたいなもんだ。それをぶっ壊すことに、まともな市民なら反発はしないだろう。そうなると、いまここにいる人間はみんな追い出されるか、投獄される。悪くすれば殺される。逆らえばな。向こうがいつその手に出てもおかしくない」
「……わたしたちがここのひとたちに迷惑をかけてるのね」
「お互いさまさ。ここの連中はきみを憎むかもしれないが、それを甘んじて受け入れる必要はない。だれもが他人のせいにしたがってる。だれでもいいんだ、相手は。おれだってそうさ。金がないのはだれかのせいだと思いたい。思ってる。世のなかが悪い。でも金持ちになったらそうは思わないだろう。いい世のなかだ。最高の世界。そうなりたいね。王宮の財宝をいただいて、さっさととんずらしたい──空港に用意されてた船にもそれなりの財宝は積んであっただろうけど、それがすべてじゃないよな?」
船に積んであった財宝はいまごろ回収されているはずだった。しかしそれがちゃんと王宮に戻ったとは、アスターは思わなかった。きっと別の場所、それこそ軍が管理しやすい場所に移されているだろう。
「どんな財宝があったのかは知らないけど、すべてではないと思う──わたしたち、この町を出ていかないと」
「出ていってどうする? 高級住宅地に逃げ込むか。どこへ逃げても同じだ。おれたちができることは、さっさとミシマを殺して、この状況を解決することだ。きみは王女に戻ればいい。きみはまた王宮で暮らせるし、おれは金持ちになってツケを返済できるし、ピルカはまた海賊に戻って自由に宇宙を飛び回る」
「王宮に侵入する方法……でも王宮には、そんなに多くの入り口はないわ」
それはそうだろうとアスターもうなずく。警備の関係からいっても、そんなにいくつもの入り口があるはずはない。
でも、とミルはなにかを思い出したように顔を上げた。
「ひとつだけ、警備が手薄な場所があるかもしれない」
「どこだ?」
「王家の墓──ジンライ陵と呼ばれるところ。王宮の地下から通路があるの。でも基本的にはだれも近づかない。王族でも、特別な儀式の日にしか行かない。そこからなら人目につかずに王宮へ入り込めるかも」
「ジンライ陵、か」
神の墓、というわけだ。
アスターは運命的なものを感じたが、実際にある種の必然ではあるのだろう。
「でもジンライ陵は地下にあるの。地上には通じてない」
「通じてる道はあるかもしれない。地上ともつながってない地下なんて、墓としては陰気すぎるだろう。建設時の通路でも見つかれば、そこから王宮へ入れる。地下のどのあたりに墓があるのかわかるか?」
「だいたいは……王宮の裏側のはず」
「じゃあ、おれとミルで墓の出入口を探す。ピルカは出入口がなかったときのために地下へ入る方法を探してくれ。ショベルカーでも爆弾でも、なんでもいい。ま、なるべく目立たないに越したことはないが」
「わかったよ。ド派手な方法を準備しとく」
「うーむ……」
ともかく、次の行動は決まった。
三人はさっそく動きはじめる。時間的猶予はほとんどないのだ。




